第13話「少女と銀貨 その2」

 馬車は商店街の一角に停まると、少女と執事は目的の店へと歩きだした。


 商店街にある屋台では、そば粉にミルクを混ぜたものを熱して薄い生地にしたガレットという商品が人気を博しており、その生地の上に注がれる色とりどりのフルーツの美しさ、それを包んで食べている人々の笑顔。少女の興味を引くには十分過ぎた。


「すごいわ! なんて美味しそうなのかしら、それに匂いも甘くてそそられるわね」


「ではお嬢様、ワタクシが並んできますので、こちらでお待ちを」


 セバスは適当なベンチの一カ所に自身のハンカチを敷くと、そこへアンナを座らせた。


「ありがとう。セバス」


 老齢の執事は、「どういたしまして」と目を細めて言うと、屋台の列へと並びに向かった。


 セバスが戻ってくるまで暇を持て余すアンナは、足をぶらぶらとさせて手持無沙汰にしていると、


――ぐぎゅるるるる~!!


 まるで落雷でもあったかのようなお腹の虫の音が聞こえた。


「わっ、すごい音!」


 少女はその音の方を見ると、自分と同じか少し幼いくらいの汚れたり切れたりしているチュニックを着た見すぼらしい恰好の少年が、お腹を抱えながら、ジ~っとガレットの屋台を見つめている。


「あら、アナタ、お腹が減っているのなら、買いに行ってくれば? もし良かったら、うちのセバスと一緒に買ってくれば、少しは短い時間で買えると思うけど?」


 そんな少女の言葉に、少年は眉をひそめ、答えるのだった。


「あんな、高級品買えないよ。そんな金があるんだったら、病気の母ちゃんの為に薬でも買うさ」


「そんな、高級品でも……」


 アンナは少年の言葉を少し考えると、先ほど父親が言った貧民街の人間ではないかと思いあたり、一度口を噤んだ。


――ぐぎゅるるるる~!!


 再び少年のお腹が鳴ると、少女は意を決して口を開いた。


「その、アナタ、そんなに困っているなら、これあげるわ」


 少女は銀貨を1枚少年へと手渡す。


「は? いいのか?」


 少年からすれば大金をいきなり渡され、驚きの表情を浮かべる。


「もちろん。私はゴールドバーグの人間よ! それくらい大したことないんだからっ! 今月のおこづかいだけど、あと、次まで29日もあるけど、でも、でも、いいのっ!」


「ありがとうっ!!」


 少年が頭を下げると同時に怒声が響いた。


「お嬢様っ!! 何をなさっているのですかっ!!」


 怒声の主はガレットを並んでいたはずのセバスだった。


「気にしないで、早く行ってっ!」


 少年は、脱兎のごとく目にも止まらないスピードで路地の先へと消えていった。


 セバスがアンナの元に駆け付けると、アンナはなぜセバスが怒ったのか分からなかったが、とりあえず、自分は無事だという事を示すように笑顔を作った。


「彼は私に何もしてないわよ! ほら、この通りピンピンしてるし!」


「お嬢様、なんて事を……」


 しかし、セバスの言葉はどちらかというとアンナを批難するようなものであった。


「ね、ねぇ、セバス、私何か悪いことをしちゃったの?」


 少女の問いに、セバスは少し悩んでから告げた。


「貧民街の子供が大金を持っていたら、どうなるのかは火を見るよりも明らかです。殴って奪われるか、殺されて奪われるかなのですよ」


「え、え、え……、それは、本当? 私を怖がらせる為のウソじゃなくて?」


 セバスは否定も肯定もせず、ただ、「神よ、どうかあの少年に加護があらんことを」と祈りを捧げ、アンナは自分の行いを後悔し、共に強く祈りを捧げた。

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