第一章 SNS幽霊事件ー虎鶫隼翔の捜査ー①
天下の警視庁捜査一課といえば殺人事件専門のセクションだと大体の人は思うかもしれない。まぁ、その認識は間違いじゃないんだけどね。実際には強盗・傷害・誘拐・放火とか強行犯全般の捜査を扱っているわけだ。その捜査一課の中にも細かく係が存在していて、俺が在籍しているのは最近の幽霊ブームにあやかって出来た零係、通称幽霊係ってやつ。
何でも最近は、【完全密室】【犯人が存在し得ない状況】【犯人を特定しきれる証拠がない】【事件現場周辺で幽霊の目撃情報がある】って四つの要素が揃ってしまえば、刑事裁判で幽霊が犯した殺人の証拠になっちまうらしく、司法の上の人間は頭を抱えているみたいだし、三権分立なんて関係ないほど立場が上の人間からの圧力で、こういう係が出来たんじゃないかって噂が流れているみたいだ。
でも、だからって俺じゃなくても良かっただろうに。
まだ警視庁に入って数年しか経っていないぺーぺーの若造が係長になるんだから、東京の警察も世間の例にもれず人手不足なのかもしれないけど、何で俺なんだか。
「……で、今日で一〇件目ですか」
そんな事で頭を悩ませつつ、安物の手帳にペンを走らせる。
ここは恵比寿。
オシャレな街並みと洗練された雰囲気が女性からの支持を集め、そのくせ下町的な一面も持ち合わせているから男性からの評価も高いという、全方面的に住みたい街らしい。昨今の幽霊ブームでオカルトな雰囲気の街がピックアップされている中でも、元々の街並みを維持したまま人気も維持し続けているという理由から、『努力の街』とかいうオシャレからは真逆の相性で呼ばれていたりもしたはずだ。
俺が居るのは、そんな街並みの中にある住宅街。
「えぇ。私達としても注意はしていたのですが……どうしても、この東京ですからね
ぇ。人目が届かない所なんて山ほどありますし……」
うーむ。人目が届かない所って言ってるけど、本当は『わざわざ確認する必要もないって思ってしまった場所』って言った方が正しいんだろうなぁ。人がやっと通れるぐらいの路地とか、数年放置された空きプレハブの中、民家の茂みの裏とかね。どうせそこには誰も居ないから気を付ける必要もない、って無意識で思っちゃう場所こそが実は一番危険なんだけど、それを一般人に説教するのは間違ってるんだろうなぁ。
っていうかさ、本当に説教する所は別にあるんだよ、これがね。
「一週間の間に小学生児童の行方不明が一〇件。どうして初期の段階で警察を頼らなかったんですか? 誘拐事件の可能性が高いことは流石に理解していたはずですよね?」
手帳を折りたたんで額に手を当てながら言う。
すると、この辺の小学校で校長をしている初老の男性は、流石に分が悪いと判断したのか、額に汗を浮かべながら言い訳を並べ始めた。
「さ、最初は誘拐だなんて思っていなかったんです。こう言っては聞こえが悪いんですが、居なくなったのは、あまり良い噂を聞かない家庭の子供達ばかりだったので……きっと家出だろうと思って教師達だけで探していたんですよ。流石に二人三人と居なくなってからは本格的に警察に連絡を入れようとしていたんですが……そので
すね。行方不明になった子供の親から止められていたんです」
「どういう事です?」
「行方不明児の親達は揃ってこう言うんですよ。『私達の子供は誘拐なんてされていない。だから、警察なんて呼んだら私達が恥をかくから止めて欲しい』と」
「……馬鹿馬鹿しい」
要はプライドの高い親が余計な騒ぎを起こしたくなかったってだけかよ。この校長の話だとあんまり家庭環境は良くなかったみたいだしさ。悪い家庭環境にも、単純なDV親なのか教育熱心過ぎて子供の自由すら奪っちまった系とか種類はあるけど、どれも共通して言えるのは子供を人間として扱ってないことだろう。
子供すら自分のステータスの一つとしか思っていないから、その子供が居なくなった事実よりも、それで警察のお世話になる方がデメリットが大きいって考えているのかもしれない。それとも本当に家出だと思い込んでいるのかだけど、どっちにしろ褒められた判断じゃない。
年末の特番で放送されるような、わけの分からない理由で警察に通報を入れる馬鹿野郎も居るけどさ、こういった事件性のある場合には素直に警察の世話になって欲しいよ。
ま、ようやくそう思って通報してくれたから俺が来ているんだけど。
「それにしても」
「ん?」
「警察の方って、こういった質問を何人もしてくるものなのですか? つい先ほども別の刑事さんから同じような事を聞かれたのですけど……」
あぁ……そりゃ不思議に思うよね。
短時間に違う刑事から二回も事情聴取されてるんだもん。
俺は少し遠くの方で聞き込みをしてる警察官を指差す。
「あっちにいるのがドラマとかで出てくる捜査一課の刑事さん。みんなのイメージ通り、殺人とか誘拐とかの強行犯捜査をする奴らです。警視庁内随一のスーパー花形職ですね」
「えっと……それじゃ貴方は?」
