第二章 ゴーストリック失踪事件ー出羽麗奈の部活動ー⑥


 千菜ちゃんから教えてもらった住所は、学校がある恵比寿から電車で一五分ぐらい揺られた場所にある工場だった。二つ並んだ工場棟の真ん中に直径一〇メートルほどのガスタンクがある。工場棟の周りにはフォークリストが走るための道路が整備してあって、さらにその周りをコンクリートの塀で囲っている。何も知らなかったら普通の工場って思っちゃいそうだね。


 まぁ、少し注視してみるだけでも違和感が凄いけど。


 そこそこ大きな工場だっていうのに守衛所とか受付みたいなものがないし、普通の会社ならまだバリバリ就業時間のはずなのに誰かが動いてる様子がないんだよねぇ。


 そんな違和感を感じつつ、敷地の中に入れる唯一の門を通り抜ける。


 どうやら工場自体はきちんと動いてるみたいだね。何かの機械音っぽいのが聞こえてるし。重機なのか生産設備的な機械音なのかは分からないけど、一体何を造ってるんだろう?


 霊力兵器の製造所って考えるのが普通なんだろうけど、なんていうかオカルトと工場って組み合わせがしっくりこない。ラーメンパスタとかカルボナーラご飯みたいな。味はともかく先入観で遠ざけてしまうみたいな。


 とはいえ、人の気配がないってのは素直に嬉しい。無駄にこそこそ動く必要がないって訳だし。


 しばらく歩いて工場の中へと入っていく。当然だけど真正面から。


 工場の内部は、『普通の工場』って感じだった。


 流石に工場で働いたような経験はないけど、テレビドラマとかでたまに映る工場がそのまま現実に現れたみたいな。


 だけど、やっぱり堅気の工場じゃないらしいね。


 ――と、その時。


「やぁよく来たね。僕の実験場へようこそ、お客様」


 突然、後ろから声を掛けられた。


 二〇代後半から三〇半ばぐらいの若い男性の声。


「……、」


 振り返ると、コンベアを挟んだ先に誰かが立っていた。クセっ気の強い黒髪を肩のあたりまで伸ばした作業服の男性。声色の割には見た目が老けてる印象だった。


 気付かれない動きでポケットのサバイバルナイフを掴む。

 っていうか、無意識のうちに手が伸びてしまっていた。


「あなたが永沼翼さん?」


「おやぁ、どうして僕の名前を知ってるんだい?」


「このご時世、人の名前なんて調べようと思ったら調べられるもんだよ。この工場の名前で検索したら名義人として掲載されてたし」


「はははっ。その年にしては随分と肝の据わったお嬢さんみたいだけど、……僕の前であまり嘘は言わない方が良い。特に、その場を取り繕うだけの嘘はとても聞き苦しい」


 ゾクッ、と背中に寒気が走った。

 ……ちょっとやばいかもね、この人。


 しょせんは霊力兵器だよりの一般人もどきって思ってたけど、この感じはオカルトの世界にドップリはまっちゃってる人かもしれない。


 現に私の霊感が反応しちゃってる。


 ロクな武器を持ってない今の私じゃ分が悪いかも。


「……さっき実験場って言ったよね。ここは霊力兵器の開発工場じゃないの?」


「ほう。やはり僕の予想通り、霊力兵器という言葉には辿り着いていた訳か。だけど、それだけじゃ満点はあげられないな。あれはどちらかというと、メインの計画から派生したサブリザルトだったからね」


 ……サブリザルト?


