第二章 ゴーストリック失踪事件ー出羽麗奈の部活動ー⑤
翌日。
日中の授業カリキュラムを終えた私は、部室へと顔を出さずにとっとと帰り支度を済ませて住宅街の中を歩いていた。ただし、本当に自宅へ帰っている訳じゃない。向かっている先は昨日も訪れた雑居ビル。盛大に爆破されちゃったとはいえ、もしかしたらOAGなる組織の手掛かりが残ってるかもしれないからね。調査しておくにこしたことはないでしょ。
と、そこで隣から声が掛けられる。
「……あの、どうして私まで……?」
「言い方は悪いけど私の保険だよね」
「……保険?」
隣を歩いてる――いや、浮遊しながら移動してるのは千菜ちゃん。まだ外に出るのが怖いのか、時折後ろを振り返ったり周囲を見回しながら移動してる。
千菜ちゃんにはわざわざ昨日の夜に学校まで行って『例の雑居ビルに一緒に行こう!』って伝えてたの。その時もめちゃくちゃ怯えてたけど、この時間までに覚悟を済ませてくれてると思ってた。気持ちは分かるけどさ、そこまで怯える必要はないと思うんだけどねぇ。
「さっきも話したけど、霊力爆弾の爆発で幽霊を弾いてた水引幕も壊れちゃったから、前とは違って千菜ちゃんも入れるはずだよ」
「……入った瞬間に私まで吸い込まれるとかないですよね……?」
「それは何とも言えないかなー。もしかしたら昨日の夜にOAGが製造所を作り直してるかもしれないよねー」
「……ひい……っ! ……やっぱり怖い」
ブルブルと震えてる千菜ちゃんだけど、逃げ出さないで付いてきているところを見ると、やっぱり事件に引き込んじゃった責任とかを感じてるのかも。
目的の雑居ビルにはすぐに辿り着いた。
外から見た限りじゃ昨日と変わってる様子はない。まぁ一般人からしてみれば、中に入っても違和感には気付かないんだろうね。爆発の規模が規模だったから、ある程度の霊感さえ持っていれば気付けるんだろうけど、こうして丸一日経っても騒ぎが起きてる様子もない。
扉のノブを回して部屋の中に入る。
「パッと見た感じは……、昨日のままってところかな」
「……でも、なにか嫌な感じがしてます」
「大量の霊力が放たれた跡地だからかなぁ。幽霊にとっては被爆地みたいなものなのかもね」
「……うぅ、やっぱり危ないじゃないですかぁ……」
とか言いつつ、千菜ちゃんも部屋の中へ。
内装的にも昨日と変わった様子はない。壁に沿うように置かれてる組み立て式のスチール棚も大量の霊璽も昨日のまま。きっと爆薬を使った爆弾じゃなくて霊力の爆発だったからだろうね。基本的に幽霊とか霊力って無機物には干渉できないんだよ。物を持って移動できたりする幽霊も居るには居るんだけど、それって元からある程度の才能が有ったり結構な時間を使って練習した証らしいし。
ま、そのおかげでこうやって調査も出来るんだから、麗奈ちゃん的にはありがたい。木っ端みじんになった爆発跡からの探し物なんて女の子にはきつい仕事じゃん?
「霊璽とか水引幕の効力は消えてるっぽいね」
「……私がこうやって入れてますもんね」
「じゃあ千菜ちゃんが吸い込まれる心配もなさそうだね。良かったじゃん」
軽い会話を交わして部屋の中を調べまわる。
私はスチール棚の隙間から壁へと手を当てながら、霊璽を見て回る。
「そういえばさ、千菜ちゃんとメグちゃんってどうやって知り合ったの? 私たちの高校に縁があるとか言ってたけど」
「……その、出会ったのは偶然でした」
私の質問に、壁の中に顔だけ突っ込んでいた千菜ちゃんが答える。
「……街の中を歩いてたら、たまたま女の子の幽霊と出会ったので話しかけてみたんです。そうしたら同じ高校に縁があったり、歳が近かったりしたので自然と仲良くなりました」
「ふーん。それってすごい偶然だよね」
「……そうですね、本当に……」
おっと。
友人が居なくなった子に対して踏み込みすぎちゃったかな?
