第28話「魔獣の森と銀貨」

 商業都市トルネから程なく離れた森は、魔獣の森と呼ばれ、力のないものが立ち入ればたちまち魔獣の餌食になってしまう。


 しかし、ここの魔獣たちの素材は素晴らしく人気もある。そのため、腕に覚えのある冒険者は狩りに入ることがしばしばあった。


 今日も、魔獣用に弓とショートソードを携え森の中へ冒険者が狩りへと向かう。

 しかし、この冒険者はいつもとは様子が違い、防具も安物、武器もそこまで上等なものとはいえず。それを補う身体能力や魔力があるようにも見えなかった。

 しかし、謎の自信に満ち溢れた下卑た笑みをときおり浮かべていた。


 エセ狩人とでも言うべき男は、腰にかかるアイテム袋を触ると、誰に言うでもなく呟いた。


「あの魔道具屋。怪しげなものばかり売っていたが、効果は確かなようだし、これで魔獣も簡単に狩れれば……」


 期待を含んだ下卑た笑みを浮かべるが、すぐに真顔になり、財布としても兼用しているアイテム袋の中身の金額に想いを馳せる。


「いや! 全財産が銀貨1枚になっちまったが、魔獣を狩りまくって大金持ちになるんだ。高い魔獣が見つからなかったときのことは考えるなっ!」


 不安を振り払うように頭を振ってから、木々が鬱葱と茂る魔獣の森へ進んで行く。



 うっすらと差し込む木漏れ日をたよりに、エセ狩人は地面に注視する。

 魔獣の森で魔獣を狩ろうとしているのだから、当然獣の追跡術はマスターしており、魔獣の痕跡をさっそく見つけ出した。

 その眼前には草が根元から折れており、大きな力の跡、つまり獣が踏みしめた足跡が残っている。


「これは、足跡、大きいし魔獣のモノで間違いないな。しかもついさっき折れましたって草だ」


 草のみずみずしさから、つい先刻だと判断した男は、その足跡が続く方向に向かっていく。

 狩人は本業ではないため、途中何度か足跡を見失いかけたが、どうやら目的の足跡の主を見つけられたようであった。


「グルルウッ」


 そこにはキラーベアーというクマより数倍大きく、力もさることながら、その剛毛はあらゆる攻撃を半減させ、三日三晩動き続けられる体力で多くの冒険者たちを追い詰め、餌食にする魔獣がいた。

 ただ、今は完全にリラックスしているのか、大樹に背中をすりつけ、背中を掻いていていた。


 再び、「グルルウッ」と気持ちよさそうな声を上げる。


 そんな様子をチャンスと思いながらエセ狩人は見つめる。

 ごくっ! 生唾を飲み込む音が、やたらうるさく感じる。


「キラーベアーか。本来ならソロで狩るのは無謀と言われる魔獣だな。だが、こいつさえあれば……」


 キラーベアーに気づかれないよう慎重に、アイテム袋から液体の入ったガラス瓶を取り出す。ガラス瓶に蓋はなく、頭部にあたる部分をパキンッと折って内容物を使用する。

 中の液体はすぐに気化し始め、怪しい薬品の匂いが香り立つ。

 匂いは風に乗り、キラーベアーにまで届くと、鼻を数回ひくひくさせた後、まぶたがゆっくりと落ち、体をふらつかせる。


 ついに、ドシンッ! と大きな音を立てて、その場に倒れ伏した。


「良し! 効いた!! これが昏倒の魔道具か。こいつぁ良い買い物だったんじゃあねぇか」


 ガラス瓶の中には麻痺毒のような物が入っていたようで、キラーベアーは命こそまだあるが、ピクリとも動けなくなっていた。


「こいつだけでも、それなりの稼ぎにはなるが、それじゃあ、足りんのよね。」


 舌なめずりすると、キラーベアーをそのまま放置し、匂いを振りまきながら移動し始めた。


 

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