第14球 遭遇


 季節は冬。 寒くなればなるほど発生しやすくなる故障の確率を下げるため、激しい動きは避けることになる。 代わりにウエイトを占めるのは基礎トレーニングと、勉強だ。


 学年末考査が近くなってきたこともあり、僕らは美空の家でテスト勉強に励んでいた。


 実態としては、早々に行き詰まった陸と美空が家庭教師として僕を呼び出した、というのが正しい。



 二週間ほど前に腰に違和感を感じてから半ば強制的に休まされ、勉強しかやることがなかった僕は、すでにテスト範囲のおさらいを終えていた。 だからこそ、こうして教えに来ることはやぶさかではないのだけど……。



「なんで数ページで行き詰まってんの」

「だってよぉ、学年末って範囲広すぎねぇ? 」

「そうだそうだ! 横暴だ! 」

「そんなこと僕に文句言っても仕方ないでしょ」

「ケッ、海斗なんかに俺たちの気持ちなんかわかるもんか」

「ふむ。 じゃ、帰ろうかな」

「わーっ! ウソウソ! 教えて! 頼む! 」



 まったく。

 実際は、野球でたくさん世話になってるから、見捨てるつもりはないのだけど。


 久しぶりに入った美空の部屋は、昔と違ってパステルカラーのアイテムが増えた気がする。 思春期の女の子なんだから当然なんだろうけど、行き来を頻繁にしていた小学生の頃の印象が抜けない。


 二人が基礎になる問題を数問解いている間、ぐるりと部屋を見回していると、あるものが目についた。


 異世界で使っていたロッド。 どんなに小型でも、魔力の消費を減らしつつ威力を強化する優れものだ。


 サラはもっと長い杖を使っていたし、僕は重さがあるハンマーやメイスを使っていた。 こうして向こうの世界から持ち帰れたのは、その小ささが故だろう。


 向こうの世界はどうなってるのかな。 魔王と魔物が居なくなって平和に過ごしているだろうか。


 それとも、こっちの世界のように魔物なんかいなくても、人間同士で争い続けているのか。



「海斗、できたぞ」

「アタシも! 」



 ボーッとしている間に問題が解けたらしい。 ノートを見てみると、教えたやり方でキチンと解けている。 やっぱり2人ともバカじゃない。


 ……ちょっとサボりぐせがあるだけだ。


 それから小休止を挟みつつ3時間ほど。 一学期の範囲を丁寧にやれば、そのあとの内容は自然とついてくる。 暗記モノは覚えるしかないけどね。



「だーっ! 疲れた。 気分転換に駅にでも行こうぜ」

「いいねいいねー! 」

「またそんなこと言って。 でもまぁこのペースなら何とかなるかな? 」

「うし、決定! 」



 陸の号令で駅前の大型スポーツショップに行くことになった。 河川敷を通って、大橋のところから国道に入れば、駅はもうすぐそこだ。


 長い信号待ちのあとスポーツショップの駐車場を横切ると、ショーウィンドウの前に並べられたセール中ののぼりがいくつも目に入った。


 

 そして、入り口の自動ドアの前に立った時、事件は起こった。



 ウィーンと機械的な音を鳴らしてガラス扉が両脇に開いたの同時に、凄まじい悪寒が襲ってきたのだ。


 背筋が凍るような感覚を頭を振って追い払い、何事かと辺りを見回した。


 ガラス扉が開き切った時、向こう側に現れたのは山のような大きな体にギョロリとした目、まるで巨人のような姿だった。


 なんだ、この男は。 とっさに腰を落として身構えてしまった。 これほどまでの威圧感を感じることは滅多にない。 外はコートがなければ寒いくらいなのに、汗がじんわりと浮かんできた。


 陸も美空を自分の背中に隠すようにしつつ、半身になって備えているから同じような感覚を持っているんだろう。



「なんだ、お前ら」



 ドスの利いた声が響いた。 明らかに敵視するような声。


 どうやって穏便に済ませようか、それを相談しようと陸に小声で呼びかけた。



「ねぇ、陸、どうする」

「……リク……だと? 」



 予想に反して、その声に反応を示したのは大男の方だった。 なんだ? 陸の知り合いなのか?


 大男と陸は視線をぶつけ合ったまま、微動だにしない。 そのままの体勢で10秒ほどが過ぎた時、陸の頬を一雫の汗が伝った。



「虎田さん! 何してんスか。 行きましょうよ」

「ぶっはっはっはっ。 面白い、こんなことがあるんだな」

「どうしたんスか? 夏休みからその喋り方気に入ってますけど」

「うるせえ、行くぞ」



 大男は僕たち3人を順番に見て、もう一度ニヤリと笑い、そのまま駅の方へと歩いていった。 茫然と見送っていると、肩からはバットのケースと一緒に『黒鉄高校』と書かれたバッグがぶら下がっていた。


 高校生なの!? あいつ。

 しかも、バットケースを持ってるってことは、野球をやるんだ……。


 そうだ、あいつは陸のこと知ってそうな口ぶりだったな。 そう思って陸を見ると、渋い顔をしたまま大男の背中を睨みつけていた。



「陸……? 今の人、知ってるの? 」

「一応。 相手の選手として見たことあるだけだ。 ただ、あんな威圧的じゃなかったんだけどな」

「ウソん!? 威圧を辞書で引いたらアイツ挿絵になってるレベルだったよぉ?」



 涙目になった美空が言うことは突飛ではあるが、わからなくもない。 あれほどまでに威圧感を感じたのは……そう、異世界での魔王くらいのものだ。



「黒鉄高校は同じ地区だ。 甲子園を目指すならどこかで会うさ」

「そうだったのか。 なら、あいつが僕たちの前に立ちはだかることになるわけだね」

「んだ。 さ、入ろうぜ」



 陸は何事もなかったかのように言ったけど、美空はまだ動けずにいる。



「ううう……リッくんとカイくんは平気なの……? 」

「うん? 」

「ミィどした? 」



 美空の顔を覗き込んでみると、恐怖ですくみあがっているようだ。 この症状は――。



「状態異常……? 」

「何だって!? 」

「恐怖の状態異常みたいじゃない? 」

「確かに。 それなら――ほっ!」



 陸が拳を握って気を込めると、周辺の空気がフッと軽くなった。 勇者のスキル、ブレイブだ。



「お、やっぱスキル使えるな。 どうだミィ? 」

「うん、動ける。 ありがと。 さすがリッくん」

「しかし、どういうこった? 」

「さぁ……? 」

 


 勇者のスキルで解除できるということは、やはり状態異常だったんだろう。


 あの虎田と呼ばれた大男が美空に状態異常をかけたのだとすれば……一体何者なんだろうか。

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