第2球 プロローグ(覚醒)

 僕たちは魔王軍に支配された地域に次々と乗り込み、幹部と称される魔物を打ち倒していった。 着実にレベルを上げ、危なげなく強敵にも対処できるようになってきたことを実感する。


 四人の連携だけでなく、個人の技量も上がった。 僕は、体の回転による遠心力と跳躍を活かして、今までよりも数倍の威力を出す打撃や、盾を僅かに揺らして相手の攻撃を反射するような技術も身につけた。


 強くなったのはもちろん僕だけではない。 陸は魔法を剣に乗せた魔法剣や、力を溜めて一気に解放する必殺剣を編み出していたし、美空は魔法の同時発動や今まで以上に強力な魔法をこなすようになっていた。



 そして、ある魔王軍の幹部を倒した時だった。 頭の中に柔らかな声が響く。



『勇者リクとその仲間たちよ、本当にありがとう。 それに、サラも。 おかげで封印が解けました。 女神の泉まで来ていただけますか』



 どうやら今の敵を倒したことで、女神様の封印を解くことができたみたいだ。 それに、今サラって――。



「女神様はサラのこと知ってたけど、来たことあるの? 」

「ええ。 魔王軍がここまで侵略してきて、女神の泉を占拠する前にね。 私もあの時はスキル解放できるだけの技量がなかったけど、今ならきっと……」

「スキル解放って何!? 僕にも魔法が使えたりするようになるの!? 」

「ちょ……ちょっと近いわよっ。 だいたいね、カイトは魔法音痴なんだから、そんな簡単に使えるようになるわけないじゃない。 カイトは私の魔法を黙って浴びていればいいのっ」



 スキル解放と聞いて興奮してしまった僕は、ついサラの肩を掴んでしまったのだけど……。 そうか、女神様の力でも僕は魔法が使えるようにはならないのか。


 それにしたって、サラもそんな言い方しなくたっていいと思うんだけど。サラはいつもこうだ。



「陸……聞いた? いくら魔法音痴だからって、今のは流石にひどくない?」

「聞いた聞いた。 またいつものが始まったな、って」

「そうそう。 サラったら赤くなっちゃって。 かーわいい」

「あんなに顔真っ赤にして怒ってるんだよ? 僕、そんなに悪いこと言ったかなぁ」



 かれこれ数ヶ月にもなるであろう期間、旅路をともにしてきた。 陸や美空とはずいぶんと仲良くなったみたいだけど、僕に対するサラの態度は一向に変わらない。


 ――というか以前よりも当たりが強くなってる気さえする。 僕が何か言うと大体否定されてしまうし、顔を真っ赤にして怒るんだ。 今みたいに。



「……サラもかわいそうに」



 美空はそう言っていたけど、魔法音痴と罵られる僕の方がよほどかわいそうだと思う。 でも、たとえサラの言うように魔法が使えるようにはならなくても、いま持っているスキルが強化できるのならば、それはそれでありがたい。


 サラはしばらくぶつくさと文句を言いながらも、女神の泉へと案内をしてくれた。


 そして泉のほとりにたどり着いた時、元いた世界では絶対に見られないであろう光景に息を飲んだ。 太陽の光がこの泉にだけ差し込み、水面はその光を反射してキラキラと輝いている。



『ようこそ、お越しくださいました。 魔王に打ち勝つための力をあなたたちに授けましょう。 泉の水を飲んでください』



 頭の中に直接響く声に従って、泉の水をひとすくい掌に乗せそのまま口に含んだ。


 飲み込むと同時に、不思議な感覚が全身を巡っていく。 泉の水がそのまま身体を満たしていくような……。 ふわふわとして軽い感覚だ。


 僕はその浮遊感をどのくらい味わっていたのだろうか。 しばらくすると、身体を包んでいた感覚は馴染んだように落ち着いていった。


 これで、本当に力を得られたのだろうか。 半信半疑ながら手に力を込めてみると、全身に力がみなぎってくる。 そして、落ちてくる葉の動きがスローモーションのようにゆっくりに見えた。


 ――まるで、僕だけが早く動ける世界に入ったみたいだった。




「神速ね」

「シンソク? 」

「そう、神速。 カイトが速く動けるから、相対的に周りがゆっくりに見えるのね」



 サラにスローモーションのことを話してみたら、僕に授けられた新たなスキルのことを教えてくれた。 そして近くの棒を手に取り、地面にカリカリと何やら書き出した。


 どれどれ? と覗いて見ると……



<カイト>

 職業:戦士→バトルマスター

 自己強化 10

 武具強化 8

 打撃 10

 オーラ(防御・魔法防御、神速)



 へぇ、僕のスキル値ってこんな感じになってるんだね。

 って、こんなのわかるんだ!?


「サラすごいじゃん! 他人のスキルとか全部わかるの!? 」

「べっ、別に大したことじゃないわよっ。 今のでレベルアップしたから、できるようになっただけだもの」

「いやー、それでもすごいと思うけど」

「そりゃあね。 カイトと違って魔法を駆使する私のスキルをご覧なさい」



 サラはこちらを見向きもせずに、さっきの棒でスキルを書き出した。 サラの字は先生のお手本のような綺麗な字で、書物庫にあった本と違って読みやすい。



<サラ>

 職業:回復術師 → 導師

 回復魔法 10

 支援魔法 8

 時空魔法 5

 ホーリー(破邪・広範囲異常回復)



「すごっ。 さすがのサラブレッドだなぁ」

「そんなに褒めたって何もでないわよ! そ、それにしたって、カイトはやっぱり魔法使えなかったわね。 残念でした〜」

「むぐっ、気にしてるところを……」

「ふんっ」



 またしてもサラに手痛い精神攻撃を受けていたら、陸と美空がやってきた。



「お前ら、まーたやってんのか」

「もはや日常風景ね。 ん? 何これ、サラが書いたの? 」

「ああ、これ僕のスキルをサラが書き出してくれたんだ。 やっぱりサラはすごいよね」

「え? おい、海斗お前これ読めんの? 」

「あ……」


 そうだった。 二人は会話はできるが、文字を読むことが出来ないんだった。 すっかり忘れていた。

 そうだ、それなら二人の分もサラに書いてもらって、それを僕が翻訳して書き写せばいいんだ。



「ねぇ、サラ」

「何よ」

「二人の分も書いてもらえる? 」

「わかったわ。 カイトへの貸し1つね」

「……なんで僕に……」



 その疑問に答えることなく、サラは棒の先を地面に走らせている。 その文字を僕は隣で書き写した。 二人ともとんでもないスキルレベルだ。



<リク>

 職業:勇者

 雷魔法 8

 風魔法 8

 回復魔法 5

 剣術 10

 ブレイブ(恐怖心克服、パーティ強化、必殺剣)



<ミソラ>

 職業:魔術師 → 賢者

 火炎魔法 9

 氷結魔法 10

 サモン(召喚)



 書き写した僕の字をまじまじと見て、サラが呟いた。


 

「それってあなたたちの世界の文字? 」

「そうだよ。 サラも覚えてみる? 」

「そうね、魔王を倒したら覚えてあげてもいいわ」



 そうだ。 僕たちにはやらなきゃならないことがある。

 あの山の山頂にある魔王城に乗り込み、その主を倒すことだ。


 

 ――あれ?

 そういえば、魔王を倒したら僕たちってどうなるんだろう。 元いた世界はどうなっているんだろう。




 この疑問は、浮かんだ直後に感じた魔物の気配によって頭の隅に追いやられ、思い出すことはなかった。

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