第29話「大猫と銀貨 その1」

 魔獣の森には、フェリダーという種族の大猫が住んでいた。

 全長2メートル程の大きさに、猫特有のしなやかな肢体を有するフェリダーという魔獣は他の地域ではあまり見かけない種族で、この大猫は俊敏な機動性と魔法を使えるという特性を持っていた。


 この日、魔獣の森に住むフェリダーの1匹は、何やら不穏な気配を感じていたが、お腹を空かせた子供の為に、狩りへと出かける。


「これからご飯、ってくるから、あんたはここで静かにして待っているのよ」


 子フェリダーに鼻を擦り付けると、目をパチパチさせながら、「ハ~イ! ママっ!!」と元気良く答える。


「いい子ね」


 ニコリと笑みを浮かべ、もう一度鼻を押し当てると、子フェリダーはくすぐったそうに目を細めた。


 フェリダーはすっと木の上にまで登る。オレンジと黒の体毛は木漏れ日とそれによって出来る影と同化し、パッと見には、そこに大猫が居るとは思えない。


 俊敏さを生かし、先回りし獲物を待ち、樹上からの奇襲で捕らえるのが、フェリダーの狩りの仕方だった。

 軽やかに木から木へと渡り歩き、鋭い目つきで獲物を探す。


「…………おかしいわね」


 いつもなら、小動物の一匹や二匹、すぐ見つかるはずなのだが、今日はその存在すら感じない。


 さらに獲物を探し、移動すると、微かに残る嫌な臭いが鼻孔をくすぐる。


「うっ……! なに、この臭い」


 すぐに飛び退き、臭いを消すように何度も前足で鼻をこする。

 それでも、嫌な臭いは消えないので、フェリダーは魔法を行使した。


「風よ。わたしを包みなさい」


 常に周囲に風を起こし、臭いを散らすことで、なんとか嫌な臭いを対処する。


「いったい、なんの臭いなの?」


 臭いのしてきた方向へ向かうと、そこでフェリダーは衝撃的な光景を見ることとなった。


「これは……」


 そこには、大型、小型問わず、魔獣たちが倒れていた。

 

「ちょっ、ちょっと、何があったのよ?」


 前足を器用に使って、倒れているキラーベアーの体を揺するが、静かに呼吸音が聞こえてくるだけで、反応は全くなかった。


 全く状況が分からないフェリダーだったが、魔獣が点々と倒れている方向から、が移動して、こうなったのだということだけは理解できた。

 そして、理解すると、同時に、フェリダーは我が子の元へ駆け出した。


「魔獣たちが倒れているコース、いずれ、あの子の元に辿り着きそうだわ。なんとしても先に戻らなくてはっ!」


 普段は身を隠しながら樹上を移動するフェリダーだったが、この時ばかりは形振なりふり構わず、地面を踏みしめ疾走した。

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