「あぁ、そう落ち込む事はないさ。メインの計画はOAGでもごく一部のメンバーしか知らない情報なんだよ。そこを適切に突かない限り、霊力兵器という解にミスリードするように仕組まれているんだ」


 あっちゃあ……。


 やっぱり慣れない謎解きはするもんじゃないねぇ。私が名探偵ならここで犯人役に『そう流されている事も予想通りですよ』ってドヤ顔決められるんだろうけど、そういうのって私の分野じゃないんだよねぇ。


 だから素直に聞くしかない。


「そのメインって、結局は何なの?」


 私はコンベアを流れてるシルバーのハンドガンを手に取る。

 当然だけどマガジンはセットされてない。


「こういう風に工場で生産体制を取っているって事は、実際には副産物だったとしても霊力兵器はそれなりに評価できる結果だったって事なんだよね? その霊力兵器がサブになるほどの計画って、あなたたちは何をしようとしてるの?」


 実際、ミスリードされた霊力兵器だって、オカルトの世界をひっくり返す可能性があるぐらいの脅威はあった。


 それが霞んでしまうほどの計画って……?


「まぁ、ここまで辿り着いたのなら君にも知る権利ぐらいはあるかもね」


 永沼という男性はニヤニヤと笑う。


「本当なら教えてあげる必要はないし、教えちゃうと僕が上の連中にこっぴどく怒られるんだろうけど、まぁ、あれだよ。親切心で教えてあげよう」


 永沼は肩をすくめて、


「簡単に言ってしまえば、そうだね。幽霊を人の手で制御したかった。肉体に縛られている人間とは違って霊力の塊に等しい幽霊を自分の意のままに操る。それを可能にするコントローラーを開発しようとしていたんだよ、この工場は」


 …………。なるほど、ねぇ。


 幽霊を制御するコントローラーか。


 私的にはそんな計画より、霊力兵器の方がよっぽど実用的で強力だと思うんだけど、きっと霊力兵器よりはそっちの方がOAGって名前の由来には近いのかもね。

『幽霊に対抗する』って名前の組織なんだし。


「人間を意図的にコントロールするには精神や心理的な部分にアクセスする必要があるけど、幽霊の場合はそうじゃない。生きていた頃の姿を保ってはいるが、幽霊には肉体がない。つまりは精神も心理も姿も霊力だけで形作られているんだよ。だったら、霊力を何らかの形でコントロール出来れば幽霊を操れる事も可能だろう?」


「そんなの不可能でしょ」


「まぁ、そうだね。僕たちも霊力を兵器に組み込む段階には達したけど、制御するには至らなかった。だから僕はより多くの幽霊を集めていたんだよ。たった三年で霊力兵器を生みだすまでは来れたんだから、回数を増やしていけば一年後か二年後には別の何かが生まれているはずだからね」


 それがあの雑居ビルの正体。


 やっぱり大量の霊璽は幽霊を取り込むためだけの道具だったらしいね。幽霊を取り込んだ霊璽をこの工場に持ってきて兵器にするって感じかな。


「幽霊を完全に操れる方法さえ確立できれば、オカルトの世界で権力を得る事もそう難しくはないだろう。御三家って呼ばれてる家系でも、その力の源は幽霊のはずだからね。戦う前に、いや戦っている最中でも構わない。相手が使っている幽霊ごとこっちの制御下に置いて勝利する。これが僕たちの最終目的さ。どうだい、理解はしたかい?」


 普通に考えたら実現できるはずもない計画って思う。


 だけどこの永沼って男性が言っていたように、元の計画が何であれ、何もないところから霊力兵器っていう武器までは手が届いてしまってるのは確か。こういうのがフリーランス組織の強みかもね。現状の、停滞を望んでる御三家じゃ、この方法を考え付く事もなかっただろうし。


 っていうか、新規の技術を開発する部分に関しては御三家を越えてるんじゃない?


「……仮に、あなたたちの目的が成功したとして」


「?」


「その先は? OAGって組織がオカルト世界の権力を握って、そうなった先がどうなるかちゃんとイメージしてるの?」


「はははっ、手痛い部分を突くね。正直に言ってしまえば、OAGのトップ幹部にそこまでを考える知能はない。だけど、僕はそれでも構わないって思っているんだよ」


「どうして?」


 私の問いに、永沼は両手を広げながら、


「だってさ、指揮官の居ない戦争は単純な混沌っていうだろ? 誰にも、どんな組織にも縛られないで各々が思うままに力を行使する世界。素晴らしいとは思わないかい? 世は群雄割拠のオカルト戦国時代ってね」


