第5球 魔球
「海斗さ、野球部入らねえ? ――ってお前な、説明する前からそんな顔すんなよ」
僕が運動部? 冗談じゃない。 野球なんてゲームで十分だ。 昔から自覚しているとおり、僕は運動音痴だ。 そんな僕を真剣勝負の場に置くなんて、自殺行為だし、相手にも失礼だ。
そんなことを考えていたのが顔に出てしまっていたらしい。
「とりあえず、話だけでも聞いてくれ」
「……聞くだけね」
はぁ、とため息をついてから、陸は野球部の現状を話し始めた。 夏の大会で負けた後、3年生が引退して、レギュラーのキャッチャーがいなくなった、というのが最初の話だった。 どうも、今までの二番手のキャッチャーは高校から捕手に転向した人らしい。
「向こうの世界から帰ってきてからさ、どうやら球速が上がったみたいなんだよ。 ところが、2年の
「あぁ、それでさっきのキャッチボールにつながるわけか」
「そゆこと。 そして、海斗は難なく捕った、と」
「速い球捕れるだけじゃ役に立たんでしょ。 先輩鍛えた方がいいだろうに」
「確かに、それは一理ある。 だが、ここで問題があってな――」
陸は眉間にシワを寄せて、難しいことを考えているような素振りを見せた。 何を勿体ぶっているのやら。
「見たろ? エアロストリーム」
「あっ思い出した! 陸、お前予告もなしにぶっ放して」
あれのせいで、いまもおでこがヒリヒリする。 この程度で済んでるのはまだマシな方かもしれない。 硬式球が頭に当たると、最悪死に至ることもあるくらいだ。
あそこまで簡単に突破されてしまったのは、キャッチャーミットを使っていなかったからだろうけど。
「悪い、悪かったって。 俺が言いたいのはそこじゃなくて、こっちでも魔法が使えるってことなんだよ」
「……。 向こうでも使えなかった僕への当て付けかな? 」
「だーかーらー、そうじゃねえって。 魔法剣の要領で、球に魔法を乗せられるんだよ」
陸は飲み終えたジュースの紙コップを上下に振って空中に氷を放り出すと、その一つを僕に向かって目掛けて指で弾き飛ばした。 反射的に出た僕の手の甲によって氷は軌道を変え、近くの『飲み残し捨て場』へと向かっていった。
1秒ほどののち、カランカランと背後で音がした。 どうやらちゃんと入ったらしい。
「痛いなぁ。 いきなり何するんだよ」
「いきなりやってもちゃんと防御できるんだよな。 さすがだわ」
そこまで言われてようやく実感した。 確かに、1メートルもないこの距離から突然放たれた氷を弾くのは、普通の人間には難しそうだ。 それを難なくできてしまっているのは、異世界での経験としか言えないだろう。
改めて弾いた手の甲を見てみると、わずかに痺れがある。 疑問に思って陸を見やると、ニヤっと笑った。
「気がついたか。 雷乗せたんだよ。さすがに野球じゃ使い道ないけどな」
「なるほど。 それで、
風魔法をボールに纏わせ、追い風のように使うことで上がった急速をさらに上げることができるようだ。 魔法球、いやこれこそ魔球かな。
「そゆこと。 ただ、さっきも言ったとおり、捕れないんだわ、キャッチャーが。 海斗なら、魔法防御つきの武具強化でちゃんと捕れると思うんだよ」
「……。 なるほど」
「とはいえ、エアロストリームをフルパワーで発動しても、向こうの時みたいには威力が出ないけどな」
さっきのがフルパワーだとすれば、確かに威力は一割程度ってところ。
向こうの世界と違って魔力の渦のようなものを感じることはないから、魔力に依存する魔法やスキルが弱まっている感じなのだろうか。
でもこれで、さっきのグラウンドでの陸の行動に説明がついた。
陸は異世界での経験により能力が底上げされ、結果的に先輩キャッチャーが捕れないくらい球速が上がった。 さらに、魔法剣の要領で風魔法をボールに上乗せできるけど、捕れるのが……一緒に異世界に行っていた僕ぐらいしかいない、と。
さて、どうしたものか。 陸のことはずっと応援してきたし、甲子園を目指して練習してきた努力が報われてほしいとは思う。 しかし、僕が野球をするなんてイメージが全くわかない……。
ゲームやってる方が楽だし、汗かくようなことは面倒くさいし。 なんとかして逃れる方法はないだろうか。
「というわけだ。 だからさ、海斗がキャッチャーをやってくれれば、鬼に金棒というわけよ」
「正直言って、乗り気じゃない。 僕は運動音痴で、野球は素人。 まともにできると思えないよ」
「そう言うとは思ったんだが、海斗は頭で理解すると動きが劇的に変わるんだよ。 ほれ、向こうでの訓練の時みたいに。 だから、俺は魔王退治の時みたいに一緒にやりたいと思ってるぞ。 とりあえず一晩考えてみてくれよ」
「……変わんないと思うけど」
陸のいうことは一理ある。 向こうで『バトルマスターの極意』を見つけて、経験に基づく理論に裏付けられた身体の動かし方を身につけた。
キャッチャーの動きも勉強すれば理解できるものなのだろうか。
「ま、そういうこった。 じゃそろそろ行こうぜ」
「そうだね」
会話を終えた僕らは、店を後にして駅に向かって歩き始めた。 スキルをこの世界でも使えることを目の当たりにして、思い出すのは向こうでの戦いの日々だ。
「向こうの世界も、楽しかったよな。 非日常的で」
「そうだね。 ま、僕は最後まで魔法を使えなかったから、ちょっと歯痒かったけど」
「海斗はいっぺん死んだじゃんか。 なかなかできない体験だぞ」
「あんなのはもう二度とごめんだね。 というか、死んだらもう生き返れないけど」
「ちげえねえ。 サラ姫はどうしてっかなー」
サラ……。
サラだったら、何て言うだろうか。 ただ気が進まないだけで、新しいことにチャレンジしようとしない僕に。
魔王デストラーダとの戦いを前にしたときは、気弱になってしまった僕を奮い立たせてくれたっけな。 とてもとても優しい言葉とは言えなかったけど。
グラウンドは魔王が住む城なわけでもない。 野球だったら命を取られるわけじゃない。 それなら、自分に言い訳してないで、チャレンジしてみても良いんじゃないか。 運動音痴を克服するきっかけにしても良いんじゃないか。
『カイトは殻に閉じこもって、自分の得意なことだけやってればいいのよ』
わざと馬鹿にするような言葉を使ってゲキを飛ばす、サラの声が聞こえたような気がした。
「海斗? 」
「ん? ああ、ごめん。 ボーっとしてた」
「じゃあな。 いい返事待ってるぜ」
「……どうかな」
とは言ったものの、言下に断ることをしなかったあたり、僕自身も揺れていることを自覚していた。
そして翌日の放課後、僕はグラウンドに立っていた。
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