けれど私は千菜ちゃんに向けて話し続ける。
「昨日ね、私と円がこの部屋に入ってしばらくしてから爆弾が出てきたんだけどさ、それっておかしいとは思わない?」
「……何が、おかしいんですか?」
千菜ちゃんが壁から出てきて私に向かい合った。
「タイミングが良過ぎるんだよね。最初に部屋が安全だって思わせて、しばらく調べさせてからドカンッ! ってさ。まるでさ、爆弾のスイッチを持った誰かが近くで見てたみたいじゃない?」
「……そうなんでしょうか?」
「まぁ、偶然かもしれないけどね。でもさ、仮に誰かが私と円の様子を隠れて見ていたんだとしたらさ、それって私たちがこの雑居ビルにくることを知ってたことになっちゃうと思わない? だって、私と円がこのビルに踏み込んだ時から、私たちは誰の姿も見てなかったんだから。起爆スイッチを握ってた謎のXちゃんは最初から私たちに見つからないように隠れてたんだよ」
「…………」
「そしてね。私たちがこの雑居ビルに向かうことを知ってた人はものすごく限られてたの。あの時に部室にいた私と円。向かう途中にメールで伝えてた清佳。あとは言わなくても分かってるよね? この案件を持ち込んできて、この雑居ビルに向かうように仕向けた張本人――千菜ちゃん。あなたしかいなかったんだよ」
「…………」
千菜ちゃんは何も答えない。反論しようと思えば、いくらでも反論できるはずの私の推理に対して反論してくれない。わざわざ最初に『偶然かもしれない』って逃げ道を用意してあげてたのに。
それがほとんど自白だって分かってるのかな?
やがて、沈黙に耐えられなくなったのか、千菜ちゃんはポツリと呟いた。
「……どうして……?」
「どうしてって。どうして千菜ちゃんの裏切りがバレたのかって?」
千菜ちゃんはほんのわずかに頷く。
「言い方は悪いけどさ、あんなおざなりな嘘なら直ぐバレるよ」
私はスチール棚の霊璽を手に取った。
「千菜ちゃんが幽霊部に来た理由、メグって幽霊が吸い込まれたって言ったよね。そもそもメグってどういう字? 恵(めぐ)、芽久(めぐ)、それとも愛美(めぐみ)や巡(めぐり)とかのニックネームかもしれない。でも、この部屋の霊璽にはそれに関係する名前が一つも書かれてなかったんだよ」
霊璽に書く文字って御霊が神霊になる際の名前と番号なの。要は日本の仏教でいうところの卒塔婆みたいなもん。仰々しく難しい文字が並んでるけど、その中には必ず故人の名前が入っているはずなんだよね。
だけど、この部屋の霊璽にはメグって読める名前の文字はなかった。
「それで私の予想は確定しちゃった」
少しだけ、もったいぶるように間を空けてから私は千菜ちゃんに向けて言う。
……緊張感がないって思われるかもだけど、こういうシーンって誰だってちょっとは憧れるじゃん? そそくさと要点だけ言って終わらせちゃうには惜しい。大事なのは雰囲気なんだよ雰囲気。
「千菜ちゃん。あなたはOAGの命令で私達を殺そうとした。理由はきっと、幽霊部なんて素人集団にオカルトを踏み荒らされたくないとかそんな理由かな? 陰でコソコソ動いてるOAGにしてみたら、変に現場をウロチョロされるのは堪ったもんじゃないだろうし」
まぁ、本当は素人集団どころか、円や清佳みたいに御三家の娘が集まってるんだけどさ。公になってる情報じゃないし、勘違いしちゃうのは当然だよね。
「最初の予定じゃ霊力爆弾だけで終わってるはずだった。だけど、私の霊感が予想より高かったせいでその計画は不発に終わっちゃった。それどころか、逆にOAGの存在を嗅ぎつけられて霊力兵器って考えにまで辿り着かれちゃった。きっと焦っただろうね。そんな事をOAGに報告できるはずもないし、このまま手ぐすね引いてるだけじゃ状況は好転はしないんだし」
典型的な、現場だけでトラブルを解決しようとして逆に悪化するってやつだね。
「…………」
見ると、千菜ちゃんは小さく震えながら下を向いていた。
