第32話「エセ狩人と銀貨 その2」

 だらりと片刃の大剣を持った女が急に現れ、エセ狩人は驚愕した。


「な、なんなんだ、あんたは!?」


 そんな言葉を無視して、イチコはフェリダーの元へ、スゥ~と移動する。


「る~るるる~~」


 ゆっくりと手を差し出すと、案の定噛みつかれた。


「ふふっ。大丈夫よ。怖くないわよ~」


 ニタリと世にも恐ろしい笑みを浮かべる。


「フゥーー! フッゥーー!! ガウッ! ガウッ!!」


 尚も威嚇も、噛みつきも止めない猫を見て、イチコは首を傾げる。


「変ねぇ。テレビだと、これで信頼してくれるのに」


 大人しくイチコは手を引くと、今度はフェリダーの傷の度合いを目視する。


「あ~、これは、無理ね。残念だけど、死ぬわね。本当に残念ね。もう少し早くあの男が銀貨を拾っていれば良かったのに。でも、このままじゃ、死んでも死にきれないでしょ? あんた、そういう目をしてるわよ! うんうん、分かるわぁ、怨みはらさでおくべきかって感じよね」


 イチコは顔を近づけるとまるで悪魔の誘惑のように、甘い言葉を囁いた。


「アタシなら、あんたの怨み晴らしてあげられるわよ?」


 言葉の意味を理解したのか、フェリダーは大人しく頭を垂らす。


「ふふっ。良い子だわ。アタシってなぜか猫にはなつかれるのよね~。人徳かしら」


 妖しく笑いかけるイチコの姿を見た男は、魔女が現れたと、人徳者からはかけ離れた感想を覚える。

 だが、いつまでも、その不気味さに戦いている訳にもいかない。


 エセ狩人はまだ自分に興味を持たれていない、今が最初で最後のチャンスだと思い、背後からイチコを突き刺した。


「え~、ないわぁ! こんな無垢な女性をいきなり後ろから刺すとか、どういう神経してるのよ」


「すり抜けた!? お前、悪霊スペクターか!?」


「アタシはレイスよっ! まだそんな凶悪に成れてないのよねぇ」


 酷く残念そうに告げるが、周囲を取り巻く禍々しさは、男の知るスペクターを遥かに凌駕していた。


「嘘だ!! お前みたいな邪悪なレイスがいるかっ!!」


「失敬ね。そんなに邪悪じゃないわよ」


 そう言いつつ、フェリダーにかざす手からは毒々しい黒いモヤが溢れる。

 モヤにフェリダーの顔が包まれると、全身から力が消えた。


「お、おい、そのフェリダー、もしかして、死んだのか? お前がやったのか!?」


「ええっ。アタシが呪い殺したわ」


 至って平然とした表情で告げるイチコに、


「その所業を平然として、よく、邪悪じゃないとか言えるなっ!!」


 エセ狩人は半分悲鳴のような、半分怒号のような声をあげ、顔を引きつらせる。


「そんな、邪悪じゃないわよ。だって、彼女の為に殺したんだもの。それより、自分の心配をした方がいいわね。あんた、地獄に落ちるわよ?」


「へっ?」


 イチコの意味深な言葉と、そこに居るはずのないものを見て、エセ狩人は呆けた声を上げた。


「グルルルルゥ!!」


 半透明になったフェリダーが宙へと浮かび、エセ狩人を見据える。


「レイスに殺された者はレイスになる。さっ、あんたは果たしてこの子から逃げ切れるかしらね?」


 男は一目散に逃げ出すと同時にフェリダーも走りだした。

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