第12球 ゲームセット

 最終回の攻撃は、相手のエラーと陸の犠牲フライで2点を追加し、僕の3回目の三振で終わった。 変化球を打つ練習をしないと、これはまずいことになりそうだ。


 ウラの攻撃は、下位打線に向かったこともあり、疲れた陸でも難なく抑えることができた。 締めは、落ちないフォークを無理やり落とすエアロフォーク。 僕も『神速』が売り切れで、ワンバウンドしたボールをマスクで受けてなんとか終えることになった。


 これで試合終了。

 結果は、7ー1で勝利。 個人の成績は、5打数2安打、2本塁打、3三振。 後半が三振ばかりだから、打てずに終わった印象しかない。


 両チームが整列して例をした後、一人の選手がこちらへやってきた。



「よう、ルーキー」



 あ、この人はキャッチャーの……。 あまり僕にいい印象を持っていなさそうな人だ。 思わず警戒モードになってしまう。


「ルーキー……? 」

「そ。俺らの中でそう呼んでるんだ。悪かったな、最初」

「え、あ、最初……? 」

「インハイ行ったやろ? 」



 ああ、試合が始まったばかりの時か。 試合中に色んなことがありすぎて、すっかり忘れていた。



「メンバー表見て1年が捕手かよ、と思ったところに、初めての試合だなんて言うから、舐められてんのかと思ってちょっとビビらそうとしたんだよ」



 確かに、向こうの立場からしたら、陸の球が捕れるキャッチャーが他にいないだなんて事情はわからない。 練習試合に初心者がキャッチャーなんて聞いたら気分を害しても致し方ない。



「すみませんでした。 ちょっと事情がありまして……」

「いやいや、あんな打球見せられてこっちがビビったわ。 高梨でもあそこまで飛ばしてないぞ。 なぁ? 」

「お、おお! ルーキー! すげーな、君」

「あ、あ……ありがとうございます」



 身体の大きな高梨さんは僕の肩を両手でパンパンと叩く。 プロテクター越しにも拘らずなかなかの衝撃だ。



「こんなに細いのにあんなに飛ばすんだな。 うーむ、バッティングは奥が深い」

「同じ地区だし、また会うだろう。 次は負けないからな。 変化球練習しとけよー」



 やっぱり変化球が打てないのは見抜かれていたか。


 軽く手を挙げて、二人はベンチへと戻っていった。

 試合中に嫌な感じだと思っていた二人は、こうして話してみると悪い人たちではなかった。 攻撃的なイメージだったのは、彼らが勝負に徹していたからなのかもしれない。


 逆に考えれば、勝つためには何でもやっていかなければならない。 もっと勝ち負けに徹して冷酷な判断を下すケースも出てくるということだ。 ……その手段が危険なプレーであっていいわけがないけど。


  気づけばチームメイトたちは、陸を除いてベンチで帰り支度を初めていた。 いつまでもこんなカッコしてるわけにはいかない。 キャッチャーは荷物が多いんだ。カチャカチャとプロテクターを鳴らしながら、慌ててベンチに引っ込んだ。




――本日の試合――


 東西 400 100 002| 7

 城北 010 000 000| 1


 東西 青島 満塁、ソロ

 城北 毒島 ソロ





 学校に戻って軽いミーティングを終えた後、部室で荷物を整理して外に出ると陸と美空が校門のそばで話していた。 僕を見つけて反応するあたり、わざわざ待っていてくれたらしい。



「やっと来たか。 反省会しよーぜー」

「だよー。 いつものバーガークイーンでいいかな」

「ん……いつも? 」

「そだよ。 いつも試合後に行くじゃん」



 そうか。 観客から選手に立場が変わったのは僕だけで、二人にとっては試合後に反省会の流れは変わらないのか。 今日一日で色々とありすぎて、そんなところに意識がいってなかった。



「とりあえずお疲れー」

「おつかれさま」

「おつー」



 ジュースで乾杯したあとは、フライドポテトを頬張りながら今日の試合を振り返った。



「しかし、海斗のホームランはすごかったな。 俺の目に狂いはなかった」

「どこが。 そのあとはきりきり舞いだったのに」

「カイくんもへそ曲がりだなぁ。 素直に喜べばいいのに」

「へそ曲がりって……」

「そうだそうだ。 ぶっちゃけ、気持ちよかったろ? 」

「う、ん。 まぁね。 1本目はよくわからないうちに終わってたけど」



 よくわからないうちに終わってた。これが素直な感想。


  プロ野球選手がヒーローインタビューで「打った球はよくわかりません」といった類のことを話すことがある。まさかそんなはずが、と思っていたけれど今なら気持ちがわかる。



「いつかプロ野球に行ったら、絶対聞かれるな。 初めて打ったホームランは? ってな」

「何言ってんの、プロなんてまさか」

「そう、まだ『まさか』。 でも今の俺たちならいけるさ。 そのためにも、まずは甲子園に行かなきゃな」

「アタシを甲子園に連れてって! 」

「任せとけ。 お前の彼氏と幼なじみが連れてくさ」

「何で巻き込むんだよ」

「んじゃ海斗も彼女作って連れてくって言え」

「興味ないね」

「かーっ! 灰色だねぇ」

「うるさい」



 バーガーショップの端っこでケラケラと笑いながら話していたら、外がだいぶ暗くなってきた。


 明日は、全体練習が休み。 個人の練習なら変化球を打つ練習をしたい。 直球ならバッティングセンターもあるけど……さて、どうしたものか。



「海斗、どした? 」

「ああ、いや。 変化球打ちの練習とかできないかな、って」

「ははーん。 さては、3三振を気にしてるな? 」

「気にしてるよっ。 さっきも言ったじゃないか」

「わっはっは。 冗談だよ。 俺が手伝ってもいいけど、捕る奴がいないんだよな」

「だよね……。 明日はグラウンドも使えないし」

「ん〜」

「むむむ」



 やはり難しいか、と断念しかけた時、美空から思いがけない提案があった。



「アタシのスラちゃん貸そうか? 」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る