私達を騙していた事への罪悪感。トリックが見破られた事への怒り。簡単に騙せると思っていた私に騙された事への羞恥。それとも、まったく別の感情かもしれない。千菜ちゃんが今、どんな感情で震えているのかは分からない。そうしているのだって、実は私が油断するのを待ってるって可能性も捨てきれない。
だけど。
ポン、と。
私は今にも泣きそうになっている千菜ちゃんの肩に手を置いた。
それでも何もしてこない千菜ちゃんに安堵しながら私は言う。
「ねぇ千菜ちゃん。あなたOAGの誰かに脅されてるんでしょ?」
「……え、あ……」
「これからの話はほとんど私の予想なんだけどね」
私はもったいぶるように一拍我慢し、
「きっと千菜ちゃんは三年前に北関東で起きた連続女性失踪事件の被害者だった。そこで偶然にも幽霊になったんだけど運悪くOAGに捕まっちゃった。で、言う事を聞かないと霊璽で吸い込むとか脅しを掛けられて、仕方なく手先として活動してたっていう予想なんだけど間違ってるかな? 安斎千菜ちゃん――いや、本名は違うのかな?」
しばらく、千菜ちゃんは黙っていた。
だけどやがて瞳から大粒の涙を流し始め、言葉を紡ぎ始めた。
「……麗奈さんの、言う通りです。……私は……っ、自分が犠牲になるのが嫌だったから、……それで、他の幽霊と仲良くなって、名前を聞き出して……霊璽に吸い込ませてたんですっ! だってっ、また死んじゃうかもって思ったら……怖くて……っ、どうしようもなくてっ!」
それは、どれほどの恐怖だったんだろう。
生きている間は名前も知らない誰かに誘拐されて、幽霊を生みだすためっていう下らない理由で死との恐怖に向き合った挙句に殺されて。幽霊になってようやく自由になったはずだったのに、そこでもまた恐怖を餌に脅されて。
幽霊の存在が科学的に証明された事で死後の世界を信じる人も増えてるっぽいんだけど、じゃあ幽霊になった人が消滅したらどうなるのかは、きっと御三家にだって分からない。
一度死んで奇跡的に幽霊になった人が、今度こそ意識も存在も消されちゃうかもしれないって恐怖は、きっと生きている人間には想像もできない。
「……私が、弱いのがいけなかったんです……っ! 他の幽霊を犠牲にするぐらいなら、私が消えてしまえば、ずっと良かったはずなのに……っ‼」
確かにさ、世の中には脅しに屈しちゃうのは弱さだって言う人もいるけど、私はそうは思わない。だって自分の命だよ。自分が死んだら数百人の命が救われるって知ってても、そうそう簡単に死を選べる訳がないじゃん。だって怖いじゃん。
それにさ。
いくら脅されてたとはいっても、千菜ちゃんがノリノリで幽霊を罠に掛けてたんだとしたら、とっくに悪霊に変質してるはずなんだよ。幽霊ってそういう存在なんだもん。良くも悪くも、幽霊って感情に左右されやすいの。
「千菜ちゃん」
円や清佳が千菜ちゃんを許すかは分からない。
だけど、せめて私だけは許してあげたい。
許して、力になってあげようと思っちゃう。
自分の事ながら甘ちゃんだとは思うけど。
「OAGの連中は集めた霊力を使ってオカルト世界の権力を自分たちのものにしようとしてるの。そうなったら、もうお終い。今度は千菜ちゃんだけじゃなくて、この世界の幽霊全員と、生きてる人間までターゲットになっちゃう」
「……、」
「だから教えて。力を貸してとも言わないから、協力してとも言わないから。この街に居るOAGの中で、千菜ちゃんを脅してる奴の名前を教えて。そうすれば、後は私が終わらせるから」
こんなの、もう部活動の範疇じゃないんだけどさ。
やっぱり見過ごせないよねぇ。
事情を知って、それを解決できるかもしれない力が私にはあるんだから。
「……な、名前、は……」
千菜ちゃんは顔中をボロボロの涙で崩しながら、それでも必死に口を動かしてくれた。
「……永沼翼(ながぬまつばさ)。……三年前に私を殺して、今も私を脅し続けてるのは、……私の、実のお父さんなの」
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