第3球 プロローグ(帰還)
僕たちも強くなったとはいえ魔王デストラーダの力は強大で、戦闘は熾烈を極めていた。
全力でスキルを開放してハンマーを振り下ろしても、ろくなダメージを与えているように見えない。
くそっ、ゲームならクリティカルが入って大ダメージなはずなのに!
受け止められたハンマーと一緒に、ガーゴイルの像まで吹っ飛ばされた。 そのまま石像を破壊して壁に激突。 身体中の骨がバラバラになったんじゃないかと思えるほどの激痛が走る。
「……ぅぐっ。 ぅぅ……」
「カイトっ!? 大丈夫!? 」
駆け寄ってきたサラから放たれた淡く白い光のおかげで、痛覚の刺激が和らいでいく。
サラにお礼を言う間もなく、闇魔法が目前に迫ってくる。
「サラっ! 後ろへ」
「――! 」
辛うじて起こした体で神速を発動し、魔法防御全開の大盾で闇魔法を受け止める。
危ない、なんとか間に合った。
結局のところ、魔王への決定打になり得るのは、陸の必殺剣だけ。 であるならば、僕はサポートに回って時間を稼ぎ、バフを積みに積んだ陸の一撃をお見舞いするほかない。
――となれば。
「このままじゃジリ貧だ。 だから、陸は全力でチャージ、美空は召喚で陸の防御、サラは陸に攻撃力支援、フルでね」
「おう。 海斗はどうすんだ」
「僕は、あの猛攻を抑えて、ちょっと時間稼いでくるよ」
「そんな……カイトだけじゃ……」
「大丈夫。 死にそうになったらサラが癒してくれるだろ? 」
「そりゃそうだけど……」
「おっと、おしゃべりはおしまい。 ぶっ放す前に教えてね。 巻き込まれたくないから」
「オッケ。 頼むぞ」
そう言って最前列へ躍り出たものの、魔王デストラーダの攻撃は一層激しさを増す。 全方位攻撃のうち、陸たちに向かう物だけを受け止めるのはなかなかに骨が折れる。 ゲームだったらほとんどのケースで攻撃特化にするこの僕が、こんなにも防御一辺倒だなんて。 今度はタンクプレイでもしてみようかな、なんて思いながら猛攻を凌ぎ続けた。
そんな折、背後に闘気の高まりを感じた。 これは……!
「海斗! 」
「待ちくたびれたよ」
「悪い。 倒してくる」
空中で陸とすれ違い、サラと美空の近くに転げるように着地した。
盾は真っ二つに割れ、鎧も胴の一部を除いて欠損していたけど、なんとか持ちこたえられたみたいだ。
それから数秒して、轟音が響いた。 それから視界に飛び込んできたのは、崩壊する魔王の身体と、サラを目掛けて飛んでくるおぞましい魔力の塊だった。
――考える前に身体が動いていた。
神速を発動し、魔法の射線上からサラを押し除け、魔法防御を全開に――と思ったのに力が入らない。
そして、衝撃を受けた瞬間。
僕の中心で何かが弾けた。
痛みが全て消えた。
うわっ、眩しいっ。
魔王は倒せた、はず。
今度は光の中?
みんなはどうしたんだろう?
陸は? 美空は?
サラは?
辺りを見回してみようとしたけど、身体が動かない。 無論、頭も。 もっとも、見える範囲は全て白くて、光の中に放り込まれたような感じだから、動かしても同じだろうけど。
『……イト……、カイト……』
名前を呼ばれた。 この柔らかな声は……サラ……?
返事しなきゃと思った瞬間、ズキっと心臓が痛みを訴えた。 そしてその痛みは激しさを増していく。
――ぅぐっ。 なんだ、この痛み……。
歯を食いしばって激痛に耐え、瞑ってしまった目をゆっくりと開けていくと、目と鼻の先にサラの泣き顔があった。
なんで泣いてるんだ。 どうした、と手を伸ばそうとしても身体が動かない。
「カイトっ! 」
「海斗……良かった……」
「おい、返事できるか? 」
「……? ぁぁ」
うまく声も出せなかったけれど、かすれた声でなんとか返事をした。
陸は、はあぁぁぁ、と深いため息をついた。
何なんだ?
「海斗……お前、死んでたんだぞ」
死……?
「はぁ、心臓に悪い。 サラちゃんの蘇生魔法が効いて良かったよ」
蘇生?
