第15話 このバグ、アップデート案件ですよね

 HPバーが、1ドット以上減った。


 でも、そのダメージ量に、また違和感を覚えた。


「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■!」


「まさか、ね!」


 違和感の正体に気づきながら、俺は再び、リンドヴルムに立ち向かった。


 恐竜よりもさらに巨大な体躯に、俺はハルバード一本で喧嘩を挑む。


 リンドヴルムの前足が、尾が、地面を抉り地形を変える一撃が容赦なく降り注ぐ。


 それを紙一重で避けながら、ドラゴンスレイヤーの一撃を叩き込み、水魔法を浴びせ続ける。


 ハルバードを握る両手に伝わる衝撃。


 超巨大質量の高速移動により吹き荒れる烈風。


 かつてない臨場感と興奮に、でも酔いしれることはできなかった。


 なんだ、この感覚は。何か、大事なことを忘れている気がするぞ。


「クランド殿! 退いてください!」


 バルク元帥が声を張り上げた。


 千人規模の兵士が陣形を整え、得物を手に構えていた。


 弓隊が矢を番え、引き絞っているのを確認して、俺は斜面に避難した。


「放てぇええええええええええ!」


 数百本の矢が、怒涛の勢いでリンドヴルムに殺到する。


 けれど、リンドヴルムの鋼の装甲を破ることは叶わず、矢は全て地面に落ちてしまう。


 HPバーは、こゆるぎもしない。


 それでも構わず、弓隊は矢を放ち続けた。


 リンドヴルムは、矢の雨を、コバエをうっとうしがる人間のように目を細め、睨みつけた。


 次の瞬間、リンドヴルムの口内から、雷鳴が鳴り響いた。


 そのモーションだけで、俺は即座に叫んでいた。


「みんな逃げろ!」

「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■!」


 遅かった。


 リンドヴルムの口内からは、極太の轟雷が無数に枝分かれしながら空を奔った。


 轟雷は大地を抉り、川の水を蒸発させ、兵士の三割が、一瞬で消し飛んだ。


 バルク元帥とルベルト王子の顔には、確かな恐怖が張り付いている。


「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■!」


 八大龍王の咆哮に、残る兵士は、けが人や元帥、王子を置いて逃げ出した。


 あとは、十数人の盾兵が、王子と元帥を守るように、構えているだけだ。


「事実上のタイマンかよ!」


 斜面を蹴って飛び出した俺は、リンドヴルムの横っ面にライガーハートの槍尖を突き刺した。


 HPバーが反応するも、目に見えた現象はない。


 それで、俺は確信した。


「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■!」


 顔にまとわりつく矮小な生き物を振り払おうと、リンドヴルムは頭を振るった。


 再び斜面に着地して、俺は毒づいた。


「あの野郎、バグってやがる……」


 最初から感じていた違和感は、これだった。


 俺のハルバード、ライガーハートは、ドラゴン殺しのドラゴンスレイヤーだ。

 ドラゴン型モンスターには、高いダメージ補正が入る。

 そしてAOLでは【~~殺し】の効果でダメージ補正が入る場合、特有の効果音とエフェクトが入る。


 アバターの背後視点から見た画面ではないから見えないだけかと思ったけれど違う。


 さっきから、効果音もエフェクトも発動していない。


 不自然にダメージが少ないのは、そのせいだ。


 ドラゴン型モンスターなのにドラゴン殺しが無効。

 どう考えても、アップデート案件である。


 こういうことは、時々ある。

 新モンスターや武器で、相性がいいはずなのに、ダメージ量が変わらない。


 後日、プログラム上のミスで、種族や属性が設定されていなかった、と報告されて、次のアップデートに修正されるのだ。


 それに、あの雷撃の威力。どう考えてもオーバーキル過ぎる。

 加えて、ドラゴン殺しが無効でも、ダメージが少なすぎる、設定防御力が高すぎる。

 とんだぶっ壊れ性能だ。


 これは、バランス調整が必要だ。


 仕方ない。クエストを諦めて公式からの発表を……あ。


 ぞくりと、身も凍るような恐怖感が背筋を駆け上がった。


 アップデート。

 いまのこの世界に、そんなものがあるのか?


 まことに残念ながら、アクティヴェイドオンラインの制作会社は、もうサービスを終了している。


 アップデートは、ない。


 俺の推理では、この世界は、サーバー上と俺のパソコン内に存在するアクティヴェイドオンラインのデータと、設定資料集など製作者側の設定に命を与え、本物へと昇華した新宇宙だ。


 もう、地球や制作会社からは切り離された、独自の宇宙と化している。


 なら、それを修正できるのは、それこそ神様だけだろう。


 つまり、もうバグやバランスブレイカーの修正はない。


 しかも、ゲーム時代なら、クエストに失敗してもやり直しがきいた。


 でも、ここは現実の世界だ。


 そんなご都合主義は起こらない。


 ここでリンドヴルムを止められなければ、リンドヴルムは渓谷を抜けて、さらにその先の街や村を、リベリカ王国の人々を襲うだろう。


「っ……おいおい。ぶっ壊れ性能のバグモンスター相手にアップデートとリセット無しで一発攻略しろとかどんな無理ゲーだよ」

 

 間違いなく、史上最難関クエストだ。


 でも。

「だからこそ滾る!」


 もう一度、俺はリンドヴルムに跳びかかった。

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