第10話 ノエル、Fランク冒険者に昇格する

 港町トブルーから、始まりの街アマルカンドへ帰る途中。


 大地を駆けるバイコーンの背中に揺られながら、俺は冷静な思考で考え込んでいた。


 商人NPCが、プレイヤーの装備品を売ってくれ、なんて交渉してくるのは、ゲーム時代なら在り得ないことだった。


 これもまた、世界が命をもったことによる、変化なのだろう。


 ノエルのおかげで、ゲーム時代から、NPCにも心があるのはわかった。


 でも、その心はシンプルで、プログラムされた言動しか取ろうとしない。


 NPCは、ゲームのシステムやストーリー上、不都合なことはしないのだ。


 それもまた、ある意味では、ご都合主義と言える。


 でも、生身の人間ならやって当然のことなら、NPCでもやりたいに決まっている。


 大量の素材を手に入れた冒険者がいたなら、ギルドを通さず直接交渉したい。


 レアアイテムを持っている人がいたら、売ってくれと交渉したい。


 今のNPCは、そうした思いを抱くし、実行もする。


 それはいい。


 より強い自我を得て、人間らしくなるのはいい。


 でも、人間らしさは、必ずしもプラスに働くわけじゃない。


 バイコーンの走力を物語るように、顔に叩きつけられる強風に目を細めながら、俺は一抹の不安を覚えていた。


 全てのNPCが人間らしくなったなら、他人への憎しみや嫉妬、そして保身や利益のための行動も、実行に移せるということでもある。


 今までは、プレイヤーが気持ちよくプレイできるよう、NPCの言動は良くも悪くも制限されていた。


 でもこれからは、その制限のない、現実の地球と同じレベルのことが起こり得るかもしれない。


 まして、AOLは、荒くれ者の冒険者や野盗が跳梁跋扈し、倫理も文明も中世レベルでストップしている。


 そのとき、ノエルのように優しい子が、無事でいられるだろうか。


 背中に抱き着いてくる少女の未来を案じながら、俺は少し考えをあらためる。


 ノエルの修行は、もう少し延長するべきかもしれない。



   ◆◆◆



 アマルカンドに戻った俺らは、昼時と言うこともあり、露店で串焼きを買って食べながら、冒険者ギルド会館に向かった。


 食べ終えた串は、近くにゴミ箱がなかったので、アイテムボックスに放り込んだ。


 ノエルは「アイテムボックスの無駄遣い!?」と驚いていた。

 



 入口のスウィンドアに両手をかけて、左右に押し開けた。


 途端に、男たちの賑やかな声が溢れてくる。


 まるで宴会場だ。


 冒険者ギルド会館のエントランスは、酒場になっている。


 そこで冒険者たちは、クエストを始める前に食事をしながら作戦会議を開き、クエストが終われば、打ち上げをするのだ。


 ウッドフロアに並べられた丸テーブルの間を抜けて、俺とノエルは、買取査定カウンターを目指した。


「サテラ」

 眼鏡をかけた美人に話しかけると、サテラは手のかかる生徒を見つけた教師みたいな顔をした。

「おや来ましたね、クランドさん」

「今日は変なものは持ち込んでいないよ。クエスト達成の報告だよ。あと、昨日の査定済んでいる?」

「ええ、わかっていますよ。ただ、そのことでちょっとご相談が」

「相談?」

「はい。実は素材の量が多すぎて、このままでは市場に商品が溢れて価値が暴落してしまうのです。価格統制のために、素材を少し寝かせるので、こちらとしても保管料などの経費がかかります。なので、少しお安くして頂けないかと」


 供給過多による価格暴落。

 価格統制のための供給管理。


 どちらも、ゲーム時代には在り得なかった。

 けれど、現実世界なら起こって当然だ。


 ペッパーは、きっと、商品が大量にあることを隠してうまいことさばくんだろう。


「う~ん、安くですかぁ……」


 俺は金に困っていない。

 別にそれでもいいけど、ここはあえて困った顔をする。


 俺も大人だ。

 相手の条件をやすやすと飲むほどお人よしじゃない。すると。


「その代わりと言ってはなんですが、ノエルさんをGランクからFランクに昇格したいと思います」


 さらりと言ったサテラの言葉に、ノエルは驚いた。

「え? でもまた、クランドがモンスターたちを麻痺させてくれたおかげなんだけど」

「今、ノエルさんのレベルはいくつですか?」

「36です」

「戦闘経験が少なくても、30レベル代ならFランクでも申し分ないでしょう。正面からの力圧しでも、たいていのモンスターは倒せます」

「なら、俺はOKだ。ノエルは?」

「ボクは全然いいよ。むしろFランクになってもいいのかなって、困っちゃう」

「本人もこう言っているし、交渉成立だね。じゃあサテラ、頼むよ」

「はい」


 サテラは、カウンターの下に手を入れると、そこから、【G F】と刻印された、黒鉄のプレートを取り出した。


「では、古い冒険者プレートはこちらで回収させてもらいますね」

「あ、はい」

 ノエルは、僅かに緊張した面持ちで、胸元から冒険者プレートを取り出した。


 黒鉄で【G  】としか刻印されていないプレートだ。


 どうしてFランク冒険者のプレートにもGと刻印されているかと言えば、Fランクプレートがなくても対応できるようにだ。


 つまり、Fランクプレートの在庫が無いときは、そのままGランクプレートに追加でFと刻印することで、対応するわけだ。


 そのため、Fランクプレートは、GとF、両方のアルファベットが刻印されている。


「あと、こちらが今回の報酬になります」


 ノエルとプレート交換を済ませると、サテラはカウンターの下から、巨大な麻袋を取りだした。

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