第7話「死霊術師(ネクロマンサー)」

 イチコを男たちは気にするでもなく、ただ威勢の良い新たな獲物が来たという程度だった。


 まるで猫をじゃらすように、不規則にランタンを揺らす。


「ほ~ら、そこのレイス、こっちへ来い」


「わぁ! キレイ! なんて言うか! ここの霊たちを襲っただけでも許せないのに、このアタシをこけにして! あんたら地獄に落とすわよ!」


 誘蛾灯にも惑わされずギャーギャーと騒ぐイチコを男たちは怪訝に思い、警戒心を露にし、他のレイスなど眼中になくなる。


「こいつは少し違うようだな。ゴーストに進化しそうなのかもしれん。もったいないが全力で行くぞ」


 ランタンを持つ男の言葉に後ろの二人は静かに頷く。

 アイテム袋からガラス瓶を取り出すと、蓋を開け捨てて、中身を宙へ撒く。


「くらえッ! 聖水だぁ!」


 それはイチコの頭上にシャワーのように降り注ぐ。


「ちょっ! イタタッ! これ地味に効くんだから辞めてよねっ! くぅ、よくもやってくれたわね! 絶っ~対に! 呪い殺してやる!」


 乱れ髪が微かに口に入りながら、イチコは睨みつけ告げた。


(殺す。殺す。殺す。絶対殺すわ)


 今までならば睨んだだけで、相手の首をねじ切ることが出来たのだが、こちらの世界に来たせいなのか、ピクリともしない。


 頭の中に、『取得されていません』という声が何度も響く。


「何の事よ。うるさいわねっ!! クソっ! クソっ! クソっ!! もっと、もっとよ。もっと奴らをうらみ、ねたみ、そねみ、ひがむのよっ!!」


 不穏な空気がイチコの周囲に立ち込め、闇が蠢き始めるが、そのときにはすでに光結界がイチコを取り囲んでいた。

 光の外に出られないだけでなく、まるで何かに押さえつけられているかのように、圧力を受ける。


「くっ、もう少し、もう少しなのに……」


 先ほどの様子を見るかぎり、この後、すぐに『ターンアンデット』という死者に対する攻撃魔法が飛んでくるのは明白だった。


 呪いは使えず、結界も張られ、次の瞬間には強制成仏させられるかもしれない状況。

 出られない環境、迫りくる死。生前を思い出すシチュエーションに、イチコの言葉は、聞く者に多大なる恐怖を与える呪詛となっていた。


「許さない。成仏しても三途の河原であんたらを待っててやる。石を投げつけてやる。足を引っ張ってやる。服をはぎ取ってやる。

成仏が何よ! したとしても絶対、呪ってやる。祟ってやる。絶対に消えない傷を残してやるっ!!」


「っ!! 不気味なレイスめっ!」


 その呪詛により、一瞬、本当に一瞬だけ男たちの意識がそれた時だった。


「あの~、何しているんですか? ここでの狩りは禁止になっているはずですけど」


 男たちの背後より、先ほど墓地へと訪れていた、ローブの人物が声を掛けたのだった。


「なっ!? いつの間にっ!!」


 ランタンを持った男は、バッと振り返ると、ローブの人物の細い体躯を確認した。

 弱々しそうだと判断すると、態度はあからさまに上からになり、高圧的な声音でローブの人物に告げた。


「おいおい、あんた、なんでこんな時間にいるのかは置いといて、大人しく回れ右して帰んな。明日の朝日が見たいんならよぉ」


 ランタンの男は腰に佩いた剣の刀身を鞘からチラリと出してみせる。


「ふむ。初心者ルーキーや止むに止まれぬ理由があるのならば、すぐ辞めるなら許してやろうと思っていましたが、どうやら確信犯の悪人のようですね。僕悪人以外はあまり手に掛けたくなかったんですが、これなら、安心して容赦しなくていいですね」


 フードをおもむろに取ると、そこからは現れたのは、長耳に銀髪のエルフの男だった。

 しかし、美男子かと聞かれると、一考の余地があった。

 確かに顔のパーツは整っているが、男は無駄なモノを全てそぎ落としたかのように、ガリガリで皮膚がなければスケルトンに見間違われてもおかしくない程。肌も青白いを通り越して真っ青と言えるほど。呼吸も小さく、どう見ても、この男たちに勝てそうには見えなかった。


「はぁ~? お前がオレらを? そんなヒョロヒョロの体で何が出来るって言うんだ?」


 男がエルフの胸ぐらを掴むと、背後から、うめき声が上がった。


「はっ?」


 ランタンの男が背後を振り返ると、男の仲間2人が地面から突き出した骨に貫かれている。


「とりあえず、2人貫いて殺すことはできましたね」


 ニコリと柔和な笑みを見せながら答えるエルフ。


「てめーっ! よくもっ!!」


 ランタンを投げ捨て、腰の剣を抜くと、エルフに襲い掛かる。


「あ~、この光景を見ても向かって来ますか。普通、死霊術師ネクロマンサーに墓場で戦いは挑まないのですが……。もしかして、ただの馬鹿だったんですかね。まぁ、無知は罪って言いますし、殺されるのも致し方なしですかね」


 いつの間にかエルフの背後に骸骨スケルトン兵士が立ち、凄まじい剣速で、男の腕を斬り飛ばした。


「あっ、がぁああっ!! オレの腕がぁ!!」


 骸骨兵士はさらに一撃加えようと剣を振りかぶる。


「あっ、ちょっと、ストップ、ストップ! 殺しちゃダメですよ」


 骸骨兵士の攻撃を制止する。

 しかし、骸骨兵士のうろの両目には怒りの色が伺え、とても攻撃を止めそうになかった。

 ローブの男の命令も聞かず、振り下ろされた一撃は、しかし、骨の盾によって防がれる。


「た、助けてくれるのか?」


 腕を押さえたまま男が尋ねると、優しく告げた。骸骨兵士に。


「キミが殺しちゃうとレイスになっちゃうでしょ。そしたら、ここの霊たちに迷惑がかかるからね。僕がやるよ」


 エルフは、ランタンを持っていた男に、凍てつくような蔑みの視線を送ると、その瞬間、地面から現れた骨が男の首を弾き飛ばした。

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