第6球 フルスイング
とりあえずは本入部ではないとの前置きをしつつも、練習に参加させてもらう僕は自己紹介をした。 ひととおりの基礎練習メニューに参加したあと、陸と一緒にランニングに出ていた。
「いやー、助かったよ」
このセリフは陸のものではない。 一緒に走っている三枝先輩のものだ。
「夏休みにどんな特訓したのか知らんけど、本庄の球のスピードも回転も半端ないんだよ。 青島くんのおかげで、あれを頭にぶつけられずに済むと思うと本当にありがたい」
「いえ……でも僕なんか、野球は素人で。 先輩たちの邪魔にならないか心配です」
「いやいや、冗談でしょ。 あの球平気で取るなんて、シニアでキャッチャーとかやってたんじゃないの? 」
「まさかですよ。 運動音痴で有名でしたから」
「そうは思えないんだけどな。 今だって、もうすぐ10kmになろうとする距離を軽々と走っておいて」
学校を出て川沿いにランニングをしていたら、いつの間にかそんな距離を走っていたらしい。 今までなら自転車で行くようなところまで軽々と走れていたのも、きっと身体強化のおかげなんだろう。
グラウンドに戻ると、ほかの部員たちは平然と戻った僕たちを見て驚いていた。 陸はこのぐらいの距離はさも当然といった雰囲気で、練習用のスパイクに履き替えている。
「さ、後半はグラウンド使えるし、バッティング練習もやれるな。 キャプテン! 海斗もいいッスか? 」
「え、ねぇ、陸……僕バッティングなんてできないよ」
「ああ、いいんじゃないか。 俺もどのくらい打てるのか見てみたい」
「ほら、キャプテンもそう言ってくれてるし」
キャプテンの原口先輩は内野手で、三年生がいた昨年から試合に出ている先輩だ。 陸がピンチになった時にマウンドに駆け寄っていた姿が印象に残っている。
僕は、陸と一緒に行ったバッティングセンターくらいしか経験ないし、そんなに打てるとは思えないけど……。
原口キャプテンは、二の足を踏んでいる僕を諭すように告げた。
「青島くん、せっかくだしやってみたらどうかな。 バッティングはやっぱり野球の醍醐味だと思うし」
「……わかりました。 空振りばっかでも呆れないでくださいね」
僕は陸に渡された手袋とヘルメットを身につけて、ホームベースの形をしたプレートの脇に立った。
バットを持って構えてみたものの、とても打てるようには見えまい。 昨日、キャッチボールで失敗した苦い記憶が蘇る。
そうこうしているうちに、「いくぞ」とキャプテンから声がかかった。 キャプテンが投げてくれたボールをよく見て、思いっきりバットを振った。
ヒュン――。
空気を切り裂く音が辺りを包んだ。 しかし、バットは文字通り空を切り、ボールは見事に三枝先輩のミットに収まっていた。
「わはははは。 すげースイングだな。 キャッチャーだったらゾッとする音だ」
そう言って三枝先輩は笑っていたけど、僕からしたら何も面白くない。 「次いくぞー」という呼びかけに、気を取り直してバットを構え直した。
――それから十数球。
バットに当たったのは辛うじて最後の一球で、ボールの最上部をかすった程度だった。 もっともそれがファウルチップになって股間を直撃し、三枝先輩がダウンしたために強制的に終了となったのだ。
やっぱり打てるわけないよ、と思ったところに、ネット裏に陣取っていた陸がネットをくぐってこちらへやってきた。
「なぁ、海斗って、
コソっと耳打ちした陸の言葉にならって、握った手を入れ替えた。
目を閉じて、向こうでの戦いを思い出してみる。
魔王軍の幹部、デスシアールと対峙した時だ。 デスシアールの棍棒を躱して足元に潜り込み、どっしりと踏ん張って力一杯ハンマーを叩きつけたんだった。 それでバランスを崩したところに、陸が雷鳴剣を入れたのがとどめになった。
その光景を思い出しながら素振りをしてみると……なんかしっくりきた気がする。 大きく振りかぶって腰の回転を使った
「おーい、陸どうすんだ? 」
「キャプテン、俺捕るんで、海斗を左打席で打たせてみていいですか」
「俺は構わんが……大丈夫なのか? 」
「はい」
陸は三枝先輩のプロテクターを身につけて、僕の後ろに座った。
「海斗、バーストアタックのイメージで思いっきりスイングしてみな」
「わかった」
その直後、キャプテンがボールを投げた。 ボールが描く放物線の軌道にバットのスイングを合わせる。 そのまま、陸のいうように、思いっきり振り切った。
――ビュン!!
またしても風を切る音。 その後、ボールが陸に届く音が聞こえた。
「さっきよりもいいな。 でも始動が早すぎだ。 もう少し、タメを入れてみな。 ゲームだとワンテンポ遅くボタンを押すだろ? 」
「確かに。 ワンテンポ遅らせるイメージ、ね」
いち、にぃ、の、さん! うん、こんな感じか。
次の球を投げようとする原口キャプテンの手元に集中する。
そして指先から離れて放物線を描くボールに集中していると、球の回転がゆっくりに見えてきた。
この感覚は神速か。 昨日、陸が話していた通り、こっちでもスキルが使えるのは本当みたいだ。
実際のところは集中したことで、ゆっくりに見えただけかもしれない。 でも、ボールの回転と軌道がよく見えるし、着弾点の予想もタイミングもこの速度なら頭が追いつく。
球が数メートル先に到達したとき、僕は上げた右足を下ろしつつ、バットをボールの軌道に合わせて振り下ろした。 そして、ボールがホームプレート上を通過しようとしたとき、二つは衝突した。
キィン――!!
振り切った後のバットには驚くほど衝撃が残っておらず、あまりに軽い感触にボールを打った気がしなかった。 バットの金属音が示すとおり、空振りはしていなさそうだけど。
スローモーションの世界から抜けて、辺りを見回してもボールは見当たらず、陸のミットにもボールは収まっていない。 疑問に思って原口キャプテンを見ると、その目は校舎を捉えていて……。
視線の延長線上にある校舎の屋上で、白いボールが跳ねたのが見えた。
「陸! 当たった! 」
「……」
「陸……? 」
「キャプテン、校舎までどのくらいあるんでしたっけ」
陸はその場で立ち上がり、僕を無視して原口キャプテンに話しかけてしまった。 せっかくちゃんと当たったというのに、なんてひどい仕打ちだろうか。 ちょっと憤慨していたところに、原口キャプテンが陸への返答を口にした。
「確か、120メートルちょいはあったはず。 あのネットも高さが20メートルくらいだし……」
「だとすると、屋上までっていうと、飛距離150メートル近く出てるってことになるんじゃ……」
「おいおい、お前のダチはバケモンかよ」
「いや、まさかこんなことになるとは思ってなかったんですよ」
二人は何やら話し込んでしまって、バッティングの練習はこれで終わりみたいだ。 僕としてはせっかく当たったのだから、もうちょっとやってみたかったのだけどその願いは叶いそうになかった。
かわりに僕はしばらくの間、部員たちに囲まれて質問責めを受けることになったのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます