第9話 初めての王への供物

初めての王への供物


エレウシスの秘儀事件から数日後

私は兄ヴァシリオスと共に街のあちこちを歩いていた。

兄を救い共にいられるようになってほんの数日、

それでもようやく兄を救えたという実感が、胸の奥から迫り上がる熱と幸福感で満たされている。

共に落ち着いて今までの事を話し合ってきた、

今まで何をしてきたのか、どうやってきたのか。

何よりずっと救いたいと思って想い続けてきた相手が私の隣にいて、共に歩むことができる。

それが何よりも嬉しく思っていた。

MM地区支部の支部長やエージェントと共に救うことが出来た、彼らの力添えもあったから私たちはここにいる。

普段はたった独りで、傭兵として UGNイリーガルとして必要なものだけを買って食うというだけの、消極的な生活が中心だったが、

兄が来て以来は少し華やかな気分になって様々な使用されていなかった食材を購入し、羊肉やワインなんか探したものだ。

途中で立ち寄る店で話し合い、検討し合って決める。

もう独りではない、それが何よりの幸福。

それなりに衣服類と日持ちのしやすい食糧品を数十分買い込むとホテルへと戻り、また語らう……そんな得ることはできないかもしれないと半ば諦めかけていたものであった、それがこの手のなかにある。

……そんな事が続くうちにひとつ、忘れていた事を思い知らされる。

いつもの日常を過ごしていたある日告げられた。

シャワーを浴びて上がった時だ、ホテルのシャワールームの扉を開く、そこには優しい笑みをたたえた兄のヴァシリオスがいた。

「……入るのなら、ノックのひとつはしてくれれば開けたのだが」

白い浴衣を軽く羽織るようにしながらも問う、シャワールームは成人男性が2人入ったら少し手狭ではあるが入れない事はない部屋だ。

順番待ちしてたのなら別に家族であるため気兼ねする必要はないのではと思ったからだ。

『なに、そういうわけではない、すぐに済む』

ふ、と微笑む兄の笑顔にそうか、と返答してシャワールームに入るのだろうと退こうとした時だった、

手首を掴まれシャワールーム内に引き摺り込み壁に押しつけられた、背中に壁にぶつけられた衝撃と痛みが走る。

なにを、と瞳を見て思い出した

数日前の兄がしていた瞳──衝動に呑まれた者の瞳を。

驚愕と困惑の色が現れてるのが分かったのかふ、と口角をあげる

『お前は私の意思を継ぎ、不平等なこの世界を是正するために戦い続けてきた、それには感謝をする』

壁に押し付けられた身体は兄のその瞳に縫い付けられたかのように動けない……いや、動かなかった。

兄さん、と呟く

すぐ様に思考をする、その衝動を抑え込むにはどうすればいいのかを

『……だが、今のこの私の欲望は、衝動は止まらん、さてどうするわが弟よ』

彼は告げる、衝動を、そうだそれを抑え込むには衝動を満たす事ができればいい、確か兄は、と昔を思い出す。

その昔とある所で敵オーヴァード部隊との戦闘で暴走をして、血を啜る事で衝動が治まったと、ナタリアという女性の副官、兄の部下がそう言っていたのを。

そう考えればもはや穏やかな気持ちだった、王が苦しんでいるのなら、支え自らの身で抑え込むのは当然のことで、その在り方に憧れを抱いていた事を思い出した。

「……ならば、私の身を捧げよう」

兄の瞳をしっかりと見据えて答える、それは私自身の信念のひとつでもあったからだ

ヴァシリオスはほう、と口角を上げ私の身体を観察する

しかし、次の瞬間、首の付け根、頸部辺りに表皮、真皮、皮下組織、そして頸動脈を抉られる激痛と熱が全身を走る。

頭が痛みによりクラリと意識が削がれる、しかしその後に湿った生温かいものが傷口を穿るようにして血を掬い吐息が首にかかり、血を啜られる。

ジワリ、と勢いが止まらない血が隙間から流れ出て浴衣を赤くジワリと染めていく。

呼吸を何とか整えようと深く長くしてただただ血を啜られる感覚に耐えること数分、その感覚は終わる。

傷痕は既にオーヴァード特有の〈リザレクト〉によつて完全に傷が塞がっている。

浴衣にはその名残が、血の染みができている。

呼吸を整えただ見る、衝動に呑まれたジャームでもある兄を

数分の吸血により衝動が落ち着いたのか労る視線を向けていた。

「……問題ない、これは代償でもあり、私の奴隷としての役目だ」

と私は安心させる為の笑みを浮かべた。


END

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