第30話「大猫と銀貨 その2」

 母フェリダーは、子の元へ急いだ。

 枝がぶつかるのもいとわず、沢が体を濡らすのもいとわず、子の元へ駆けつけるため、全身全霊で疾走した。


「間に合えっ!!」


 祈る様に呟きながら、足を前に出す。


「ハァ、ハァ、ハァ」


 巣へと近づいてきたフェリダーは次第に臭いが強くなっていくことに、不安を覚えながら、嫌な臭いを魔法で消し飛ばす。


「うっ……」


 臭いが強くなってから、ときおり、意識を失いそうになるが、その度に、子の顔を思い出し、足を前に進める。


 巣へと戻るころには、足裏の肉球は汗でしめり、腹部を大きく伸縮させる様は呼吸の荒さと疲労の色を物語っていた。


「ここにも臭いが……。あの子は無事?」


 巣穴を覗くが、子供の姿はなく、焦って周囲を探る。

 フェリダーには、もう一つ、猫と同じで聴覚が優れているという特性があり、そのおかげで獲物の位置を我先に捉えることができる。

 その精度は、100メートル先の小動物の足音を聞き分けられるほどであった。


 いま、その能力を最大限に使い、周囲の音を聞き分ける。


『――――ザッ。――――ザッ』


 明らかに魔獣ではない、固い物が地面へ当たる音がその耳へと届いた。


「見つけた。人間の音っ!」


 その音源へと再びフェリダーは駆けだした。



 音源に近づくにつれ、人間の言葉も聞き取れるようになってきた。


「まさか、オレンジ毛のフェリダーの子供まで生け捕れるなんて運がいいぜ」


 フェリダーはここを含めた数カ所の地域しか生息が確認されていない為、希少価値が高く、その素材は他の魔獣よりも高く買い取られる。

 毛皮も人気があり、幸運を運ぶと言われる白一色の次に、太陽の象徴として破邪のご利益があると信じられているオレンジ色の毛が人気であった。

 また、子供のフェリダーは愛玩動物としての需要があるのだが、生け捕りの難しさから、1匹捕えることができれば、働かなくても暮らせるほどの額で売れる。


「親はなぜかいなかったし、本当に運がいいぜ。アイテム代もこれだけで余裕で元が取れたし、フェリダーさまさまだな」


 意味は分からないが、えらく上機嫌な声音に、人間どもと相対したときに、言われる、「フェリダー」の言葉から、この人間が、愛おしい我が子を攫った犯人だと断定し、一直線に駆け抜ける。


 人間では通れないような獣道を通り、我が子を攫った人間の前へと躍り出る。


「うわっ! こいつの親か?」


 エセ狩人の手には、ぐったりとして意識のない我が子が抱かれている。

 微かに呼吸音は聞こえる為、生きてはいるようだったが、ここで逃がせばどんな目に合うかもわからない。


「フッーー!!」


 全身の毛を逆立て、怒りの感情を露わにする。


「チッ! なんで、このアイテムが効かないのか分からねぇが、折角の一攫千金のチャンス。逃す訳にはいかねぇ!」


 エセ狩人は腰に佩いたロングソードを鞘から引き抜き構えた。

 

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