第11話 実装前にサービス終了した幻のクエスト復活!

「あと、こちらが今回の報酬になります」


 ノエルとプレート交換を済ませると、サテラはカウンターの下から、巨大な麻袋を取りだした。


 両手でつかむそれはずっしりと重そうで、カウンターに置くとジャラリと鳴り響いて、周囲からの注目を集めた。


「ほい、じゃあノエルこれ」

 と、俺はノエルに、金貨袋を指した。


「え え? え!?」

 俺と金貨袋に対して、ノエルはぎくりとのけ反った。そしてすぐに両手を顔の前で振った。

「いやいやいや、これはクランドのでしょ! ボクはクランドが麻痺させたモンスターを一方的に攻撃していただけだし!」

「そうだよ。ノエルが攻撃してノエルが仕留めたモンスターの素材を売って稼いだお金だよ。俺はただパラライズフィールドを唱えてからアイテムボックスに詰めただけだし」

「計算おかしくないけどおかしいよね!」

「おかしくないならおかしくないんじゃないかな?」

 ノエルは、納得できない顔で、う~、と唸った。可愛い。


「わかった、じゃあアイテムボックスによる輸送費として半分貰おう。残り半分はノエルのだよ」

「……まぁ、それなら」

 しぶしぶ、ノエルは頷いた。


「でも、半分でも持ちきれないから、クランドのアイテムボックスに預けさせて」

「俺のアイテムボックスは銀行でも貯金箱でもないんだけど、まあいいや」


 金貨の詰まった麻袋に触れると、俺はアイテムボックスに収納した。


 エントランスにいた一部の男たちが、悔しそうな顔をした。


 きっと、ノエルからお金を巻き上げようと思っていたんだろう。


 Sランク冒険者の俺が預かって、残念というわけだ。


 そして俺は、彼女に囁いた。

「というわけで、さっきペッパーさんに売った素材のお金も、半分はノエルのだからね」

「ひ、卑怯だよクランド。ボクを図ったねっ」

「それはどうかな」


 図った。

 それはもう図った。


 ノエルの性格を考えれば、報酬をやすやすとは受け取らないのは目に見えている。


 だから、ちょっと頭を使わせてもらった。


「犬も食わない喧嘩をしているところ悪いのですが」

「ふ、夫婦じゃないもん!」

 サテラのツッコミに、ノエルは鋭くツッコミ返した。


「クランドさんに、隣国のリベリカ王国軍から直々に指名のクエストが入っています」

「へぇ、クエストの内容は?」


 名指しでの指名。


 これも、ゲーム時代にはなかったイベントだ。


 でも、Sランク冒険者ともなれば、むしろないほうがおかしいだろう。


「八大龍王の一角、流星と雷光のドラゴン、リンドヴルムの誕生が確認されました」

 サテラは声を引き締めそう言った。

「つきましては、クランドさんにはその討伐軍に加わって貰えないかと」


 八大龍王の名前に、俺は喜びで奥歯に力を入れた。


 その名は、実装予定だった新要素のひとつだ。


 実装前にサービスが終了して、戦闘は叶わないと諦めていただけに、内心、興奮してしまう。


 どうやらこの世界は、未実装のデータすら取り込んでいるらしい。


 神様のいたずらかなにかは知らないけど、グッジョブだ。


「あの、サテラさん、八大龍王ってまさか」


 ノエルの質問に、サテラは頷いた。

「はい。千年に一度、八種族のドラゴンの中に生まれると言われる、突然変異体です。その力は伝説や神話に刻まれ、一国を滅ぼすとも言われます。もっとも、最後の記録は千年前。国の規模も軍の強さも現代の比較にはなりませんが。それでも、規格外以上であることは間違いないかと」


 青ざめるノエルは対照的に、俺は鼻息を荒くして頷いた。

「受けるよ。八大龍王と戦うチャンスを逃すわけにはいかないからね」

「言うと思いましたよ。では、手続きはこちらで進めておきますね」

「はい!」

「その代わり、死なないでくださいよ。貴方に死なれると、寝覚めが悪いです」

「大丈夫。Sランク冒険者を信じなよ」


 サテラが満足そうに笑うと、ノエルの暗い声が聞こえた。

「あ、じゃあボクは、ここまでだね……流石に、ボクじゃ足手まといだろうし……」

 落ち込んだ声でうつむくノエル。


 その、しゅんと落とした肩に、俺は手を落いた。


「いや、悪いけどノエルにも来てもらうよ」

「え?」

 ノエルの頭が跳ね上がった。


 目を丸くして、じっと俺の顔を見上げてくる。


「厳しいことを言うようだけど、このままだと君は死ぬ」

 俺は、至極真面目な声を作って言い聞かせた。

「トブルー海岸でも言ったけど、ノエルは力はあっても強くはない。ノエルもそれはわかっている。でも、頭でわかっているのと、心でわかっているのは別だ。きっとノエルは、口ではわかっていると言いながら、俺の手から離れたらこう思うだろうね『確かに戦闘経験は少ないけど、でも36レベルもあるんだからなんとかなるよね』て。その油断から分不相応なクエストやモンスターに手を出して、きっと無茶をする。俺はそういう人たちを見てきたし経験もしてきた」


 それは、このAOLに限らず、多くのRPGで起こる、不運な事故だ。


 高レベルプレイヤーが、レベルだけを見て、あの辺のフィールドは雑魚ばかりだから、なんて甘く見て、ろくな装備も整えずに行く。


 それで、毒や石化の状態異常攻撃を喰らって、毒消しを忘れてパーティーが全滅する。


 レベルに関係なく一定のダメージを受けるトラップに何度も引っかかって、でも回復アイテムを持ってくるのを忘れて全滅する。


 仲間の一人が混乱の状態異常を受けて、でも混乱治癒のアイテムを持っていなくて、仲間の強力な攻撃を受けて全滅する。


 そしてプレイヤーは、己の未熟さを痛感する。


「だから、君が調子に乗らないように、いい意味で、自信を失ってもらうために、リンドヴルムとの戦いについてきて欲しいんだ。もちろん、危険だからノエルはただの見学だし、ダメージを肩代わりしてくれるスペアドールを身に着けてもらうよ。もしもこれが壊れたら、すぐに逃げてね」


 言って、俺はアイテムボックスから小さな人型アクセサリーを取り出した。

それを、ノエルの手に握らせた。


 すると、ノエルの瞳が嬉しそうに緩んで、頭は大きく頷いた。


「うん♪ ありがとうクランド♪」


 その素直な反応に、俺はまた、可愛いなぁ、と思い知らされた。


「あとそうだ。サテラ、今朝受けたクエストだけど、指定通り、モンスター50体倒したから、確認お願いね」

「はい。じゃあモンスターを倒した証拠に、魔核の提示をお願いします」


 魔核とは、モンスターの体内にある、魔力を帯びた骨だ。


 一体のモンスターにつき、ひとつ備えているから、モンスターを倒した証拠としても使われる。


「いや、死体まるごと持ってきているから、また裏庭に行こうか」


 サテラの瞳から、シュガっとハイライトが消えた。


「死体まるごとって……50体の魚介系モンスター全部ですか?」

「うん」


 サテラはカウンター席から立ち上がると、大きく息を吸い込んだ。そして、

「人の話聞きなさいよ!」

 腹の底から響くような声が、エントランス中に響いたのだった。

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