第一章 SNS幽霊事件ー虎鶫隼翔の捜査ー⑦
夜一〇時三〇分。今日聞き込みをした高井さんの証言を書類にまとめ終わり、一息つこうとコンビニの袋を持って廊下に出たところで、見慣れた顔とばったり遭遇した。
「よぉ虎鶫、幽霊係の係長も残業か?」
「……止めてくださいよ、福永さん。同じ捜査一課でしょう? 疲れるだけなんですから、無駄に喧々しないでください」
片手を上げて近づいてきたのは、捜査一課の福永さん。
俺とは違ってバリバリに強行犯を追っているエリート中のエリート刑事。
「はっはっは、そりゃ無理な相談だな。かの有名な警視庁捜査一課の中に、幽霊係なんつう訳の分からない部署が出来ちまったんだ。プライドの塊みたいな連中がアレルギー起こすのも自然の道理って話だよ」
「だから福永さんに愚痴ってるんですよ」
ちなみに、福永さんは俺が幽霊係に配属される前にコンビを組んでいた人だ。元々は警視庁の人間じゃなかったらしいんだけど、上の人間にヘッドハンティングされて捜査一課に配属されるほど『デキる』人だった。だからか、他の一課の連中みたいにプライドが高くなくて、こうして離れた今でも気軽に話しかけてくれる。
肩身の狭い幽霊係としてはありがたい限りだよ。まったく。
「福永さんは何を追ってるんですか?」
「お前と一緒だよ。児童行方不明事件」
「……何か、掴めましたか?」
「いんや、どうも俺達の方は詰まっちまってるっぽい。こんなに子供が居なくなってるのに犯人の目撃情報が一つもないんだってよ。くっくっく。あいつら、お前が捜査に加わるって知ってるから『今日は徹夜だ!』って意気込んでるぜ。……で、お前の方はどうなんだよ?」
「幽霊の仕業じゃなさそうです。一応、幽霊の目撃者に話を聞きましたけど、確実性のある証言は聞けませんでしたし」
取りあえずはそう言っておく。
流石に『幽霊の目撃情報はありましたけど、幽霊は犯行を止めたがっているようでした』とは言えないよなぁ。俺だって信じてない証言を話しても福永さんを混乱させるだけだろうし。
「今日は泊まりか?」
「いや、そこまでは。終電ギリギリまでは残ろうと思ってますけど」
「旨味のある証言は取れなかったんだろ、残って何をやるんだ?」
「少しだけ気になる事がありまして。ところで福永さん、ここ数年の間にあの辺の地域で殺人事件とか通り魔事件ってありましたっけ?」
「あん? ……俺の記憶には残ってねぇな」
やっぱりそうだよなぁ。
俺と福永さんが捜査一課に配属された時期は一緒だし、そのぐらいに人が死んでるような事件があったなら俺だって覚えてるはずだ。
やっぱり高井さんは嘘をついていたのだろうか?
でも、何のためにだ?
今回の児童行方不明事件を幽霊の仕業にしたいなら高井さんの証言は不自然だ。幽霊を見た、ってだけ言っておけば『幽霊法案』が適用されたかもしれないのに、わざわざ幽霊が犯行を止めたがっているとまで言う必要はない。
警察を混乱させるのが狙いなのか?
いや、それにしては詰めが甘すぎるよなぁ……。
「じゃ、俺はもう帰るぜ。そのうちまた飯でも行こうや」
「えぇ。この事件が終わったら」
福永さんと別れ、幽霊係の事務室へと戻る。
大橋ちゃんは定時と共に帰ったらしく、俺一人という寂しい状況。
そこで、携帯電話が鳴った。
画面に映し出されている名前は昼間一緒だった幽霊オタク。
『やっほータイガー。忙しい刑事さんはまだ帰宅できてないのかな?』
「お前こそ、母親にこってり絞られたんじゃないのか?」
『うっ……、その話は勘弁してほしいなー。沈んでたテンションをどうにかここまで持ち直したばっかりなんだから』
「円ちゃんの言ってた通り、本当に怒られてたんだな」
半信半疑だったんだけどなぁ。
『……ちょっと待って。何でそこで円の名前が出てくる訳? ていうか、いつの間に下の名前で呼ぶ関係になってたの⁉』
「うるさい携帯越しに叫ぶな。何か用があって電話してきたんじゃないのか?」
『まぁいいや、この件は後でじっくりと聞かせてもらうとして……。どうせタイガーも調べてたんでしょ。ここ数年で起きた殺人事件について』
「言っておくが、お前に情報は出せないぞ。捜査情報だ」
『いいよ、どうせ何も出ないはずだし。あの地域では殺人事件は起こってないんだもん』
「あの地域では?」
『タイガー。三年前に起きた女性の連続失踪事件は覚えてる?』
もちろんそれなら覚えてる、確か全国ニュースにもなっていたはずだ。
だけど、あれはそもそも警視庁の管轄じゃなかった。北関東辺りで何人もの女性が失踪したって事で、あっちの方の地方警察が集まって捜査本部を建てたみたいだけど、結局は犯人が自首してきて解決になったはずだ。
それが今回の事件に関係あるっていうのか?
『驚かないで聞いてね。居なくなった子供達の家庭をリスト化してみたらなんとビックリ。全員があの事件で母親を失ってる子供達だったんだよ』
ゾクリ、と背筋が冷えた気がした。
「……おい、それって」
『そう、タイガーの考えは多分あってる。あの事件は解決したって事になってるらしいけど、実際にはまだ終わってなかったっぽい。犯人が自首したのと女性の失踪が止んだのが同時期だったから誰も疑問は持たなかったようだけど、もしかしたら真犯人は別にいて、自首したのは身代わりだったのかも』
「その真犯人がまた動き出した……?」
『そう考えるのが妥当かもね』
辻褄は合う。
あの事件の詳細な部分までは知らないけど、何人も誘拐されているのに目撃者がいないって部分では今回の事件と構造が重なっている。三年間の空白も、前の事件は解決してるって思わせる期間としては丁度いいぐらいだ。
だがそうなると、その追うべき真犯人は誰になる?
『私ももう少し調べてみるよ。タイガー、明日のお昼過ぎぐらいに会える? そこで情報の交換しよっか』
「俺は構わないけど、お前は平気なのか? 二日連続で母親にどやされるぞ」
『そっちはどうにかするよ。それじゃ明日ね』
その言葉を残して麗奈は電話を切った。
――さて、俺も頭を整理して、調べる事をまとめるか。
徹夜は確実だろうけど、そこは若さで乗り切るしかない。
さてさて、今回の件、どこを真っ先に調べるのが効果的なんだろうかね。
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