「ま、同じ捜査一課なんですけどね。係が違うんですよ」
ニュアンスはちょっと違うけど、海外の刑事ドラマとかで、被害者相手に地元の警察とは別にFBIの捜査官が質問しているようなものだ。追っている犯人の像が違ければ、それに伴う質問だって変えていかなきゃいけない。だからこそ、刑事が何人も入れ替わって聴取するんだけど……まぁ、質問される側からしたら迷惑でしかないよね。
「――で、ここからは非常に馬鹿馬鹿しい質問をさせていただきます。というか、ここからが割と俺の職務的には本番なんですが」
毎度のことながら、この質問をしなきゃいけないのが非常に恥ずかしいッ! でも、そうもいっていられない状況だから俺みたいなのが呼ばれてる訳だし、仕事は仕事でしなきゃね。
意を決して口を開く。
「……この辺りで、幽霊の目撃情報が出てるってのは本当なんですか?」
「はい?」
うん、そりゃあね。
そういう反応にもなるわな。
誘拐事件かもしれないから警察に通報したのに、その刑事の口から幽霊がどうこうとか質問されたら、俺だってふざけてるって思っちゃうもん。
でも幸いだったのは、この校長さんが割とニュースを見ててくれる人だったらしく、直ぐにポンと手を叩いて理解してくれたことだろう。
「ああ、例の幽霊法とかいうやつですか。では、刑事さんの係というと」
「警視庁捜査一課零係ってやつです。これでも係長」
「ニュースで見ましたよ。警視庁内に新しく幽霊事件専門の係が出来たとか」
「幽霊事件専門っていうより、幽霊が関わってないのを証明する係なんですけどね」
ほんとさ、こんな噂が走り回っているせいで給料泥棒とか陰口を言われてるんだからたまったもんじゃないよ。いちいち事件に首突っ込んでは、幽霊がどうこう尋ねるだけの刑事とか評判が悪いのなんのって。
捜査一課の他の刑事からも目の敵にされてるみたいだしさ!
なにより、それで本当に幽霊だった例がないのがやる気を削いでくる原因だ。
「というと、この行方不明も幽霊の仕業という可能性がある訳ですか?」
「そういう事なんでしょうねぇ」
俺の独断じゃなくて課長からの連絡で現場に出ている事から分かるように、この事件に幽霊の線を見出してしまったのは、課長より上の人間の仕業なんだろう。俺よりも幽霊なんて存在を信じてない課長が積極的に俺を外に出しているのが良い証拠だ。
「もう一度お尋ねしますが、この辺りに出るって噂の幽霊について何か知ってたりしませんか? どんな些細な事でも構いませんので」
「そうですねぇ……。そんな話を聞いた事があるような……ないような」
だろうなぁ。
よっぽど有名な幽霊なら、俺だって聞いたことはあるだろうし。
これでもさ、この係に来てから幽霊については死ぬほど調べたんだ。有名な心霊スポットとか怪奇現象が起こる建物だとかの馬鹿馬鹿しい情報をね。この辺りにそんな情報はなかったはずだし、子供達の噂話とか、誰かが吹いたホラって考えるのが妥当なのかも。
まったくさぁ。
さっさとこんな仕事終わらせて自由時間になりたいよ。
勘違いされるかもしれないけど、別にこの事件に興味がない訳じゃないんだ。
幽霊専門だのなんだの言われちゃいるが、少し前までは俺も捜査一課の刑事としてバリバリに強行犯を追っていた立場なんだから、こういう事件の犯人を逮捕したい気持ちはある。だからこそ、幽霊事件なんて非科学的な捜査を早めに切り上げて、空いた時間で俺なりに犯人を追いたいだけなの。
それが出来たことなんて一回もないんだけどね。
大体は俺が聞き取りを終わった頃にはもう犯人逮捕されちゃってるし。
「あ、そういえば」
そんな事を考えていると、校長さんが何かを思い出したような声を出した。
「どうしたんです?」
「あ、いえ。確かこの近くに幽霊を専門に調べている人が居るって聞いたような……。その人に聞いてみれば分かるかもしれませんよ」
「……それって、大学院とかで研究してる学者とか科学者みたいなのですか?」
「いえ。確か、高校生だったはずです。自分の高校に幽霊部とかいうのを創設して、幽霊について独自に研究しているって聞きました」
「……そっかぁ、高校生かぁ」
「やっぱり刑事さんでも高校生の相手するのは大変なんですか?」
大変っていうか、あいつ等は変にひねくれてる時期だから、たまーにイラッとしちゃうんだよね。どこで聞いた知識か知らないけど、こっちが任意捜査だって言えば「任意だから別に拒否しても構わないんですよね?」とかドヤ顔決めて言ってきやがるし。それで優位に立ってるつもりなのかは知らないけど、人の命が掛かってる場合もあるんだから、すべこべ言わないで素直に従って欲しいんだよ。
「ま、行きますけどね。仕事だし。文句は言っていられません」
あと一つ言うなら、その幽霊専門高校生とやらに嫌な心当たりがあるのが心配なんだよ。
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