第二章 ゴーストリック失踪事件ー出羽麗奈の部活動ー④


 昨日まではタイガーと一緒に児童行方不明事件を追い、クタクタになったところに千菜ちゃんからの相談を受け、怪しい建物に入ってみれば霊力爆弾という奇天烈な代物まで顔を出してくる始末。


 これは流石に、っていうか非常によろしくない状況になってしまった。


 何がかって?


 それはもちろん、花のJKである麗奈ちゃんの体力が尽きかかってるのです。


「……だるい」


 時刻は夕方六時。


 結局、あれ以降は調査しても何も出てこないだろうと踏んだ私は、円に任せて一人寂しく家に帰っていた。テロの可能性とか霊力爆弾なんて不穏なワードが出てきたけど、流石に今日明日で何かしてくる訳じゃないでしょ。


 それにほら、今回の依頼って私が警察に協力してるとかじゃなくて部活動の一環なんだし、部活動なら下校時刻をきちんと守らないといけないじゃん?


 部屋に入るなり、一目散にベッドへ寝転がる。


 制服のシワとか気にするべきなんだろうけど、今日はもう無理!

 クタクタ過ぎて、夕ご飯とお風呂の体力ぐらいしか残っていません!


 本能のまま枕に顔をうずめていると、すぐに思考がボンヤリとしてくる。


 ……あぁ、このまま夕ご飯まで寝ちゃおっかなぁ……。


 そんな風に意識を手放しかけた――その時だった。

 私のスマホから愉快な音楽が流れ始めたのは。


「……………………」


 スマホをぶん投げたくなる衝動を抑え込んで画面を見ると、そこに映っていたのは我が幽霊部の部員である清佳の名前。……本当にぶん投げちゃおうかな。


 通話ボタンを押す。


「……なんだよーもー」


『ちょっとちょっと! 開口一番にそれってどういう事よ!』


「うるさいなー。こっちは疲れてんのー」


『っていうかさ。何で私が現場に付いたら二人とも居なくなってるの⁉ その後に部室に行っても誰もいないし!』


 ……耳に響くなぁ。


「……あの現場を見たなら分かるでしょ。清佳がこなかった間にこっちは大変だったんだよ。もう少しで死にかけちゃうぐらい」


『それは悪かったと思ってるけど、私の方も大変だったのよ!』


「清佳ってマスターについて聞いてたんだよね?」


『そうなの! 黒谷が幽霊に殺されたって聞いてたから、警察ではどんな処理の仕方されるのか盗み聞ぎしてたら、嫌な名前にぶち当たっちゃって』


 盗み聞ぎとか言ってるけど、きっと盗聴とか分かりやすいものじゃないはず。


 清佳って御三家の一家、箔斎(はくさい)家の一人娘のくせに、警察にも探偵にも強いコネを持ってるほどの謎のハイスペックだし。箔斎清佳って名前を出せば、表の世界でも裏の世界でもオカルトの世界でも通用しちゃうぐらいの有名人なんだよねぇ。


「嫌な名前って、どっかの魔女グループとか?」


『あんなインチキ詐欺集団じゃ比較にならないレベル。OAGって名前の組織知ってる? Oppose Amotion Ghost――直訳すると幽霊に対抗するって意味なんだけど、その実態は自分たちがオカルトの世界で一番になりたい連中が創ったフリーの組織なんだって』


「……聞いた事ないなぁ」


『そっか。オカルトに詳しい探偵の間じゃ割と有名なんだけどね』


 清佳はわざともったいぶった言い方をしてるっぽい。


 こっちは眠いんだからさっさと話して欲しいんだけど。


『オカルト世界の現状って、御三家以上の権力を持った組織がないじゃん? それに不満を持った霊媒師とかカルト集団の教祖が結託して出来たのがOAGなんだって。無理やり権力を得ようとしてる連中だから、オカルト世界のタブーも何も気にしてない。だから私たちの方でマークしてたの』


