第11球 決め球

 僕が犯した打撃妨害のあと陸のところへ行くと、内野手のみんなが集まってきた。



「ごめん、陸」

「ドンマイドンマイ」

「海斗、大丈夫か? 」



 さっきのこともあってか、陸だけでなく原口キャプテンも心配する声をかけてくれた。 だけど、僕の頭はもうこの回をどうやって浅い傷で切り抜けるか、というのを考えるためにフル回転していた。



「はい、もちろん。 この後ですけど、流石にスクイズはないでしょうが、バックホームに備えて少し前進気味でお願いします。 ホームでゲッツーを狙える程度。 二遊間は少し絞った中間守備で。 おそらく次の毒島さんは引っ張ってきますから、サード側はライン側絞って、ファーストは少し離れていいです。 打球は速いと思いますがキャプテンよろしくお願いします」

「お……おう。 わかった」



 練習でもこんなに喋ったことはなかった。 でも、傷口を浅くいくにはベストがホームゲッツー、次が三振か1点を覚悟してセカンドゲッツー。 そこまで整理できれば、あとはそれを実現するためにどのように内野手を配置するかだけだった。


 みんなが散った後、最後に陸に耳打ちした。



「エアロって、正面方向以外にもかけられる? 」

「やったことないけど、できるかも、な」

「じゃ、ストレートの握りで2球目にスライダー方向にかけて。 3球目にシュート方向。 サイン出すから、よろしく」

「え、おい、海斗」



 球審に急かされてしまったこともあり、慌ててキャッチャースボックスに戻った。 さて、この試合最大の山場だ。


 右打席に入った四番の毒島さんを観察する。 パワーもミートも申し分ない。 さっきの打席は、変化球を上手く使いながらなんとか抑えたけど、いい当たりがたまたま正面にいっただけだ。 この打席は、この人の頭にない球を使う。


 最初にストレートを、真ん中高めに要求。 速球のイメージを作るため。 振ってこない高さに要求するため、中腰になって構える。


 陸が初球を投げた。 かなり高めに構えたのに、そこよりは少し低い位置に球が飛んでくる。


 ――甘いっ!


 僕が捕球する前に、バットと風切音が通過した。 しかし、ボールはバックネットにガシャンと音を鳴らして衝突した。


 助かった……。


 でも、ある意味目的からは外れていないと、前向きに考えることにした。 次は、エアロが横方向にもかけられるのかを試す。 スライダーのサインに、ストレートの時にしか使わないはずの”エアロ”のサインを追加する。


 陸は一度首を縦に振り、僕は目一杯の外角にミットを構えた。 正直言って、どんな変化をするのかわからない。


 淡い緑に光る陸の手元に集中し、緩やかな時間の流れに意識を落とし込む。 スローモーションの動きで、陸がストレートを投げてきた。


 エアロストレートと異なるのはボール全体ではなく左側面だけが強く光っていること。 僕がミットを構えたところに真っ直ぐ向かってきたボールは、半分ほどの距離の場所から軌道を外角に変えた。


 ストライクゾーンからボールゾーンへ、バットから逃げるように曲がった球は、乾いた音を響かせて僕のミットに収まった。


 この急速からの急激な変化は、高速スライダーといえるような球で、神速を使っていなければ捕ることはできなかっただろう。


 バッターの毒島さんは捉えたと思ったに違いない。 ボールの入ったミットを見て、不思議そうに首をかしげているから。


 さて、仕上げに入ろう。 さっき僕がやられたことと同じことを、相手にしなければならない。 冷静さを取り戻す前に勝負だ。


 今度は真ん中からバッターに向かって鋭く曲がる球。 ボテボテのサードゴロからホームゲッツー、これが僕の理想のストーリー。


 同じスピードからさっきは逃げて、今度は食い込む。 普通の人間にこれが打てるわけがない。


 僕はミットの中心を握り拳でパンと叩き、ど真ん中に構えた。

 

 陸は淡く光る右手から、ボールを放った。 例によって、10メートルほどの距離の場所からバッターに向かって鋭く曲がる。


 同時にバットを振り下ろすバッターの気配を感じる。 よし、とこの瞬間勝利を確信したのだけど、響いた打球音は予想とは異なる快音だった。



 キィン!



 打球の行く先を見ると、鋭い打球をワンバウンドで捕球した原口キャプテンが三塁ベースを踏んだ姿が目に入った。



 そこからは鮮やかなものだった。 原口キャプテンは逆シングルで捕った体を反転させて二塁へ送球。 ベースカバーに入ったセカンドの田口君は、原口キャプテンからの送球をキャッチした後、今度は一塁へ送球。 ファーストの三枝先輩は足と手をいっぱいに伸ばしてこれをキャッチ。


 三枝先輩がボールを捕ってから一瞬の静寂の後、3つ目のアウトのコールが響いた。 トリプルプレーになったのだ。 これは、ノーアウト満塁の大ピンチを無失点で切り抜けたことを意味する。



「陸! 海斗! やったな! 」

「よっしゃ。 海斗やったぜ! 」



 陸や原口キャプテン、それに内野手のみんながハイタッチしながらベンチに帰ってくる。 僕は先にベンチに戻っていたのだけど、とてもハイタッチをする気分にはならなかった。


 想定したストーリーよりももう一歩いい結果。 結果だけ見れば、これ以上ない最高の結果だ。

 ……でも、毒島さんは、エアロを使った高速シュートをジャストミートした。 何故だ。



「何難しい顔してんだ? 海斗」

「いや、最後の決め球、完璧な当たりだったなって」

「それは……四番だしな。 まあそういうこともあるさ」



 陸のお気楽な発想は、時に必要なものなのだろう。 しかし、成功した時こそその反省をしなければならない。

 定期考査で学年1位を維持した時にこそ、間違っていたところを復習しておくべきなのと同じだ。



「そんなんじゃ、また打たれるよ。 ほら、ブルペン行こう」

「ええー。 もう疲れたよぉ」

「文句言わない。 他の人に聞かれちゃ困るし、ここじゃできないんだから」



 有無を言わさず内野フェンス脇のブルペンまで連れていった。



「で、エアロの連投はどうだった? 」

「結構キツいな。 これ、試合中に投げられても5、6球ってとこだな」

「少ないね。 使いどころは考えないと」

「あと、シュートは難しいな。 さっきほとんど曲がらなかったろ」



 そうか、そうだったのか。 さっき打たれた時、自分の視界はバットに塞がれていてインパクトの瞬間が見えなかったけど、あまり曲がっていないからこそジャストミートされていたのか。



「実は僕からは曲がり具合があまり見えなかったんだよ。 なんで曲がらなかったの? 」

「ほら、俺ってシュート投げてないから、どんな感じで曲がるのかイメージできなかったんだよ。 そしたら、エアロかけてもあんまり曲がってくれなくてさ」

「わかったよ。 イメージが大きく左右するってことは、基本的に投げられる変化球の方向にしかかからないんだね」

「そうか、なるほどな。 やっぱり海斗は頭がいいなぁ」

「変なところで感心してないで、さっきのプレーについて教えてよ」

「はっはっは。 海斗は勉強熱心だなぁ」

「……怒るよ? 」




 明らかに面倒くさいオーラを出している陸を叱りつけ、先頭バッターへの四球から始まる一連を議題にした反省会が始まった。

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