第17球 新戦力
入学式。 在校生は部活がなければ休みだ。
新入生の部活紹介――いや、僕たちの場合は小手調べのために来ていなければ、学校に来ることはなかった。
今日の学校が休みで本当によかった。 なぜなら、昨日のサラの言葉が何度も頭を駆け巡って、どうにも胸の鼓動が収まらず、ほとんどと言っていいほど眠れなかったから。
『忘れられなかったの! カイトが!! 』
あそこまで言われて気づかないほど鈍くはない。 そう自分を評価していたのだけど、異世界での冒険時代の話まで持ち出され、散々鈍いと罵られた。 陸と美空はかなり前から気付いていたそうだ。 僕は怒られているとばかり思っていたのに。
昨日、三人が帰った後に勉強机に向かったり、陸オススメのバッティング動画を見てみたりしたけれど、頭の中の大半を占めたのはサラのことだった。
そんなわけで寝ついたのは空がうっすらと明るさを帯びた頃。 遅刻を咎める陸からのメッセが来るまで寝続けてしまった。 今が10時過ぎ、部活紹介が終わるのが11時。 そこまでにグラウンドの準備やら、ウォーミングアップやらを済ませておかなければならない。
神速を使わない程度に走って、グラウンドに着いたのが11時数分前。 なんとか間に合って良かった。
「ごめん、陸」
「おそよう。 珍しいな、遅刻なんて」
「なかなか寝付けなくて……」
「恋する乙女だねぇ」
「うるさい」
ニシシ、と笑う陸の背中をベシっと叩いて部室に向かう。 着いた先では一部の三年生と、同じ二年生のメンバーが着替えや柔軟をしている。
自分のロッカーに荷物を突っ込んで練習着に着替えれば、もう立派な野球部員だ。 夏休み前の僕じゃ考えられない。
ロッカーにしまってあった木製バットを持ってグラウンドに向かった。 この木製バット、原口キャプテンの助言により使い始めたのだけど、950gとかなり重量がある。 部にはずっとあったものの、使いこなせる選手がいなかったんだそうだ。
陸がこのバットを試したときは、バットに振り回されるし、真芯食わないと飛ばないしで散々だったそうだ。
でも、僕はこのバットが気に入っていた。 打ったときに響くのは甲高い金属音ではなく、カンと乾いた音。 重さもあってしならせるように振る感覚も僕に合っている。
ウォーミングアップは走って来たから十分できてる。 柔軟体操をして陸と背中を伸ばしあっていたら、校舎の影から白さの目立つ体操着に包まれた生徒が何人か見えた。
おそらくあれが新入生達だろう。 先頭には練習着ではなく試合用のユニフォームを着た原口キャプテンがいるから、野球部志望で間違いない。
近くにやってきた集団を出迎えるようにして、僕たちは一列に並んだ。
一人ずつ、新入生の自己紹介が始まる。 その中に一人、一際背が高い人がいた。 僕や陸よりも背が高い。
キョロキョロと僕たちを端から端まで眺めて、フンとでも言いたげに鼻で笑う仕草を見せた。
自己紹介を始めた生徒とは逆サイドにいたからか、その生意気な態度にこちら側の誰も気づいていないようだ。 だけど、彼の仕草や表情は僕の興味を引いた。 そして彼の自己紹介の番が来た時、何を話すのか楽しみでワクワクしていた。
「六中出身の佐竹ッス。 身長は179、体重80。 ピッチャーで四番を打ってました。 この後、小手調べするんスよね? そこで見てもらえればわかるんじゃないスかね」
敵意剥き出し。 どんな球を投げるのか、どんな風に打つのか。 さぞかし自信があるんだろう。 一年生でこの体格なら、中学生じゃ相手にならなかったことは予想できる。
佐竹君をはじめとする投手志望は三人。 僕の出番だ。
防球用ネットの向こうにあるマウンドに佐竹くんが立った。 本当に中学校を卒業したばかりとは思えない体格だ。バッターボックスから見ても、なかなか威圧感がある。
「二年の青島です。 よろしくね」
「え? アンタが主砲? 」
「そういうことになってる。 君も不本意かもしれないけど」
「ハハハっ。 じゃ、センパイよろしくッス。 直球ちゃんと見てくださいね」
小馬鹿にしたような笑いのあと、反対側から低い声が聞こえてきた。 キャッチャーをやってくれる三枝先輩だ。
「アイツ、舐めおって。 海斗、やっちまいな」
「そのセリフ、完全にこっちが悪者っぽいですけど。 実力があるなら頼もしいじゃないですか」
「海斗は優しすぎる」
そうかな、と思いながら、左打席でバットを構えた。 同時に佐竹君は左足を高く上げ、全身をバネのようにしならせてボールを投げ込んできた。
ヒュッと風を切るように飛んできた球は、パーンと心地よい音を鳴らしながら肩の高さでミットに収まった。
なかなかいい球。 エアロが無ければ陸のストレートに匹敵しそうだ。 あとはコントロールかな?
