第一章 SNS幽霊事件ー虎鶫隼翔の捜査ー⑧
翌日のお昼過ぎ。昨日も利用させてもらった黒谷さんの喫茶店で麗奈と合流した。
「やっほータイガー」
麗奈は昨日と同じ奥側のテーブル席に座っていたので、向かい側に座る。その途中で黒谷さんに声を掛けてアイスコーヒーを注文。店内の客入りは……、そこそこって感じか。他人に聞かれたくない話をするのには最適だな。
麗奈は俺の注文が届くのを待ってから口を開いた。
「じゃ本題に入ろっか。今回の事件だけど、昨日の情報を踏まえて調べなきゃいけないところは大きく二つあったはずなんだけど、そこは分かってるよね?」
もちろんだ。
「一つは行方不明になった子供達の親。最初の内はプライドが高いだけの親って考えてたけど、三年前に妻まで失踪してるっていうなら話は変わってくる」
「正解。私もそう思って調べてみた」
麗奈はスマホを取り出すと、俺へと向けるようにテーブルの上に置いてから、
「これは今日の午前中、居なくなった子供の父親が何をしてたのか、知り合いの探偵さんに頼んで調査してもらった報告書なんだけど。これ見てよ」
麗奈が画面を指差したので、そちらに目を向ける。
「……全員が同じ場所に行ってる?」
「そう。向かった先はただの英会話塾なんだけど、これだけでもうおかしいよね。子供も奥さんも居なくなってるタイミングで、そんなところに行く理由がないもん」
「英会話塾ってのは表向きの看板で、その裏で誘拐犯の溜まり場になってるとか?」
「んー、それは違うっぽいんだよね。偽物の捜査令状と警察手帳見せて『この建物に強行犯が隠れている可能性があります。令状が出ているので許可を貰わなくても勝手に調べちゃいますね』って突撃したんだけど、驚いちゃうぐらい何も出なかったんだよ」
真っ先に手錠を嵌めるべきはこいつなんじゃないか?
俺の前で堂々と犯罪報告するんじゃねぇよ、反応に困っちまうだろうが。
と、そんな俺の心境など知らず、麗奈は続ける。
「多分あそこは中継地点の一つだったんだと思う。英会話塾の講師じゃなくて、生徒の方に受取人を潜ませておいて、こっそりとお金を払わせるとかね」
……お金を払うって事は、お金が発生するような何かをしているという事だ。
もちろん、表向きの英会話塾の料金とかそういう話じゃない。暴力団とかが良く使う手だ。下っ端や下請けの小さな組織がヘマをして逮捕されても、その上の大きな組織にまで被害が広がらないようにするって訳だ。
となると、
「父親達が母親や子供の誘拐を依頼したってのか?」
考えられなくはない話、ではある。
胸糞悪い話だけど、どの時代にも自分の子供や奥さんを邪魔だと考えちまう奴は存在する。大抵は愛人だの浮気だのが奥さんにバレたとかそういう理由だ。奥さんが居れば離婚した上に慰謝料を払わされるし、子供が居れば教育費を払えと言われるかもしれない。
だから、少し高いお金を出して犯罪行為に走った方が賢明って考えちまう。
「……馬鹿馬鹿しい。結局は犯罪を依頼してるんだから立派な犯罪だぞ」
「そこまで頭が回らないほど切羽詰まってたとかじゃない? よく考えてみてよ。夫の浮気がトリガーなのはほぼ確定だけどさ、普通に考えて同じ時期に一〇人も浮気するなんてそんな偶然があると思う?」
「なに?」
「実はその浮気自体が人為的に引き起こされた可能性があるの。つまり、犯人はターゲットになる家族を設定してから浮気を引き起こして誘拐を幇助させたかもしれないってこと」
「……待て、それってつまり」
「組織的な犯行だろうね。この構図を実現的なレベルにするなら、最低でも浮気相手、弁護士に成りすました誰か、誘拐実行犯の三人は必要になってくる。他にも、周りの基盤を固めてたんだとしたら十人規模はいたはずだよ」
なるほどな。
たった一度でも浮気をした瞬間には夫の逃げ場がなくなっている訳か。それが奥さんにバレて離婚だなんだと騒がれて弁護士が出てくるところまで想定内。浮気離婚の場合に掛かる慰謝料は相当高額だから、それをチラつかせて動揺している夫の元へ犯人が接触して奥さんの誘拐を持ち掛ける。
最後は夫の誘導で人気のないところに誘い出して、犯人の手で誘拐か。
「とすると、犯人達の狙いは金か?」
犯人からの作為的な誘導があったとはいえ、この構図なら最終的に誘拐を依頼してくるのは夫という事になるから、依頼金は夫が支払わなくてはいけないはずだ。
麗奈の予想では英会話塾が金の受け取り場になっているとも言っていた。
だけど、
「……被害者、つまりは失踪した女性や子供の死体は見つかってないんだよな? 行方不明とか失踪の場合って、消えてから何年か経たないと死亡扱いにならないから死亡保険は支払われないはずだぞ。ましてや今回の被害者は生命保険にも加入してない子供だ。誘拐なんて大きなリスクを冒してまで犯人側に得られるメリットが少なすぎやしないか?」
「そうなんだよね。だから私も犯人の正確な動機までは掴めなかった」
そう言うと麗奈はテーブルに置いていたスマホを手に取り、クルクルと回す。
やはり今回の児童行方不明事件は三年前の女性失踪と地続きになってる。
三年前に自首した奴も、恐らくは犯人達の一員。波紋が広がらないうちにトカゲの尻尾よろしく切られたって感じなんだろうな。で、目的は分からないけど、その犯行グループがもう一度動き出したって訳か。
もし、その予想が本当だとすれば、一刻も早く動き出さなくちゃいけない。
犯行グループの規模を考えると、構成員を何人かを逮捕しただけじゃ、時間を掛けて組織を復活させる可能性だってある。あんまり気は乗らないけど、組織犯罪対策部にも協力を頼む必要があるかもなぁ。
幽霊係とはいえ、捜査一課の人間が組対に協力を頼み込んだって話が広まっちゃえば、ますます縄張り争いに巻き込まれちまうかもしれないし、結局は散々な結果になりそうだ。
それに、
「ん? どうしたのタイガー?」
「あぁ……いや、何でもない」
幽霊以外に興味がない麗奈がここまで付き合っているのも不自然過ぎる。
いつもだったら、昨日の時点で『じゃ私は関係ないからバイバイ!』とか言ってフェードアウトしていきそうなもんなのに。
……こいつ、まだ何か俺に隠してる事実があるんじゃないのか?
そんな疑問を抱きつつ、今度は俺がスマホを取り出して、テーブルの上に置く。
「これが二つ目。こっちには犯人へと繋がる糸があった」
麗奈はスマホとは違って画面の小さい携帯電話へと視線を向ける。
即座に彼女の表情が変わった。
そして周りの人間を気にしながら小声で言う。
「……タイガー、これが真相なんだとしても確実って訳じゃないよ」
「まぁな。だけど、これで布石は打てたはずだ」
じゃ、後はその時を待つだけにしますか。
事件の詳細を推理するターンはこれで終わり。
だったら次はもちろん、解決のターンだろ?
ここまで誰にでも聞こえる声量で話したんだ。
分かりやすくて簡単なアクションを取ってくれよな、犯人さん。
そうすれば俺も分かりやすく簡単に現行犯で逮捕できるんだからさ。
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