第二章 ゴーストリック失踪事件ー出羽麗奈の部活動ー①
最初にぶっちゃけちゃうね。
この世界には幽霊が存在しています!
……っていっても、今なにかと話題になってる『科学的な証明』とかの話じゃなくってね、本当の本当に昔からの心霊現象ってこと。タイガー風に言うなら『馬鹿馬鹿しい』とは思うんだけど、廃墟に出る霊とかビデオテープから出てくる怨霊とか、そういう系のフィクションっぽい幽霊もいるし守護霊とかもいるんだよ、実はこの世界って。
「うーあー」
クレア・リコールって科学者が幽霊を証明しちゃってから、幽霊は世間一般にも広く受け入れられてるみたいだけど、実はあんまり喜ばしい事じゃないんだよね。
なんだろう、分かりやすく言えば『今までこっそりと特許技術だけで稼いでた町工場にたまたまテレビの取材が入ってから中途入社の素人集団が大量に増えた』みたいな感じ。嬉しいような気もするんだけど、どう考えてたって邪魔だし、特別な才能も技術も持ってない素人にウロウロされて喜ぶ人はいないよね?
つまりまぁ、そういう事。
私たちの業界内でも色んな評価は飛び交ってるけど、麗奈ちゃんの見解的だけなら、クレア・リコール博士はかなーり余計な事をしちゃった人。ま、だからこそ『幽霊法』が制定される直前に行方不明になっちゃったのかもしれないけどさ。
「うーあー、うーうー……」
「麗奈さん、ソファーに顔を埋めながら妙な声を出さないでください」
少し離れた位置からおっとりとした声が聞こえてくる。
言われるままに顔を上げると、そこにいたのは私とおんなじ制服を着た生徒。制服どころか歳まで私と同じ16歳のはずなのに、一部のインパクトだけ大きく突出しちゃってる垂れ目気味で栗色ロングヘアな女の子。
彼女は神泉円。
私と同じ学校に通っている高校一年生。
それと、私が創った幽霊部の部員。
円は部室の端っこに置いてある電気ケトルでお湯を沸かしてた。
「……だってー、昨日は色々と疲れちゃったんだよー。それなのにお母さんは学校に行けって言ってくるしさー……」
「一昨日サボっていた時点でお母様は相当お怒りでしたからね」
「どっちかっていうと、私が事件に首突っ込んだのが怒りの原因っぽかったけどね」
でもまぁ?
理由も理由だったし、お母さんも怒るに怒れなかったって感じだったんだよねぇ。始まりは幽霊見たさって動機だったけど、最終的には人助けに繋がったんだし。
いやー、善行ってしとくもんだね。
うんうん、昨日の私はすんごく頑張った。犯人に押さえつけられて拳銃を突きつけられるなんて、普通の女子高生が出来る体験じゃないよ。
だから、
「……少しぐらいはグッタリしてもいいじゃーん……。なんていうかさー、今日は気持ち的にずっとオフでいたい日なの。麗奈ちゃん省エネモード」
グデっとソファーに身体を投げ出す。
それだけで心地いい倦怠感に襲われて眠っちゃいそうになるけどガマンガマン。グータラしたいんだけど眠りたくはない感じ。ここで寝ちゃうと逆に帰ってから目が冴えちゃいそうだし。一昨日、昨日って頭を働かせすぎちゃったから今日ぐらいは深夜に入る前にぐっすり寝たいんだよ。きっと今日ぐらいはタイガーも休養してるんだろうし。あれだけ撃たれたんだから、警察だって休みぐらいくれるでしょ。
「麗奈さんも紅茶飲みます?」
「……あー、うん」
気だるげに応答すると円は麗奈ちゃん用のティーカップに紅茶を用意する。
流石に寝っ転がりながら飲むなんて雑技団みたいな事は出来ないしする気もないから、気だるげな身体を起こして円が用意したティーカップを手にする。
円は両手を合わせて、こう言った。
「まだ清佳さんは来ていませんけど、先に二人でアフタヌーンティーを始めましょう」
「……いやいやいや、紅茶がパックのインスタントなのはまだ仕方ないけどさ、テーブルにのり塩味のチップス出しながら言う台詞じゃないよね?」
「それは偏見です。アフタヌーンティーとは本来、紅茶と一緒にお菓子や軽食を頂く時間の事を指しているのです。特にその内容について決まり事などないんですよ」
「そのお菓子や軽食って、絶対にサンドイッチとかスコーンとかケーキでしょ⁉ なんかこう、優雅な感じのさ。スナックじゃなくてスイーツ的な!」
「??」
どうやら私の価値観は伝わらなかったっぽい。
私の目の前で、円はバリバリとチップスを食べて汚れた指のままカップを持ってチビチビと紅茶を堪能している。
どうにも食欲がそそられない絵面だなー。
ずずず。
「……安っぽいインスタントの味がする」
「むぐむぐ。そりゃあコンビニで大量に確保したものですから当然ですよ」
「いっつも思うんだけどさ、もうちょっと高いやつには興味ないの? 円の家ってかなりお金持ちなんだし、家の中じゃゼロが五つ以上のたかーい紅茶飲んでるんでしょ?」
「だからこそ大事なのはメリハリなんです。むぐむぐ。普段から値の張るものばかり口にしていると世俗からはみ出ていく感じがするので、むぐむぐ、親の目が届かない場所でこうしてバランスを取っているんです。むぐむぐ」
だからって乙女の天敵ともいえるチップスを常時食べてる理由にはならないと思うんだけどなー。親に見つからないように、少し離れた桜田門近くのコンビニを使ってるみたいだけど、そこまでの電車代とか気にしてない時点で、一般的JKの価値観からは離れてるって証明しているようなもんだよ。
安っぽい紅茶を啜りながら、私はまだ来ていない部員の事を思い出す。
「それにしても、清佳はまだ来ないのかなー?」
「言われてみれば遅いですね。トラブルでもあったのでしょうか?」
「まったくもー。わざわざ今日集めたのは清佳だってのに……」
――と、そんな愚痴を垂れ流している時だった。
どこかでタイミングを見計らっていたかのように、ガララと部室の扉が開いた。
「あり?」
てっきり清佳が来たのかと思ってたんだけど、どうも違ったっぽい。
てかさ。なんか、見た事のない少女がこっちを覗いてるんだけど。
「……あ、あの……、どうも……」
引っ込み思案なのか、遠慮がちに頭を下げる少女を見て、頭を抱えそうになる。
これはあれだね。タイガー風に言うなら『事件の臭いがしてきた』ってやつだねっ! 疲れ切ってる身体に鞭打つルート確定っぽい感じだねっ! うわーんっ‼
だって、だってさぁ!
この女の子、どう見たって幽霊なんだもん‼
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