幽霊刑事は幽霊もJKも信じない

辻端かおる

プロローグ 虎鶫隼翔《とらつぐみはやと》という刑事


 幽霊という存在が科学的に証明されてしまった。


「……馬鹿馬鹿しい」


「おやおやぁ? どうしたのさ虎鶫(とらつぐみ)さんや。まるで思いもよらなかった方向から金属バットで叩き付けられた人っぽい顔してるよ?」


 二つしかない事務机を向かい合わせにしただけの部屋の中で、退屈そうにスマホをいじっていた女性が尋ねてきた。一応は勤務時間中のはずなんだが注意する人なんていない。

なんたって、この部屋には俺と彼女しか居ないんだから、仕方がないっちゃ仕方がないともいえるが。


「こっわ……例えが怖すぎるよ大橋(おおはし)ちゃん。ていうかさ、俺はそんな表情知らないんだけど、なんで見たことある言い方できるの?」


「まぁまぁ。いちいち女の子の過去を詮索してたらカッコいい男性にはなれないよ。虎鶫さんってトレンチコートにウイスキーが似合うハードボイルド刑事に憧れてるんでしょ?」


「ブ……ッ! な、なんでそれを知って……?」


「ぷぷぷ、普段の行動を見てれば何となく察しはつくものだよ虎鶫刑事。それよりもさ、さっきの溜息って『幽霊法』のニュースに関係してたりする?」


「『幽霊法案』な。俺はまだあんなクソッタレな法律が承認されたなんて認めてないぞ。なにが、【幽霊が科学的に証明された以上、今後は幽霊による殺人を裁判または逮捕の証拠として扱う必要がある】だよ。そんな法案を考えちまうやつも、法案を通しちまう議員も馬鹿ばっかりだ」


「虎鶫さんって未だに幽霊とか非科学的だ! とか言っちゃうロートルさんだもんね。科学的に証明されたって言ってんだから、もう非科学的じゃないのにさ」


「実際に見たわけでもないのにホイホイと信じられるかよ。それにさ、見たことないのは大橋ちゃんだって一緒だろ? 殺人、強盗、誘拐、行方不明。今まで俺達が捜査した事件で幽霊の仕業だった例が一つでもあったか? これだけそれっぽい事件に立ち会ってんのに、出てくるのは生きてる人間の犯人だけなんだから、幽霊なんて存在しない一択だろうよ」


 俺が呆れながら言うと、大橋ちゃんは何故か目を細める。


「まー、確かにそうなんだけどさ。でも幽霊専門刑事の虎鶫さん的に、一度ぐらいは本物の幽霊に会いたいと思ってるんじゃないの? 居ない居ないの主張が、実は居て欲しい欲求の裏返し的なツンデレだった! みたいなさ」


「だーかーらー、俺は幽霊専門ってわけじゃないの。幽霊殺人になっちまいそうな事件の真相を探るのが俺の仕事なの。どっちかっていうと生きてる人間の側に立ってるはずなんだけど、いつからそんな名称をつけられるようになってしまったんだ……」


「仕方ないよ。警視庁捜査一課零係――通称、幽霊係って部署にいるんだから。今や幽霊係の虎鶫刑事っていったら、そこそこの有名人なんだからね」


「実際さ、課長も何を考えてんだかなぁ。どうせ、もっと上の奴らに命令されただけなんだろうけど、本当に天下の警視庁に幽霊殺人対策用の係なんて出来ちまうんだから、世も末だよ」


「それだけ世間は幽霊を信じてるってことじゃないの? 聞いた話だと、今一番儲けてる職業って霊媒師とか占い師らしいよ。今あの業界凄いんだって。どれが本物の霊感持ちで偽物なのか派閥争いが絶えないみたい。毎日のように信用できる霊媒師がころころ変わるっていうんだから結構迷走してるんじゃない?」


 とは言ってるけど、大橋ちゃんだって毎日のように運勢占いに一喜一憂しているのを知っている俺としては苦い顔しか出来ないわけだが。前に一度、本当に信じているのか質問した時には、「私が見てるのは昔から存在していたサイトだから!」と言い切られてしまった過去も含めてだ。俺としては昔からあるから何? としか思えないんだが、そこは女子特有の感覚とかそういう感じのやつなんだとさ。


「馬鹿馬鹿しい」


「そう切り捨てられるのは虎鶫さんの良い所だと思うけどさ。ま、それにしても虎鶫さんって本当に大変だよね、同情しちゃう」


「?」


 女性特有の、秋の空よりも唐突な話題転換に付いて行けず首を傾げていると、大橋ちゃんが急に立ち上がって空っぽのキャビネットに置かれた古臭い固定電話機の前に移動した。

 大橋ちゃんは不思議そうに見ている俺へと微笑みながら口を開く。


「きっともう直ぐ課長から電話が来るはずなんだけど。これはもしかしてまたまた幽霊の仕業と思われる事件でも発生しちゃったのかな?」


「……は?」

 

 本当にその直後だった。

 課長から、幽霊に関係する事件が起きたというクソみたいな連絡が届いたのは。

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