「……カイト……」
涙で頬を濡らしながら、サラは僕の名前を呟いた。 こんなにも優しく、慈しむように名前を呼ばれたのは初めてだ。
あの光の世界は死後の世界だったのか。
それを、サラが助けてくれた、ということのようだ。
「サラ……ありがとう」
動かない身体をなんとか起こして、声はかすれたままだけどお礼の気持ちを伝えた。
それなのに、サラはプイとよそを向いてしまった。
「――っ! べべべつに、私を庇って死なれたりしたら寝覚めが悪いから助けただけだし」
「サラちゃんってば、照れちゃって。 最後のキスが効い……むぐぐぐ!?」
「ミソラ? お話があります。 ちょっとこちらへいらっしゃい」
美空はサラのマジックバインドで口を封じられつつ、サラに連行されていった。
「それにしても焦ったぜ。 まさかファイナルアタックがあったとはな。 海斗死んじゃうし」
「マジの話だったんだな。 光だけの世界に行ってたよ」
「ホント肝を冷やしたわ。さ、魔王の核だけ回収して引き上げようぜ」
「そうだね。 でももうちょっと待って……体が動かない」
それから少しの間、サラと美空による喧騒をBGMにして、陸の回復魔法を受けていた。
どのくらいこうしていただろうか。 ようやく体が動くようになった僕は、魔王デストラーダが崩壊したあとに落ちていた核を回収し、瘴気が霧散した魔王城を後にした。
それから約一週間かけて、来た道を戻った。 魔物たちは邪気を抜かれて敵意を全く見せず、平和な世界になったことを実感する。 課せられた使命もなく、平和を謳歌しながらの帰途は、友達と行くお気楽旅行みたいなものだった。
そして国に戻ると、まさに英雄の凱旋といった様相。 僕たちはこれでもかというほどの歓待を受け、祝いの宴は一週間続いた。
「なぁ、僕たちってこの後どうなるんだろう? 」
「だよな。 俺もそれ考えた。 戻れる方法とかあんのかな? ミィ、召喚魔法使いとしてなんか見解を述べよ」
「無茶振りが過ぎる! でも、戻る方法とかあるのかな? 」
「皆目見当つかんな。 海斗が読んだ本でなんかなかったのか? 」
「あの時はどうにかして魔法使う方法しか調べてなかったからなぁ。 あはは。 でも探してみる価値はあるかも」
召喚で呼ばれて来たということは、帰る方法があるのかもしれない。 そう思って調べ始めて数日、その文献は意外なところで見つかった。
書物庫から借りてる自室に戻る途中、すれ違ったサラが抱えた本の表紙には『時空召喚』と書かれていた。
「サラ! その本って……」
サラは、ハッとした顔をしたあと、プルプルと震えながら本を投げつけてきた。
「魔王も倒したんだし、カイトなんかこれでさっさと帰っちゃえばいいんだー! 」
「うわっ。 あ……おい、サラっ!」
サラはそのまま走り去ってしまった……本を置いて。
パラパラと眺めていると、花の栞が挟まったページがあった。 その項目を読んでいくと『勇者召喚』それに……『送還』とあった。
それから、送還の魔法陣が有効になる次の満月までの3日間、サラは部屋に閉じこもったきり出てくることはなかった。 厳密には月ではないから『満月』ではないのだろうけど、ここでは置いておこう。
そして当日、僕たちは『召喚の間』にやってきた。 あの時感じたカビ臭さは今も変わらない。
淡く光った魔法陣を目の前にして、国王は言った。
「勇者リク、それにカイト、ミソラ。 そなたたちのおかげでこの世界は平和になった。 心から礼を言う。 サラが部屋に閉じこもったままで申し訳ないが、あやつも感謝していることだろう」
「はい、お役に立ててよかったです。 みなさんの笑顔が取り戻せて、本当によかった」
「では、皆、元気でな」
「はい。 みなさんも。 じゃあ、行こうか」
陸の言葉を合図に、魔法陣の中心に向かった。
サラに挨拶もできなかったな。 まぁいつも怒られてばかりだったし仕方ない、か。
一人で勝手に納得して、魔法陣の中心に立つ。 魔法陣の青白い光が強くなり始めたとき、入り口の扉が勢いよく開いた。
「サラ……」
「はぁ……はぁ……さよなら」
別れの挨拶を待っていたかのように、光が強くなった。
ムワっとする熱気が体にまとわりついた。 そして排気ガスの臭い。
ズシっと体が重く感じる。 数ヶ月間の異世界生活で、スキルによる強化にすっかり慣れてしまっていたらしい。
「うおっ!? あの時のままだ! 」
「ホントだ! ちゃんと帰ってきたんだね」
陸や美空は驚嘆の声を上げた。 ポケットを探ると、召喚されたあの日、あの時刻がスマホの画面に映し出されている。
「なんかゲームの世界みたいだったな」
「だな。 ウチに帰ったらなんかRPGでも引っ張りだしてみようかな。 そうだ、海斗なんか良いのねえの? 」
「似たような世界観のタクティクス系のなら一本あるな」
「よし、それでいこう。 明日海斗ん家行くわ」
「今日じゃないのか」
「いやー、今日はとりあえず帰って寝たいわ。 向こうのベッド硬かったし」
「わかるー。 ウチもいつものお風呂にはいりたーい」
二人の言うことはごもっともだ。 確かに風呂とベッドは魅力的だ。 それに、久しぶりにゲームもやりたい。 向こうではスマホやらゲーム機やらの電子機器類に一切触れなかったせいで、禁断症状がでてしまいそうだ。
こうして生まれ育った世界に戻ってきた僕たちは、それぞれの日常へと帰っていった。
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