「……それがぁ、マスターとどう繋がってるのぉー?」


『何その気だるげな感じ⁉ ちょっと! まさかオチかけてるんじゃないでしょうね⁉』


「……いいからぁ、早く話してよぉ」


『ちゃんと聞いててよね。で、最近そのOAG内で妙な実験が二つも行われてたらしいの。一つは人口幽霊の製作。もう一つは霊力兵器の開発なんだって』


「……ちょっと待って」


『目が覚めた? 黒谷も三年前になんかの組織に所属してたとか言ってたらしいじゃん。多分それがOAGなんだと思う。ま、人口幽霊の方は麗奈と刑事がどうにかしてくれたけど、私たち的に大問題なのはもう一つの霊力兵器の方』


「その霊力兵器って具体的には何なの? 霊力を集めた爆弾なら知ってるけど、あれだけで御三家を潰せるとは思えないよ」


『確かに爆弾だけならそうかもしれないけど、それが銃になったらどう思う?』


 ……それは。


 確かにちょっと厄介かもね。


 幽霊を自在に扱うっのて普通は出来る事じゃないんだよね。特に幽霊から霊力を取り出すなんて芸当は、御三家に属してない限り不可能に近い。だからこそ、御三家が権力を持ってる理由でもあるんだけどね。だけど、霊力を使った銃なんてものが開発されたら、その権力も危ぶまれるかもしれない。幽霊から取り出せるエネルギーって洒落にならないレベルだからね。もしも銃がハンドガンサイズだったとしても、威力は対戦車ライフル以上っていうデタラメな兵器になるかもしれない。


『しかも、その霊力兵器の厄介な部分は霊感に頼らないって点。見た目は普通の銃だから霊感がない人にも見えてるし、霊感がなくても撃つ事は出来る。いくら御三家とはいっても、圧倒的な物量で攻められたら対抗しきれるかは……正直怪しいでしょ』


 清佳はごほん、と一息ついてから、


『最初は人工的に幽霊を作ってその霊力を使おうとしてたみたいだけど、人口幽霊の製作に予想以上のコストが掛かるって知ってからは別の方法を取り出した』


「……幽霊を強制的に吸い取る霊璽」


 なるほどね、そういう事だったんだね。


 私は一般人を標的にしたオカルトテロ集団だと思ってたけど、本当に狙われてたのは私たちみたいなオカルト世界の住人だったって訳かぁ。


 生まれ持った才能や資質に頼らない。

 面倒な手順や過程もすっ飛ばせる。

 それで威力だけは桁違いの霊力兵器の開発。


「いやだなー。なんか、次から次に面倒になってるじゃん」


『……麗奈って神経図太いよね。今の話を聞いた感想がそれって』


 だってさー。そこまで大事になっちゃったら、もう私たちの領分じゃないじゃん。ちょっとだけ仮定の部分も残ってるけど、今の内容を御三家の当主に話しちゃえば、あっちで解決してくれるはずだし。それぐらいの内容なんだもん。


 学生の部活動でどうこうする状況はとっくに過ぎてたって訳。


 だいたい、何人いるのかも分からない組織相手に幽霊部の三人だけで戦いに挑むとか、自殺願望があるとしか思えないよ。


「じゃ、もう限界だから切るね」


『え⁉ ちょっと! せっかく教えたっていう――』


 清佳が何か余計な事を言い出さないうちに通話を切った私は枕に顔を埋める。


 ……んー、こめかみの辺りがジンジン痛んできた。


 これは疲れがピークを越えたって事なんだろうなぁ。


 そろそろ本気で休まないと過労死しちゃうレベルまで来てるんじゃない? いやだなぁ。花のJKが部活動で過労死なんて笑えないよ。そういうのはさ、生真面目人間のタイガーにこそピッタリで、私には縁がない言葉なんだからさ。


 まぁ、でも。


「やっぱり、何とかしなくちゃいけないよねぇ」

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