第10球 エラー連発
「海斗って案外好戦的だよな」
「悪かったって」
ベンチに戻った僕らは、最後の球について話していた。 エアロストレートとでもいうべき球は、例えど真ん中でも打たれることはあるまい。
しかしあの球審にイラッときて、本来不要だった球を投げさせたのも事実。 次からは、とある本に書いてあった捕手の心得『心は熱く、頭は冷静に』を忘れないようにしよう。
さて、気を取り直してバッティングだ。 二死ながら二、三塁のチャンス。
ここで点を取れば! と意気込んだものの、結果は散々だった。 変化球が続いてストレートはなし。 もう僕の弱点がバレてしまった、ということなんだろう。
結局、この打席だけでなく、試合が終わるまでストレートは一球も来なかった。 無様に三振を重ねるだけ。
うーむむ……。 曲がる球が全然打てない。
試合が終わったら、変化球を打つ練習もしなくては。 打てないのがバレるまでに2打席しかかからないのでは、貢献するどころか足手まといになるだけだ。
そして、今度は守り。
相手の作戦を読むことや狙い球、それに今までの打席も含めた攻め方など、ゲームではわからないことが沢山ある。 今日の試合のおかげで正にそれがキャッチャーとしての大きな仕事である、ということを思い知らされた。
幸い、僕は記憶力に自信があるし、相手の苦手なところを攻めるのはゲームでも同じことだから、そういう意味ではキャッチャーに向いているかもしれない。
順調に中盤のイニングを消化した陸だったが、7回ぐらいから疲れがでてきたのか、ボールが構えたところから外れることが多くなってきた。 相手が下位打線だったのもあって三者凡退に抑えられたが、上位打線はきっとそう簡単にはいかない、という予感があった。
そして8回裏、外れて欲しかった予感は残念ながら当たってしまった。 一番打者から始まるこの回、ファールで粘りに粘られ、ついに四球を与えてしまったのだ。
俊足自慢の一番バッターは、次の打者への初球で早速仕掛けてきた。
「走った!」
ファーストの三枝先輩は、陸が投球動作に入ったのと同時に動き出したランナーの盗塁を知らせてくれた。 視界の端に、黒い影が動くのを捉えた。
バットが空を切り、ボールが僕のミットに収まった時には、黒い影は一、二塁間のほぼ中間地点。 ミットのボールを右手に持ち替えて、二塁ベース目掛けて思いっきり投げた。 三枝先輩との練習通り。
……そこまでは、良かった。
残念なことに僕が投げたボールはものすごい勢いで二塁ベースの遥か上を、ベースカバーに入ったショートの佐々木くんがジャンプしても届かないくらいの高さを通り過ぎていったのだった。
――ああ、やってしまった。
バックアップに入っていたセンターの矢島先輩はボールをグラブに収めた後、大声で笑いながら佐々木くんへとボールを返した。
ランナーは当然セーフ、盗塁は成功だ。 ランナーが三塁まで行かなかったのがせめてもの救いか。
普通逆だろ! と思いながらも、タイムをかけて陸のところへ駆け寄った。
「ごめん、陸」
「ぶっはっは。 センターライナーだったな」
「笑い事じゃないよ。 ああ、恥ずかしい」
「海斗、初めての試合だろ。 硬直しないで二塁に投げられただけでも上出来だ。 今度、盗塁刺したら、きっと気持ちいいぞ〜」
「刺せる時が来ればいいけど……それよかこのピンチどうする? 」
「点差があるしどうせバントなんかしないだろ。 あのランナーが帰ったところで3点差。 ランナーは忘れてバッターに集中しようぜ」
「わかった」
わかった、と返事はしたが、結局『わかった』のは自分の読みの甘さと、陸を全面的に信じると痛い目に遭うということだった。
二番バッターは、続く二球目のモーションに入ってすぐバントの構え。 陸が投げた
あっ――!?
陸の言葉のおかげですっかりバントの可能性を排除していた僕は、球を追いかけたのはいいものの、つんのめってボールを蹴ってしまった。
拳大程度の
ボール拾いあげてタイムを取った原口キャプテンは、笑いを噛み殺すようにして僕のところまできた。
「慌てているな? サッカー少年」
「……すみません、キャプテン」
「冷静そうな顔してるのに、案外慌てん坊だな? 」
慌てたのは事実として、サッカー少年って……。
キャッチャーマスクは外していないから、この仏頂面は見られていないと思いたい。
そもそも、ここでキャプテンに怒るのはお門違いだし、ただの逆ギレだ。
キャプテンは、唇を噛み締めていた僕の肩に手を乗せて、一転して優しい声になった。
「悪い悪い。 別にバカにしてるんじゃないぞ。 初めての試合、色んなことがある。 これは公式戦に向けた経験だ。 色んなことを仕掛けてくる相手でよかったな」
「でもキャプテン……」
「そもそも、あの5点は海斗が取った5点だ。 多少取られたって、お釣りがくるさ。 気楽にやろう」
「……はい」
「どうも伝わっとらんな。 海斗、野球に大事なのは開き直りだ。 切り替えろ」
「……わかりました」
わかりました、とは言ったものの、そんな簡単に割り切れるものではない。 キャッチャースボックスに戻っても、バントの残像がちらついて頭を離れない。
それもそのはず。 三番バッターがバントの構えをしている。 ノーアウト三塁、一塁でバント?
スクイズ? いや、それなら最初からバントの構えをするわけがない。
一見意味をなさないその行動に、僕は混乱していた。
そして、考えがまとまらないまま、陸にストレートのサインを要求し、陸はセットポジションに入った。 陸が静止状態から左足を前にスライドし始めた時、一塁ランナーが走り始め、打者はバットを引いて通常のスイングの構えになった。
また盗塁されてはたまらないと反射的にちょっと腰が浮き、少しでも前で捕って投げようと気負ったのがマズかった。 球を捕るのとほぼ同時にキャッチャーミットに衝撃があった。
しまった――!!
当たったのはスイングした相手のバットで、それに当たってしまったということは……。
「インターフェア!」
インターフェア、つまり打撃妨害。 盗塁は成功だし、打者も一塁へ進む。
この結果、ノーアウト満塁。 4点差あるとはいえ、相手は四番。 ホームランが出れば同点になる。
僕は頭が真っ白になった。 そして、真っ白になった結果、試合に出場する選手ではなく、ゲーマーとしてこのキャッチャーというコマをどう操作するかを考え始めていた。
この試合、最大のピンチとなったにも拘らず、僕は自分でも意外なほど冷静だった。
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