(元)伝説の勇者とバッテリー組んで甲子園目指してみた
ゆゆこりん
第1球 プロローグ(召喚)
蒸し暑い夏のある日、バーガークイーンでの残念会を終えた僕たち三人は、いつものように河川敷を歩きながら家に向かっていた。
「最後の打席でリッくんが打ててたら逆転だったのにね」
「敬遠じゃ、チャンスもクソもないもんな」
「ま、仕方ないさ。 向こうだって勝つためにはなんでもやるさ。 美空も海斗もせっかく応援に来てくれたのに悪かったな」
「謝らないでよ。 陸が一番悔しいのも分かってるつもりだし」
僕が親友と呼べる唯一の男、それが一年にも関わらず東西高校野球部のエースの座を奪ったこの
そして、こっちのちっこいのが
中学3年の時から陸と美空は付き合い始めたようだけど、僕も合わせて3人で過ごすことが多い。 というより、陸の応援に行く美空に付き合わされている。
美空を異性として全く意識したことがないといえばウソになるけど、僕が恋愛を意識し始めた頃には、美空は陸に夢中だった。 もっとも、陸のヤツがホントにいい奴だったから、素直に応援する側に回ることができたわけだけど。
そして僕はというと、ただのゲーム好きで平凡な一般人だ。 まぁ、勉強は得意な方だから高校にはトップの成績で入学することができた。 まだ数回の試験とはいえ、今のところ、”
代わりと言ってはなんだけど、運動はからっきしダメ。 昔からどうにも運動音痴が治らない。 野球なんてもってのほか。 せいぜいよくやる野球ゲーム『スーパープロ野球シリーズ』、所謂『パープロ』ぐらい。
ああ、e-sportsがもっと市民権を得れば、僕の将来はさらに安泰なのに。
「なぁ海斗、夏課題もう終わってんだろ? 見せてくれよ。 大会真っ只中は流石にできなくてよ」
「はいはーい! あたしも見たーい! 」
「ダメだよ、課題はちゃんと自分でやらないと。 休み明けのテストしんどくなるよ? 」
「いけずぅ」
「いけずう〜」
そんな呑気な会話をしながら、明日からの応援の予定がなくなってしまったことを嫌でも実感してしまった。 数日おきにあった、甲子園を目指したあの試合の日々はもう終わってしまった。
二人も同じようなことを考えていたんだろう。 黙りこくった3人の足音だけを響かせながら、国道の大橋をくぐった、その時だった。
パリッ――パリパリッ――!
空気が裂ける音がした。
雷!? 直感的にそう考えた瞬間、目を開けていられないほどの光が辺りを包んだ。
少し体がふわっと浮くような感覚が収まるのと同時に、カビ臭いジメジメとした空気が漂ってきた。 光が収まったかと思えば、今度は煙にまかれて周囲の様子がわからない。
「うぇっ!? ゲホっ」
「リッくん? カイくん? どこ? 」
「ムグっ。 なんだこの匂い……」
手で口を押さえながら辺りを観察していると、煙の切れ間ができて、視界が少しずつではあるが取り戻されてきた。
「お……おい……どこだココ」
「えっ?」
薄くなった煙の先に目を凝らすと、自分が広間にいることがわかった。 そして足元の石畳には、……魔法陣?
わけがわからない。 見える範囲からでも情報を整理しようと、頭をフル回転させようとしたところに、しゃがれた声で話しかけられた。
「よくぞ参られた。 世界を救う勇者たちよ」
偉そうに声をかけてきた人はこの国の王様で、僕たちがここに召喚されてきた経緯を話してくれた。 まぁ、あれだな、マンガとかで最近よく見かける異世界ってやつかな。
――ってことは、もしかして魔法が使える!?
ゲームの世界でしか起こり得なかった『魔法』という概念。 それがまさか自分の手で起こせるのか。
期待がむくむくと膨らんでゆく。 しかし、半日もしないうちにそれは萎んで涙に変わった。 まさに気体が液体に凝縮するように。
…………。
やめたやめた。 やはり僕には魔法なんて必要ない。 僕には魔力を体外へ放出する才能がないとか、適正ジョブが戦士だったりしたからこんなことを言っているわけではない。 全く悔しくなんかないんだ。
他の二人はどうかというと、陸は『勇者』で風魔法と雷魔法を駆使し、美空は『魔導士』として、火炎魔法と氷結魔法を操っていた。 陸に至っては低級とはいえ回復魔法まで使えるという有様。 羨まし……くはないさ。 少しも。 全く。
この世界は、いわゆる魔王軍による侵略の脅威にさらされていて、とにもかくにも魔王を倒さないことには平和が訪れないということだった。
魔王討伐のために僕たちが呼び出されたとのことだけど、流石に今のレベルではやられるのが目に見えている。 チート能力とかあるかと思いきや、そこは地道に鍛錬するしかないらしい。
というわけで、戦闘についてはそれぞれの能力にあった師がつけられ、この世界の事情については王女サラが教えてくれることになった。
サラがこれまた綺麗な人で、回復と支援魔法のスペシャリストだった。年齢も同じくらいで、回復手段に乏しい僕たちのパーティに入ってもらえることになった。
騎士団の実戦訓練は武道の心得がない僕にはかなり厳しく、初めの3日は生傷が絶えなかった。 そんな時に回復魔法で癒してくれたのもサラだった。
騎士団の訓練に参加する傍ら、一人の時間はお城にある書物保管庫に入り浸っていた。 言葉は何故か理解できるけど、文字はただの記号の羅列にしか見えない。
このままではなにかと不便だと、サラや若いお手伝いさんを捕まえては文字の読みと法則を整理していった。 3日もすれば、なんとなくでも意味が理解できるようになってきた。
こうなると、本が読める。 世界のこと、敵のこと、戦術のこと。 一通り漁って、めぼしいことはだいたい頭に叩き込んだ。 もともと暗記は得意だ。 こんなこと造作もない。
そして、読み漁る中で一冊の本に出会った。これのおかげで、運動音痴の僕がようやく戦闘の役に立つ道筋が見えてきたのだった。
『バトルマスターの極意』
タイトルは多少の意訳が入ってるけど、まぁこんな感じ。 この本には、魔力を外に放出せずに体内で循環させることで、肉体を強化する方法が書かれていた。
魔力循環といっても、体内に流れる血を意識して早く循環させるようなイメージだ。 それだけで腕を振り回す速度は上がるし、地面を蹴れば高く跳べる。
これを覚えてから、数日で騎士団長以外は僕の相手にならなくなった。
召喚されてから二週間になろうとするころ、僕たち3人に敵うものは国内にはいなくなり、いよいよ旅立ちの時を迎えていた。
陸は剣も魔法も使うスピード重視の攻撃型、美空は遠距離から威力のある魔法を使う遠距離攻撃型だ。
そして僕は大盾で受け流して、カウンターを入れる戦法に特化した型だ。 そして武器に選んだのはハンマー。 陸が使う剣のように、突いたり、引きながら切ったり、といった細かい芸当が僕にできるとは思えなかったから。
ハンマーはわかりやすくていい。 重さを活かして打つ、これだけ。 魔力循環のおかげで、普段じゃ持てないような重さのハンマーでも振り回せる。
そして、一番後ろに支援と回復を得意とするサラを置いた布陣は、なかなかにバランスが取れているし、戦略系RPGでも鉄板の戦略だと思う。
――こうして、僕たちの魔王討伐の旅が始まった。
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