第18球 二番勝負

「ファールか? ん? 」



 三枝先輩がわざとなのか、本気なのかわからない質問を投げてきた。 その質問に、佐竹君は不機嫌そうに答えた。



「フェアですよ。 どうも」

「はい、おつかれさま。 海斗、次」

「あ、はい」



 三枝先輩は次の新入生に投げるよう促した。


 結論から言うと、残りの二人は佐竹君ほどの投球ではなく難なく打ち返すことができた。 ピッチャーとしては……受けてみないと結論は出せないけど、陸や佐竹君のポジションを脅かすことはなさそうだ。



「生意気ボーズだけだな」

「そうですね。 じゃ、次はバッティングですか」

「そうだな。 陸! 投げろ! 」

「はい」



 今度は陸の出番。 受けるのは引き続き三枝先輩だ。 僕がやるのかと思ったら、「お前は少し休んでろ」と言われてしまった。



「ストレートだけ。一人5球な」



 三枝先輩はバッターボックスの横にずらりと並んで順番待ちをする新入生たちに告げた。 その最後尾にはさっき投げた佐竹君もいる。


 ネットの後ろから見ていると陸のコントロールの良さがよくわかる。 球速は抑えてるけど、その分コントロールに気を遣っているんだろう。


 アウトロー、インハイ、真ん中高め、真ん中低め、そしてど真ん中。 全ての新入生を相手にこの順番で投げていく。


 佐竹君を残すのみとなったこの段階で、4球以上ヒット性の当たりを打てたのはただ一人、橋本君。 内野手志望で、セカンド、ショートができるそうだ。 ポジションを争うことになる二年の佐々木君ピンチ!


 そしてラストバッターの佐竹君。 右打席に入ってバットを担ぐように寝かせて構えた。 ここでのラストバッターは試合とは意味が違うけど。


 初球、予定通りアウトローのストレート。 見逃すのかと思ったら、急にバットが出てきた。 弾かれた打球は一塁線をスライスしながら横切ってファールゾーンで跳ねた。


 急にバットが出てくる感覚は、城北学園の毒島さんや高梨さんの時に味わった。 その感覚に近いということは、佐竹君も強打者と言える素質を持っているんだろう。


 二球目、インハイの球を腕をたたんで綺麗にレフト前。 三球目は高めの球をセンター前。 コースに逆らわずに広角に打ち分ける姿は陸に近いかもしれない。 プルヒッターの僕とは大違いだ。


 低めの球をライト方向に弾き返したあと、最後のど真ん中を打ち返した打球は凄まじかった。



「ゲェッ!? 」



 陸が思わず唸った打球は、鮮やかなアーチを描いて100メートルほど先まで飛んでいった。 スタンドがあったらホームラン間違いなしだろう。


 会心の当たりだったはずなのに、佐竹君は浮かない顔をしている。三枝先輩もそう思ったんだろう。 佐竹君に話しかけていた。



「どうした? 」

「本当にエースなんスか? 今の球なら俺の方が……」

「本気で投げてないからな。 今のアイツは本気で投げられん」

「それは――」

「海斗! 頼む! 」



 突然の陸からのお願い。 一体なんだ。



「悔しい! あんな完璧に打たれたままじゃたまらん。 海斗だって仮にもエースがこれじゃ困るだろ? 」

「仲間になるんだからいいじゃない。 そんなムキにならなくても……」



 陸からのお願いはつまり、本気で投げて抑えたいから僕に受けろ、ということらしい。 でも、今日のはひとまず小手調べ。 打つ方が自信喪失しても困ると思うんだけど。


 困ったな、と思いつつ三枝先輩を見ると、仕事は終わったとばかりに立ち上がっていた。 そこに口を挟んだのは佐竹君。



「あの、主砲のえっと――」

「青島です」

「青島さんが、キャッチャーなんスか」

「そうだよ。 まだ初心者だけどね」

「なーに、ぶつくさ言ってんだよー。 座れー海斗ぉ! 」

「まったくもう、うるさいな、ウチのエースは」

「青島さんが受ければ本気で投げてくれるってことですか」



 結局のところ、エースの座もいまの勝負も、本気でぶつかって決着をつけたいらしい。 佐竹君がいいのなら、少しくらいやってもいいのかもしれない。



「キャプテン……いいですか? 」

「どうせ投げるまで聞かないんだろ? やらしとけ。 他の一年、部室いくぞー! 」

「すんません」



 なんで僕が謝らなきゃならないのかと少し不満だったけど、ともかくこの勝負を終わらせよう。 配球は……と思ったけど、さっきと同じでいいのかな?



「直球だけ? 」

「もち。 行くぞ。 準備しろ」

「本気で投げてくれるんスね」

「まぁな。 さっきの飛距離じゃスタンドがありゃホームランだ。 あんなのもう打たせてやらねぇ」

「……」



 ゆっくりと両腕を上げていつものワインドアップに。 左足を上げて踏み出しながら流れるように球を放り出した。 糸を引くように真っ直ぐにミットを目掛けて飛んできた。


 パン! と弾けるような音を響かせて、ボールは僕のミットに収まった。 アウトローいっぱいいっぱい。



「入ってるよ? 」

「わかってます。 この球威でそのコントロールなんですね。 でも、打てない球じゃない」



 陸へ球を返しつつストライクを宣告すると、佐竹君の雰囲気が変わった。 どうやら本気になったらしい。


 さっきよりもバットを立てて構えた佐竹君を迎えて第二球。 インハイへの直球はバットを躱してミットへ到達した。


 次は真ん中の高め。 今度はさっきよりも球が高めにいってボールゾーンで捕球。 佐竹君は手を出しそうになったけど、なんとかバットを止めていた。



「今のもストライクってことはないですよね」

「さすがにボールかな。 よく止めたね」



 返事のかわりにニヤリと笑ってから、また陸へと向き直った。 僕の目の前にきた佐竹君の握りを見れば、さっきよりも指一本分短く持っている。


 ――やっぱり状況に応じて考えられる人だな。 ピッチングもバッティングも。


 とはいえ、陸の低めのストレートには当たらなかった。 低めにこうビシッと決まれば、どんなバッターでもそう打てるものではない。


 次が五球目、最後のど真ん中。

 ワインドアップに入る直前、胸の前に置いたグラブの周辺が淡く緑色に光った。 きっと、陸なりに佐竹君を認めているんだろう。 だからこそ、全力で応えようとしている。


 左足を前に出すのと同時に左手のグラブでタメを作り、我慢させられた体幹をバネのようにしならせて……とんでもないボールが僕に向かってきた。


 0.5秒に満たない時間。 白いボールは空気を切り裂き、チッと、バットとボールの皮が擦れる音を残してミットに収まった。

 ボールはミットに収まったまま。 試合ならファウルチップで三振だ。



「くっそー。 掠らせるつもりなかったのに」

「何だ? 今の球……捉えたと思ったのに」



 二人して今の結果に不満そうだ。 勝ったのはどう見ても陸だったけど、佐竹君のホームラン級の打球も凄かった。 一勝一敗といったところか。


 エアロストレートに振り遅れずにスイングした佐竹君もすごいし、ど真ん中を掠る程度にしか触れさせなかった陸もすごい。


「さ、おしまい。 僕たちも部室に行くよ」

「へいへーい」

「佐竹君も」

「あ、はい」



 二番勝負を終えた二人、既に二人で何やら話をしている。 きっとこの二人がうちのチームを引っ張っていくんだろうな。


 僕もこの中に混じって野球ができるのかと思うと、楽しみで仕方がなかった。

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