第7球 初打席
正式に入部を決めてからというもの、捕手としての勉強をすべく本を漁っていた。 元々『パープロ』で野球のことは知ってたから、ルールぐらいはわかる。でも、小さい頃から野球をやっているからこそ身に付く、定番、セオリー、定石といった類のことは全くわからない。
ただ、幸いにも『ID野球』だの『頭脳野球』だのという僕にぴったりの本には事欠かなかったから、ひとまず頭でっかちでもいいから、知識としての野球を詰め込むことにした。
そして、半年遅れの入部から一ヶ月になろうとするころ、僕は他の部員のみんなと一緒に城北学園のグラウンドにお邪魔していた。 練習試合のためだ。
この城北学園、地域では有名な甲子園の常連……であったのは過去の話。 最近は成績が芳しくなく、秋の大会でも2年生中心の新体制で勝ち上がることはできず、こうして僕たちのような弱小校の相手をしてくれることになった。
それでも最近はまた過去の威光を取り戻そうと、有望な選手を集めているらしい。
そんなことは野球経験1ヶ月の僕には関係なく、出番はないだろうと高を括っていたら、試合前のミーティングで監督からとんでもない発表があったのだった。 それが以下の内容だ。
『vs城北高校 メンバー表』
監督:大庭
1:
2:
3:
4:
5:
6:
7:
8:
9:
「監督……僕、スタメンですか。 正直言って全く自信がないんですけど」
「青島、お前な、実戦経験がないキャッチャーなんて、公式戦で使えんぞ。 今のうちにたくさん失敗してこい」
「わかりました。 負けても怒らないでくださいね」
「失敗に関しては怒るつもりはないが、負けてもいいなんて思ってることには怒るぞ。 ひと月とはいえ、お前が練習を頑張っていたのは見てた俺が使うと言っとるんだ。 格下だと思ってる向こうの鼻を明かせてこい」
「そうですね。 陸の球ならそう簡単に打てないでしょうし」
「よし、その意気だ。 ともかく、先取点を取っていこう! 」
こうして始まった試合、僕たちはビジターで先攻だ。 ちょっと緊張するけど……とにかく精一杯頑張ろう。 うん。
プレイボールがかかった直後の初球で1番の矢島先輩がピッチャーゴロに倒れた。 それでも、2番の田口先輩が持ち前の選球眼を発揮して四球を得て、陸に打順が回ってきた。 今まではグラウンドの外から応援していたけれど、こうしてベンチの中から同じ高さで声を出すのはなんだか不思議な感じだ。
「リッくんガンバー!! 」
この声は美空だ。 今日も応援に駆けつけていたんだな。
美空の声援を隣で聞いていないというのもこれまた不思議なものだ。
直後、声援に応えるように、陸はグラウンドに快音を響かせた。 弾き返された打球は、ショートの頭上を抜けて、左中間を真っ二つに割りフェンスまで到達。 陸はグングンとスピードを上げ、少し膨らむように走りながら一塁ベース上で方向転換した。
滑り込むことなく二塁に到達した陸は、ベース上で美空に向かってピースサインをしている。
これで一死二、三塁になった。 しかも四番の原口キャプテン。 大チャンスだ!
ゲームなら、最低でも外野フライを打てるように低めは捨てて、高めに狙いを定めるところだけど……。 実際のところ、そんな簡単にいくんだろうか。
「おい、青島、ネクスト行けよ」
「え? ネクスト? 」
「打席に入ったバッターの次の打順のやつは、あの丸いスプレー缶とかあるとこで待っておくんだよ」
「はぁ、なるほど」
原口キャプテンの攻め方に気を取られていたら、三枝先輩からツッコミを受けてしまった。 ネクストバッターズサークルで順番待ちをしておかなければならなかったらしい。 ゲームにない動作はどうにも疎かになってしまう。
三枝先輩に促されて、バットを手にベンチを出た。
「お、お、お、おい、ヘルメット! 」
「わぁ、忘れてた! すみませんでした」
もうすぐ打順が回ってくるってときは案外忙しいんだな。 打席の間だけ頑張ればいいのかと思ってた。 このあたりは少しずつ慣れていくしかない。
モタモタしている間に、原口キャプテンは四球を得て一塁に向かって歩いていた。 原口キャプテンはこっちに向かって何か言っているが、よく聞き取れなかった。 きっとこれで満塁だから、最低でも犠牲フライ、とかそんなことなんじゃないだろうか。
さぁ、初めての打席だ。 五番なんて打順、もったいないくらいだけど、せっかくの満塁のチャンス、目一杯振ろう。
「よろしくお願いします」
「なに、一年生なの? ユニフォーム綺麗だし、慣れてないみたいだけど」
バッターボックスに入ろうとすると、相手のキャッチャーが話しかけてきた。 さっきのくだりを見られていたみたいだ。 なんとも恥ずかしい。
「野球、始めたばっかりで……今日初めての試合なんです」
「うはははは。 そっかそっか。 頑張って」
「……」
マスクのおかげで表情は伺うことはできなかったけど、何となくバカにされたような気がした。
バッターボックスに入って見ると、練習の時と違ってグラウンドにいっぱい人がいる。 今は満塁だから、余計にそう見えるんだろう。
気を取り直して左打席に入り、バットを立ててボールを迎え撃つ準備をする。
そして、構え終わるか終わらないかのタイミングで、ピッチャーは振りかぶってボールを投げてきた。
放たれたそのボールは、
僕は、ボールが触れるすんでのところで顔を引いて躱し、バランスを崩すことなく見送った。
「おーっと、悪いな。 アイツの球、暴れん坊だから」
「いえ。 視えてますから大丈夫ですよ」
「……チッ」
僕は、その舌打ちを聞き逃さなかった。 まさか、わざと――?
だとしても、魔王軍とやりあってきたことを考えれば、この程度の物理攻撃であれば受けるまでもく躱すことができる。
気を取り直してバットを構え直し、またこちらを目掛けて飛んでくるかもしれないボールに集中した。 しかしボールは予想と違ってキャッチャーに向かっている。 インコースよりのやや高め。 練習の時と全く同じ軌道。
ボールの軌道を観察していたら、体が勝手に反応していた。 足を下ろす勢いそのままに、腰に巻き付けるようにしてバットを回転させ、一番太いところでボールにぶつけた。
甲高い金属音を残して跳ね返されたボールは、空に吸い込まれるように舞い上がった。 軽い衝撃だけが残る感触は、バットの芯を食って飛距離が出ている時のもの。
よし、これなら犠牲フライには十分な飛距離だ。 僕は一塁に向かって走りながら、その行方を見つめながらそんなことを考えていた。
しかしながら、着弾したのはバックスクリーンに設置されたスコアボードの最上部だった。 そして、ボールが一度だけポーンと跳ねて奥の林へと消えるのを見届けて、僕は走るスピードを緩めた。
それと同時に、
ダイヤモンドを周回してホームベースに帰って来た時には、陸の満面の笑みが迎えてくれた。
「すごいな、海斗。 俺いままでに満塁ホームランなんて打ったことないぞ」
「ありがとう。 これは何というか、気持ちがいいね」
僕の前に溜まっていた3人のランナーからの手荒な祝福を受けながらベンチへと帰ると、さらに激しい祝福が待っていた。
ポコスカとヘルメットを叩かれたことによる衝撃が、なんとも心地よかった。
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