「手が出ませんでしたか? 」
「この高さだと出したくなるねぇ」
「……」
余裕ぶりやがって――と言いたげなのが顔に書いてある。 そんなに表情に出してたら、ピンチのときは困るな。
でも勝ち気の強さも投手には必要だ。 陸がバテた後半とかに出てきたら相手は嫌だろう。
ただ、ここで抑えられるわけにはいかない。 エースは陸であり、その実力で黙らせてくれるだろう。 僕はキャッチャーとしてピッチャーにモノを言えない関係になるのは困る。
――さぁ、来い。
一段階懐を広く構えて、集中力を高める。 佐竹君もさっきと同じように足を上げ、大きく踏み出してボールを放ってきた。
ど真ん中への素直なストレート。 身体は自然に動いた。
幅が球一つ分しかない木製バットの芯で完璧に打ち返した。 乾いた音が響いた時には、打球は佐竹君の数メートルほど右側を通過して右中間にあたる部分で砂埃を上げていた。
佐竹君は着弾したグラウンドをマジマジと見つめている。
「マジ……? しかも木製で」
「これでいいかな? 」
「……もっかい、いいですか」
「いいけど、結果は同じだと思うよ」
「ストレートだけならですよね。 変化球アリの一打席勝負で」
「……だそうですけど、どうなんですかね、キャプテン、三枝先輩」
確かにストレートが来ることがわかっていて、それだけを待っていればいいのなら打てるという理屈もわかる。
「俺はサインだけ決めてくれればいいぞ」
「ふむ。 今年は人数も多くないし、まぁいいか」
ということで、一打席勝負をすることになった。 他の球も見られるのだから、これまた楽しみだ。
サインを決めにマウンドに向かった三枝先輩にお願いしたのは、持ち球は教えてほしいと伝えること。 佐竹君は納得したのか、頷いていた。
「持ち球はスライダー、カーブ、シュート。 サインはアイツが決める。 投げる前、球種伝えようか」
「いえ、本気で抑えに来てるでしょうから、僕も本気で向かいます。 シチュエーションは二死満塁、ってところですかね」
佐竹君の投球練習の間、僕は二回、素振りをしてバッターボックスに入った。 バットのしなりを意識してスイングすると、腰がうまく回転してくれる。
――うん、いい感じ。
初球、外にスライダーが外れた。 あまりにも遠かったから手は出さなかったけど、コントロールが悪いのか、様子見で外したのかはわからない。
二球目、今度はストレート。 内角低め。 ボール気味だったけど、三枝先輩は「ストライクだな。 コースも高さもいっぱい」との判定だった。
三球目、投げた瞬間、目線が上がった。 予想していた通りのカーブ。 変化球打ちの練習で、一番数をこなした球種。 軌道を予測して、バットを振り下ろした。
コーンとジャストミートできなかった音を残して、ボールは一塁線の右側で跳ねた。陸のカーブよりも遅く、曲がりが大きい。 球種までは読めていたけど、軌道はもっと深かった。
「いいカーブだね」
「どうも。 追い込みましたよ」
「まだまだ」
視点を散らすように、キレのある変化球を投げ分けている。 さっきの打球を見ても怯まずに抑えようと立ち向かってくる姿は、味方になると思えば非常に頼もしい。
でもこの場面、1ボール2ストライク、追い込まれてしまった。 ピッチャーにしたら1球余裕があるこのカウントなら、次の球はおそらくボールになる誘い球だろう。
四球目、外へストレート……ではなくシュート。左打者のバットから逃れるようにボールゾーンへと曲がっていく。 途中まで出しかけたバットをピタリと止めた。
このシュート、ストレートとの球速差が少なく、右打者ならかなり苦戦するボールになるだろう。
「よく見たな、今の」
「はい。 誘ってくると予想してたので。 勝ち気で顔には出やすいですけど、案外冷静に投げてますね。 多分、次はスライダー。 狙い撃ちます」
三枝先輩と小さな声で会話しつつ、次にくるであろうスライダーの軌道をイメージした。 陸よりも、キレ良く曲がってくることを仮定したイメージ。
振りかぶってから放たれたボールは、きっかりイメージしたポイントから僕へ食い込むように軌道を変えた。
あとは体が勝手に処理してくれた。 振り切ったバットにはじき返されたボールは鋭いライナーになって、一塁線のライン上で一度弾んでから外野の防球ネットに当たった。
打球を見つめていた佐竹君の表情はわからなかった。
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