第一章 SNS幽霊事件ー虎鶫隼翔の捜査ー⑥
高井さんの話を聞き終わってマンションを後にすると、もう夕方だった。
母親から帰宅の催促をされたらしい麗奈とは別れて本庁へと帰る。電車を乗り継いで桜田門駅で改札を抜けると警視庁は目と鼻の先だ。高井さんのマンションから歩けない距離じゃなかったんだけど、捜査初日から無駄に体力を消耗する必要はないだろう。刑事ドラマじゃ事件発生から素早く一日で解決なんて展開があるけど、実際にはそんなに早く捜査は進まない。張り込みをするために三日間徹夜なんて事もざらだし、一週間捜査して何も掴めないって事も普通にある。
休めるべき時に休んどく、これが結構大事なんだよ。
……とか考えている間に、目的の建物は目の前にまで迫っていた。
日本の首都としての東京を警備する警察機関の本部、警視庁本庁。
警察官ならばこの建物を見ただけで強制的に気持ちを引き締められる。
俺を見つけた出入り口の制服警官が敬礼してきたが、軽く手を振って警視庁の前を通り過ぎると近くのコンビニへと入る。目的はもちろん夜食の確保。
下手に弁当なんか食べて腹を膨らませると眠気に襲われちまうから、適当な総菜や野菜ジュースなんかを買い物カゴに放り込む。
「あら?」
と、そこで後ろから声を掛けられた。
振り返ると、そこにいたのは麗奈と同じ制服を着た女の子。長くウェーブのかかった栗色のロングヘアと垂れ目で全体的におっとりとした雰囲気を出している。麗奈と同じ制服って事はまだ高校生なんだろうけど……おいおい、制服を押し出すように主張している胸はその辺の高校生のレベルを軽く超えてるぞ。
「あらあら、そんなに凝視されては困ってしまいます」
「っとと、これは申し訳ありません」
慌てて視線を逸らしつつ謝罪する。
すると、女子高校生はくすくすと笑い、
「ふふ、冗談です。まさかこんな場所で麗奈さんのお気に入りと出会えるとは思っていなかったので、少々ふざけてしまいました」
「? 麗奈の知り合いですか?」
「ええ、神泉円(しんせんまどか)と申します。麗奈さんと同じく幽霊部の部員です」
マジで?
てっきり俺は麗奈一人だけのなんちゃって部活だと思ってたんだけど……。
「このご時世ですからね、物好きなのは麗奈さんだけではないのです。言っておきますけど、私の他にももう一人部員が居ますよ」
「……頭が痛くなりそうな情報ですね。というか、神泉さんはこんな場所で何をしているんですか? 麗奈の高校からここはかなり離れていると思うんですけど」
「円(まどか)」
「はい?」
「麗奈さんを下の名前で呼んでいるなら、私の事も円と呼んでください。別に麗奈さんと敵対している訳じゃないんですけど、苗字呼びだと負けた気がして嫌です」
円ちゃんは分かりやすい抗議の証として頬を膨らませた。
麗奈といい、この円ちゃんといい、警察官相手によくもまぁここまで気兼ねなく接せられるもんだよ。普通、この年頃の女子高校生って男性をもっと警戒するもんじゃなかったっけ?
とはいっても、このままじゃ埒が明かないのも事実。
「円さん」
「はい、良くできました。刑事さんの事はタイガーさんと呼べばいいんですよね?」
パン、と胸の前で両手を合わせた円ちゃんは朗らかな笑みを浮かべると、足元に転がっていた買い物カゴを拾ってこちらに突き出してくる。
中身は……おぉ、これは酷いぞ。スナック菓子がギュウギュウに詰め込まれてやがる。
「私はこれを買いに来ただけです。自宅の近くだと親に見つかってしまうかもしれないので、こうしていつも遠出してまで買っているんです」
「健康に悪くないですか? こういうのって美容の天敵って聞きますけど」
「それが本当かは私の身体を見れば一目瞭然でしょう?」
円ちゃんはくねっとモデルのような体勢をとる。
ふむ、こうして見てみると意外と細身なんだな。一部のインパクトが強すぎたせいで全体的に大きくイメージしてたけど、スカートから覗き見える脚なんかは薄く綺麗に筋肉が付いているっぽい。自然と、って感じじゃなさそうだし、結構頑張らないとこうはならないだろう。
全体的にちんちくりんな麗奈とは正反対の少女だ。
「そういえばタイガーさん、今日は麗奈さんと一緒でしたか? 学校でも部活でも見かけなかったのですけど」
「ええ、麗奈には幽霊の情報提供者として捜査に協力してもらっていました」
「あらあら、やっぱりそうだったんですね。麗奈さんのお母様がカンカンに怒っていましたから、少しだけ心配していたんです」
マジか。一応は捜査協力してもらってたんだし、後で俺からフォロー入れといてやるか。
「ではタイガーさん、私はこれで失礼しますね」
そう言うと、円ちゃんは買い物カゴを持ってレジへ向かい、大量のスナック菓子代をクレジットカードで払って店外へ出て行った。
不思議な子だったなぁ、とか考えながら、俺もレジでお金を払ってコンビニを出る。
気が付けば、外はもう真っ暗になっていた。
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