第二章 ゴーストリック失踪事件ー出羽麗奈の部活動ー②


 幽霊部にやって来た女の子は、安斎千菜(あんざいちな)という名前らしい。


 彼女が自分でそう名乗ったんだし、嘘をついている感じもしないから本名なんだろうけど……うーむ、幽霊がそう簡単に名前を教えちゃうのは色々と危ないんだよねぇ。


 聖書の悪魔が契約する時以外には名前を教えようとしないのって、名前から弱点や退治する方法がバレちゃうからなんだけど、幽霊にもそれは当てはまっちゃうの。

幽霊が現世に留まるためには何らかの触媒が必要なんだよ。生前に愛用してた遺品とか髪の毛の束とか、そういう物に取り憑いて幽霊はあの世へ引きずり込まれないようにしてる。だから名前を教えちゃうと生前の個人情報だけじゃなくて、触媒になっている物まで特定されちゃうの。


 そうなったら除霊されちゃうか触媒を元に悪用されるかの二択しかないんだから、幽霊は名前を教えないのが原則のはずなんだけどなぁ。


 つい最近死んじゃった子なのかな?


 で、その千菜ちゃんは下を向きながらブツブツと話し出す。


「……あの、あなたたちは私が見えているんですよね……?」


 千菜ちゃんの問いに頷いた私は、単刀直入に切り出す。


「千菜ちゃん、あなたの身に何が起こったの? 幽霊になった理由とか怨念とかそういう話じゃなくてさ。幽霊になってるのに、誰かに相談しなくちゃいけない何かに巻き込まれたんだよね? だからこそ幽霊部を訪ねてきたんでしょ?」


 そう言うと、千菜ちゃんは身体を抱えるように腕を組んだ。


 それからゆっくりと口を開いていく。


「……友達が、急にいなくなってしまったんです」


「友達ってどっちの?」


 訳の分からない質問に思えるかな? でもさ、これって幽霊になら直ぐに理解できちゃう質問なんだよ。そんでもって、この答えによってはタイガーを頼るか、私たちだけで解決しなきゃいけないかも決まっちゃう大事な質問だったりもするんだよね。


 千菜ちゃんは肩を落としながら言う。


「……幽霊の友達です。メグと名乗っている女性の方でした」


 ふーむ。

 やっぱりそうきたかー。


 まだ詳しい話は聞いてないけど、これは完全に私たち側っぽい内容な気がする。昨日までは子供の誘拐事件を調べてたのに、今度は幽霊の失踪ときましたか。


 タイガーは……うーん、頼れなそうだなぁ。幽霊から相談を受けてるって説明した途端に切り捨てられそうだし。


「……私と、メグは自由に場所を移動できる幽霊なので、この高校でよく会っていました。お互いに女性でしたし、この高校に縁があったので仲良くなるのは早かったです」


「へー、幽霊同士が積極的に絡むのは珍しいんだけどね。基本的には相互不干渉みたいに慣れ合わないのが普通なんじゃなかったっけ?」


「……はい、メグもそう言っていました。幽霊になってから初めての友人だと」


 と、そこで千菜ちゃんの横に座っていた円が口を挟んでくる。


「その、メグさんという女性が消えてしまった経緯は?」


「え……あっ……?」


「単に消えてしまっただけというなら、除霊されたとか成仏したという可能性があります。安斎さんもそれはご存知ですよね?」


「……はい」


「麗奈さんも言っていましたが、自我を持った幽霊の力は並の人間よりもずっと強力です。本気を出さなくても人を殺せるぐらいの力は有しているのです。それなのに、多少の霊感を持っているだけの私たちに頼ろうとしているんですから、何か普通ではない事が起きたのではないですか?」


 いやいや、円ったら意気消沈してる女の子に容赦なさ過ぎでしょ。


 ほら、千菜ちゃん責められたと思って黙っちゃったし。


 こういう時にバイトで探偵業してる清佳が居てくれると楽なんだけどねぇ。私ってこういう取り調べとか事情を聴くのってほとんどタイガーに任せちゃってるから、実はあんまり得意じゃないし。


 しばらく沈黙してた千菜ちゃんだったけど、やがて息を吐きながら応えた。


「……信じてもらえない話かもしれません」


 千菜ちゃんは俯いてカチカチと歯を鳴らしながら続ける。


「……一緒に、街を歩いていたんです。何もしていません。本当に、街の風景を楽しんでいただけなんです……。でも……急に、いきなり、メグが建物の中に吸い込まれてしまって……っ!」


「建物に吸い込まれた……?」


 思わず呆気にとられた声を出してしまう。

 千菜ちゃんはそんな私に向かって頷くと、


「……はい。まるで、掃除機で埃を吸い取ったみたいでした。……幽霊だから壁にはぶつからないで、建物の中に……。……私も後を追おうとしたんですけど、どうやっても中に入れなくて……っ、もう、どうしたらいいのか分からなくて……っ‼」


 話している間に声が潤んできていた千菜ちゃんだけど、終わる頃には両手を顔に当ててうずくまってしまった。責めてしまったと罪悪感を感じたのか、円が千菜ちゃんの隣に移動して落ちつかせようとしてる。


 しっかし、建物の中に幽霊が吸い込まれるなんて聞いた事ないなぁ……。


 某有名な幽霊を吸い込む映画とかゲームじゃないんだしさ。幽霊が科学的に証明された現代でもそこまで科学技術は発展してない……って考えれば、残っている可能性は比較的簡単に絞られちゃう。


 タイガーだったら馬鹿馬鹿しいって言いそうだけど、思った通り、これはやっぱり私たちの問題っぽい。簡単にいっちゃえば、科学的じゃなくてオカルト的な問題ってこと。


 うーむ。

 はぐれの霊媒師辺りが何かのまじないでも使っちゃったかな?


 幽霊の千菜ちゃんが建物に入れなかったってところに引っ掛かりがあるけど、これ以上話を聞くのは無理そうって感じだし、こっからは自分で調べるしかないかなー。


 なんていうか、ここで簡単に千菜ちゃんの依頼を切り捨てられるようなら、幽霊部なんて創ってない訳だしさ。ここで千菜ちゃんを見捨てちゃったら自暴自棄になった彼女が何をしでかすか分かったもんじゃないって理由もある。悲しみとか、メグって幽霊をどうにかした人への恨みとかで悪霊に変わってしまうかもしれない。そうなったら可哀想だけど無理やり除霊しなきゃいけなくなっちゃうんだし。


 気怠い身体を気力で押し切るようにソファーから立ち上がる。


 幽霊が吸い込まれたって話を考えると、千菜ちゃんを連れていく訳にもいかない。


となると、一緒に行動できる相手は円だけになる。


「それじゃ、今日ぐらいはさっさと帰りたいから早く行こっか」


「仕方ありませんね。ついでにポテチの在庫補充も済ませておきましょっか」

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