第13球 召喚

 そこは、100メートルはあろうかという広い河川敷。 鉄道橋の下にはぶっといコンクリートの支柱に加えて、電車が通過する際のけたたましい騒音が存在する。


 そのおかげで人目にはあまりつかないし、よほど近づかなければ会話を聞かれることもない。


「じゃ、やるよ。 白銀竜シルバードラゴン召喚!! 」



 青白い光が美空の正面に集まって……すぐに霧散した。



「と、まあこんな感じで、上級召喚はできないっぽいのさ。 でも、低級召喚ならなんとかってわけ。 では、いざ、スライム召喚! 」



 美空の周辺にパッと広がった青白い光の粒は、ボールのような形に収斂していく。 眩しさが収まるころには、美空の手のひらに半透明で手のひらサイズのスライムが鎮座していた。



地獄の炎ヘルフレイム絶対零度の凍結アブソリュートゼロも、バーベキューにしか役に立たないと思ったそこのあなた! この子ならどうだ! 」

「いや、正直マジで驚いた。 な、海斗」

「うん。 ちょっとサイズはちっちゃいけど、逆にちょうど野球ボールくらい? 」

「そうそう。 それで、これなら投げても打っても、自分で戻ってきてくれるよ! 」



 とてもひどい扱いにしか思えないのだけど、スライムは美空の手のひらの上でプルプルと揺れたり、跳ねたりしている。 これは、喜んでいるのだろうか。



「そして、仕上げに……氷結晶の盾ダイヤモンドシェル



 スライムに氷結魔法をかけると、表面がうっすらと白く、揺れが収まって硬くなったようだ。 ますます野球のボールっぽく見える。



「リッくんどう? はい、投げてみてよ」

「おお、案外冷たくない。 重さもボールに近いな。 ほれ、海斗」

「うわっとと」



 急に渡されたスライムボールを両手で包み込むようにして受け取ると、少しひんやりとした感触が手に伝わった。 手のひらを受け皿にしてスライムを見ると、硬くなっているにもかかわらず左右に揺れたり、跳ねたりしている。 氷結晶の盾ダイヤモンドシェルの内側では普通に動けるようだ。


 完全に物理法則を無視しているようにしか見えない。 ま、魔法なんて全部そんなものか。


 陸に投げ返すと、陸はスライムを持ったまま15メートルほど距離を置き、僕にバットを構えるように指示するジェスチャーを見せた。



「ストレートいくぞー」



 そう宣言してから、予告通りストレートを投げてきた。

 僕は、体の真横でぶつかるように軽くバットを振り、スライムを弾き返した。 硬式ボールを打ち返した時よりも少々高い音を響かせて、スライムは川へと飛んでいった。


 ひゅるるるるるる……ちゃぽん。


 飛ばされたスライムは、川幅のちょうど真ん中あたりに着水。 どうなるのかと観察していると、川っぷちからぴょこんと姿を現し、美空の手元に戻ってきた。

 


「ね? いい子でしょ? 」

「これは……いいかもしんない」

「スライムの方は痛くないのか? 」

「物理攻撃にはとことん強いからね。 ほら、スラちゃん、リッくんとこに戻るんだよ」



 スライムは美空の手をジャンプ台にすると、陸の手に向かってダイブした。 陸の手のひらの上でぴょこぴょこ跳ねる姿は、一緒に遊べて嬉しい、といった表現をしているように見える。


 遊んでいるつもりなら、もはや遠慮はいるまい。 変化球打ちの練習を思う存分させてもらおう。


 そう意気込んだところに投げられたのは、ボールではなく質問だった。



「海斗って、点で打ってる? 」

「点? 」

「インパクトの瞬間で打つか、バットの軌道で打つか」

「そりゃ、球が当たる瞬間だよ」

「そこだな。 俺は、直球も変化球も線をイメージしてんだよね。 横から見るとこんな感じ」



 陸は落ちていた石を拾い、ボールの軌道を示す放物線とバットの軌道を示す直線をコンクリ支柱に描いた。 点で打とうとすると、陸が×印をつけたところで衝突する。



「そんで、上から見るとこんな感じ」



 今度は、直線で引かれたボールの軌道に対して、弧を描くようなバットの軌道が描かれた。 僕がバットを振った時のイメージはまさに示された通りだ。 でも、陸が続けて書いた線は僕が思う軌道とは少しばかり異なっていた。



「俺が打つ時は、こう、ボールの軌道に対して垂直に押し出すようにバットを出すんだよ。 そうすると、ボールとバットの軌道が一致する時間が長くなって、空振りもしないし、強い打球が飛ぶ」

「ふーむ。 ってことは、弾き返すというよりも押し返すイメージなのか」

「そういうこと。そんで、変化球の場合、上下左右に変化量が多くなるわけだからその軌道に合わせてバットを出すと、うまく捉えられるというわけ」

「ボールとは反対方向のベクトルにバットを操作すればいいのか」

「ベクトル? なんだそりゃ」

「えーっと、方向の概念を持った大きさ、かな」

「わけわからん」

「そのうち数学でやるよ」

「うげ。 予習かよ」



 スライムを片手でポーンポーンと弾ませながら距離をとった陸は、「最初はスライダーな」と言いながらスライムを放ってきた。


 投げられたスライムは、何度も僕の背後にあるコンクリート柱にぶつかった。 心の準備ができていなかったことは言い訳にはならないだろう。 だって、準備ができてからも打つことはできなかったのだから。



 投げられること十数球。 陸が言う、押し返すイメージでバットを振った。 それでも一向にボールがバットに当たってくれない。 だから、どんなに空振りしても自動的に陸のところへ戻ってくれるスライムは本当にありがたかった。 通販番組か何かで紹介したら、バカ売れ間違いなしだ。


 休憩、と陸は呟いて美空からスマホを受け取った。 近くに寄ると録画したスローモーションのビデオが映し出されている。 僕の空振りと、陸のスイングの違いが嫌でもわかる。


 とどのつまり、僕は見切りが早く、体が回転し切るのが速くて早い。 左打席に立つ僕の打球のほとんどが一塁側に偏っているのも、急速の遅い変化球に当たらないのも同じ理由だ。


 カラクリがわかってしまえば打つ手はある。 しっかり見て、見てから振るのだ。 僕の場合、ある程度見てから始動しても間に合う、はずだ。



 座って休憩していた陸が距離をとって僕に向き直る。 惚れ惚れするようなスムーズなフォームから、鋭く自分に向かって曲がるスライダーを投げた。


 よく見て……ここだ!


 キン! ゴン!


 自打球だった。


 ……変化球打ちの道のりは険しかった。 自打球が当たった脛が、ジンジンと痛かった。

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