第13話 流星と雷光のドラゴン、リンドヴルム

 ルベルト王子はドヤ顔を作りながら、周りにも聞こえるよう大きな声で語った。


「私は王子だが世間知らずではない。私も世間の評判は知っている。そして上級冒険者を英雄視する風潮にはうんざりだ」


 鼻から息を抜いて、ルベルト王子は得意げに続けた。


「そもそも、本当に一騎当千の力を持つならばなぜ冒険者などという得体のしれない浮草暮らしをしている? それほどの力があれば士官先などいくらでもあろう」


 声は周囲の兵士たちに、視線は俺に向けて、なおも饒舌になる。


「冒険者などというものは、学も技術もなく、どこにも就職できない落伍者共が行きつく掃き溜め。雑魚モンスター相手に粋がり自身を強く見せる虚飾の世界だ。そんな業界に身をやつす分際で、正統なる王国軍剣術と槍術を身に着け、日々軍事訓練に励む騎士より強いとは片腹痛い。それとも元帥、貴様は元帥の地位にありながら、騎士の魂を軽んじるのか?」


「そのようなことはありません! 我が部下たちは、いずれも誇り高き剣であり盾であります! 王子のおっしゃる通り、冒険者の中には胡散臭い者も少なくはないでしょう。私も、会ったこともない冒険者ひとりひとりをかばいだてする気はありません。しかしながら、クランド殿に限って、我々の期待を裏切るようなことはありません!」


「ふん、こんな男に、兵士千人分の日当を払う価値があるものか」


 どうやら、バルク元帥の言葉は、まるで響いていないらしい。


 すると、バルク元帥はため息をついた後、ジロリと視線を鋭くした。

「王子、父上のお言葉をお忘れですか?」

「王ならば下々の者も尊重しろ、他人に敬意を払えだろ? だからなんだ。そんなもの、私が王になれば関係ないであろう?」

「これまでの発言を、王に伝えますぞ」


 その一言で、ルベルト王子の表情が曇った。

「ぐっ、貴様、卑怯だぞ。告げ口なんて男らしくない」

「なんとでもおっしゃればいい。私は、陛下から貴方のことを任されているのです」

「ちっ、私が王位に就いたら覚えていろ」

「王ですか、なれたらいいですな」


 ルベルト王子は歯を食いしばった。最後に、俺を一瞥してから踵を返した。

「元帥がそこまで言うならいいだろう。此度の戦い次第では、一兵卒として雇ってやる。行くぞ元帥」

「御意」


 一度、俺らに申し訳なさそうな顔をしてから、元帥は王子の背中についていった。


 周りの兵士は、なんとも気まずそうな雰囲気で、近くの仲間たちと顔を見合わせ、ため息をつく。


 設定資料集だと、リベリカ王国の王は名君だけど、息子は馬鹿王子らしい。


 設定に忠実な性格だと思う。


 加えて。

 AOLはモンスターを倒したり、クエストをクリアする、冒険者ライフを楽しむゲームだ。


 いくら活躍しても、軍に仕官して、組織の人間になるイベントは発生しない。


 それもまた不自然な、ゲーム故のご都合主義だ。


 それでルベルト王子は命を得て、歪んだ性格で思ったんだろう。


 そんなに強いのに仕官先がないのはおかしい。

 わかった、きっと本当は強くないんだ。

 と。


「この国の王子って、なんか嫌な人だね」

 いつの間にか、ノエルはすっかり緊張が解けていた。


 眉を吊り上げて、むむっと怒り顔だ。


「元帥の時とはずいぶん態度が違うね」

「そりゃ、最初は緊張したよ。王子様だもん。でも人が黙って聞いていたら、クランドやボクら冒険者のことをバカにして。なんだか、すごく嫌な気分」

「はは、ノエルは正直でいいね」

「よくないよ。クランドはあんなこと言われて怒らないの?」

「ん、俺?」


 そう言えば、別に怒りは湧いてこないな。


 怒りよりも、命を持ったこの世界に感心するほうに忙しかった。


 でも、そうだな。


「うん、考えて見ると、あの王子は酷いね。でも、バルク元帥の話から察すると、王候補は他にもいて、そっちのほうが優位みたいだし、アレが王子になることはないんじゃないかな」

「アレって、でも、クランドは大人だなぁ……」


 ノエルは、ちょっと恥ずかしそうにうつむいた。


 どよめきが押し寄せたのは、その時だった。


 最初に聞こえたのは、けたたましい鐘の音、兵士のどよめきと馬蹄の音。


 そして、渓谷の曲がり角から、騎兵が姿を現した。


「総員戦闘態せええええええい! リンドヴルムしゅうらぁあああああああああああ!」


 馬で駆ける騎兵の悲鳴のあとに、地響きにも似た轟音が響いてくる。


 渓谷の奥から順に、兵士たちのどよめきが濃くなってくる。


 俺はサンドイッチの残りを口に入れると、背中のハルバードをつかんで、一気に引き抜いた。


「下がっていろノエル!」

「うん!」


 ノエルは、一応、腰からアダマントマチェットを抜くも、渓谷の入口へと駆けだした。


 地響きが迫る。

 咆哮が響く。

 空気が震え、振動は強く激しく、そして俺の心臓にまで届く。

 やがて訪れる当然の帰結。

 それは。


「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■!!!!!」


 渓谷の曲がり角から、家を食い破りそうなほど巨大な龍の頭が飛び出した。

 金属質で鎧のような表皮。

 後ろに伸びた二本のツノは、表皮の延長のように伸びたデザインだった。

 暴力的な牙が並んだ口が上下に開き、真っ黒な口内を地獄の門のように広げて吼えた。


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