第8話「恋」

「か……、か、か」


 エルフの死霊術師ネクロマンサーの一連を見ていたイチコは、口をあんぐりと開け、何かを呟く。


「良かった。イチコさん。無事だったんですね。マリーおばぁちゃんも大丈夫です。イチコさんのおかげです! ……? どうしたんですか?」


 尋ねるセシリーのことは完全に無視し、イチコの瞳はエルフの男性しか見ていなかった。


「もしも~し。イチコさん?」


「か、か、か」


「か?」


 セシリーは意味不明な言葉を繰り返す。


「か、か、カッコイイ!! なにあの人、最高にクールなんだけどっ!! アタシ初めて男の人から守られちゃった! 男なんてどうしようもないと思ってたけど、守られるって、いいものね。キャッ!!」


 照れて顔を真っ赤にしながら、両手で顔を覆う。

 しかし、指の間から視線だけはしっかりとエルフから外さなかった。


「イチコさん。もしかして……」


「あ~~、あの死にそうな白い肌。浮き出る青い静脈。無駄の一切ないスレンダーな体。病弱そうな顔つき! 孤独な瞳もいいわ。極めつけは、あの容赦のなさっ!! アタシと同じような怨みを感じるわ。何ていうの、シンパシー? いえ、これは運命っ! こんなにトキメクのなんて100年ぶりよ!」


 イチコはもじもじしながらも、エルフへと近づく。


「あ、あの~、助けてくれてありがとうございます」


「やぁ、無事で良かったです。僕の骸骨兵士スケルトンがやたら騒ぐと思ったら、あの胸糞悪い光が見えたんですよ。戻ってきて正解でした」


 まるでエルフの意思を受け取ったかのように骸骨兵士はランタンをグシャリと踏みつぶす。

 エルフはランタンの灯が消えるのを見届けると、先ほどまでイチコが隠れていた無縁墓から何かを拾ってくる。


「これ、あなたにと思って」


 差し出されたのは、彼岸花リコリスの花束。


「えっ? えっ? これアタシに?」


「ええ、僕、最近この辺に来たので、街の中で一番強そうな霊に挨拶をと思いまして」


 もはやエルフの言葉すら耳に入らず、イチコはリコリスの花を見て、呆けている。


「アタシ、男の人から初めてお花貰っちゃった……」


 などとボソボソ呟くが、あまりの小声で、その言葉が他者へ届くことはなかった。


「それじゃ、これで。こいつらみたいな不届き者には気を付けてくださいね」


 美形とは完全には言えないながらも、多くの人を魅了するであろう笑顔を向けてからエルフの死霊術師が踵を返した。

 顔が見えなくなると、イチコは我を取り戻す。


「あ、あの、お名前は? お名前はなんと言うのですか?」


「僕は、ロメロ。魔王四天王の一人、死霊術師ネクロマンサーのロメロですよ」


「ロメロ様……す、素敵なお名前ですね。アタシはイチコって言います」


「そうですか。イチコさんって言うんですね。素敵な名前ですね。それじゃあ、また」


「はい。また……」


 イチコはロメロとおまけの骸骨兵士の姿が見えなくなるまで見送り、完全に姿が見えなくなると、叫んだ。


「お母さん、イチコって付けてくれて、ありがとうっ!!」


「えっとイチコさん? 大丈夫ですか? 完全に目がイッていて怖いんですけど」


 セシリーの呼びかけに反応し、彼女の肩を荒々しく掴む。


「セシリー、アタシここから出るわ!! それから、あの人の為に強くなる! それと、進化のことも詳しく教えなさい。もし、ここから受肉できる進化があれば、あの方と……」


 イチコのあまりの迫力に、セシリーは、一度呼吸を整えてから質問に答え始めた。

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