「……ッ!」


 言い終わると同時に私は動いた。


 さっき手に取っていたハンドガンの銃口を永沼へと向ける。


「……何のつもりだい? あぁ、いや、僕に銃口を向けてる事じゃなくてね。マガジンも入っていない銃で何をしようとしているのかって事だけど」


「分からないって思った? ここは生産ラインの最終地点でしょ」


 最初がどんな目的であったとしても、ここが霊力兵器の生産工場なのは間違いない。だとしたら、この場所でコンテナに落ちる銃には既に霊力の細工が施されてるはず。


 あの時、雑居ビルでくらった爆弾には、強い霊感を持っていないと感知できないって効果も加わっていた。だったら、銃の霊力兵器にも同じ事が言えるはず。


 ――つまり、これはマガジンが必要ない銃。


 ――マガジンが入っていないと相手を油断させて霊力を発射してくる銃。


 おっそろしいよね。暗殺にはもってこいじゃん。


「くく、ふふふ」


 だけど、そんな私の予想とは裏腹に、目の前の男性から余裕は消えない。

 ……何か、あるね。


「何がおかしいの?」


 カチャ、って音が聞こえた。


 目の前の永沼が作業服の懐から、私が持っているのと同じ銃を取り出した音だ。


「いや、ね。知っての通り、この工場で作っているのは銃の霊力兵器だけなんだけど、どうして銃なんだと思う? 単純な威力を考えれば爆弾の方が優れているというのに」


「コストの問題じゃないの?」


「違うね。確かに銃と比べれば必要な霊力は多いけど、もっと単純な解なんだよ」


「……まさか」


「そのまさかさ。使うたびにメンテナンスが必要な刀や、取り扱いに細心の注意を向けなければいけない爆弾とは違って、銃ならばその都度マガジンを差し込むだけで使える」


 とっさに私は持っていたハンドガンを投げ捨てて、コンベアの陰に隠れる。


 直後。


「つまり、霊力を込めていたのは銃ではなくマガジンの方だったんだよ。これなら、オカルトだろうと人間だろうと構わず殺せるからね」


「……ッ!」


 爆発音にも近い銃声が鳴った。

 耳にキーンって響いてる。近くで銃声を聞いたせいで頭がクラクラしてるけど、それしか気になってないって事は、私に銃弾が当たらなかった事でもある。


 ていうか、わざと外されたって方が正しいのかも。


 今のは威嚇のつもりかな?


「どうだい? サブリザルトとはいえ、中々に有能な武器だろう。薬莢に霊力と弾薬を込めるだけで効果が出るんだからコスト面でも優秀だよ」


 ダンッ! ダンッ! と、続けて二回発砲される。


 ……ちっくしょー。

 一日おきに銃声を聞かされるJKってどうなのよ。自分で踏み込んだ事件だけど、もうちょっと優雅に解決してみたかったなぁ。


 コツコツ、と永沼が歩いてる音が聞こえる。


 工場だから隠れられる場所も多いはずだけど、そのワンアクションまでが遠い。移動しようと立ち上がった瞬間に撃たれちゃうだろうね。


 だけど、ここでジッとしてても事態が好転はしないのは明白。


 ヤバいかも。


 これって追い詰められたとかいうやつなんじゃ……?


「分かっているとは思うけど、君を生きて帰す訳にはいかないんだよ。まだ御三家とやり合うタイミングじゃないからね。霊力兵器の数と人員を揃えて挑んだとしても、僕たちが負ける可能性の方が遥かに高い。御三家ってのはそういう連中なんだ」


 コツコツ、と私が隠れてるコンベアへと足音が近づいてくる。


 やがて、永沼がコンベアを回り込んで私を視認した。


「ここで君を逃がしたら間違いなく御三家へ連絡するだろう? いやあ、それは不味い。非常に不味い。だったら解は簡単だ。ここで殺せばいい」


 銃口が、私の頭に向けられる。


 耳をつんざくほどの銃声が鳴った。

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幽霊刑事は幽霊もJKも信じない 辻端かおる @tsuzibata

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