第9話 商人NPCの取引

「もし、そこのお二人さん」


 振り返ると、そこには身なりの良い、商人風の中年男性が立っていた。


「貴方は?」

「申し遅れました。私はこの街で商会を営む、ペッパーというものです」


 あー、そういえばいたな、こんなNPC。


 会話はほとんどないけれど、港町トブルー最大の商会の会頭が、こんなキャラだった。


「先ほどの戦い、拝見させていただきました。不躾な話ではありますが、よろしければ今のモンスターの素材を売っていただけませんか?」

 ペッパーの口角に、笑みが浮かんだ。


「いや、残念ですけどこれは討伐クエストでね。倒したモンスターはギルドに引き渡すんですよ」

「討伐系クエストなら、最低何体という指定があるでしょう? 余剰分は構わないでしょう。それに、私ならギルドよりも少し高く買い取りますよ?」

「どういうこと?」

 ノエルが、小首をかしげて口を挟んできた。


「つまりですな、冒険者が討伐したモンスターの素材を冒険者ギルドが買い取り、冒険者ギルドは我々商人に売りつけます。冒険者ギルドが金貨100枚で買い取ったものを我々に金貨130枚で売れば、ギルドは金貨30枚の儲けになるわけです。だからそこは、ギルドを通さず、直接私が金貨110枚で買い取れば、貴方は高く売れる、私は安く売れる、WINWINの関係という奴ですよ」


 媚びるような声と表情のペッパーが出した提案に、俺は少し迷った。


 それっていいのか?


 いわゆる、闇営業、という奴のような気がしてならない。


 でも、商人と直接取引しちゃいけないなんて決まりは無いし、ゲーム時代にも、NPCから直接依頼をされることはあった。


 それに、このまま大量の魚介系モンスターをギルドに持ち込めば、サテラに怒られそうだ。


「俺はいいけど、ノエルはどうする? 仕留めたのはノエルだ。ノエルが決めてくれ」

「え? じゃ、じゃあボクも、クランドがいいならいい、かな」

 突然選択権をパスされて、ノエルは戸惑いながらも、頷いた。


「では、商談成立ですな。ささ、私の商会へ」

 言って、ペッパーは上機嫌な足取りで歩き出した。



   ◆◆◆



 ペッパーの商会は、プレイヤーとして何度も利用したことがある。


 ただし、商会の中にまで入ったのは、これが初めてだった。


 プレイヤーが入れない建物の中は、どういう基準で構築されているんだろう。


 少し気になって、内装を観察しながら、奥の解体作業場に通された。


 大商会だけあって、作業場は体育館のように広く、天井も二階分はある。


 人の姿はない。


 ギルド会館のように、常日頃からモンスターの解体作業をしているわけではないらしい。


 俺は、ペッパーにせがまれて、アイテムボックスからモンスターの死体を次々取り出した。


「おぉ、すばらしい! 前に一度拝見しましたが、アイテムボックスとは便利なものですなぁ。私も欲しい限りです」

「確かに便利ですね。それで、査定にはどれぐらいかかりますか?」

「いえ、見たところ、どれも状態がいいので、すぐに計算できますよ。魚型モンスターは……雷魔法で焼けているので、刺身にはできないことを前提に計算します」

「まぁ、ですよね」


 ここも、ゲームとは違うな。


 ゲーム時代は、どんな攻撃方法で倒しても、得られる素材の品質は一定だった。


 けど、ゲームだからとぼやかされていた部分が、全て現実的になっている。


 あらためて、このアクティヴェイドオンラインの世界は命を持ったのだなぁ、と感心させられた。


 それから、提示された金額に俺は満足して、ペッパーは即金で払ってくれた。


 でも、商談が完了した途端に、ペッパーは猫なで声を出した。


「それでですね、クランドさん。ものは相談なのですが」


 何かいやな予感を感じて、俺は身構えた。


「その腕輪を売っていただけませんか?」


 ペッパーが指をさしたのは、ノエルが手首につけている、自動MP回復の腕輪だった。


「それはSレア級の装備。Sランク冒険者のクランドさんが、彼女に貸しているものとお見受けします。どうでしょう、その腕輪を、この金額で」


 ペッパーが提示したのは、家を買える金額で、Sレア級の装備であることを考慮しても、十分な金額だった。


 俺の隣で、ノエルが凍り付いている。実に庶民的な反応だと思う。

 でも。


「その商談には応えられませんね。ペッパーさんには残念ですが、おっしゃる通り私はSランク冒険者です。金には困っていないし、むしろレア装備こそが私の欲しいものです。私、コレクター気質なので。たとえ世界中の富を積まれても、レア装備は渡せませんよ」


 俺の強い意志を感じたのか、ペッパーはそれ以上は食い下がらなかった。


 少しの間の後に息をついた。


「それは残念です。では、またご縁がありましたら」


 ペッパーは営業スマイルで、俺らを近くの裏口から外へと案内してくれた。


 行きは正門でも帰りは裏口。


 ただ近いからなのか、それとも、腕輪の売却を断られた腹いせか。悩むところだ。



   ◆◆◆



 港町トブルーから、始まりの街アマルカンドへ帰る途中。


 大地を駆けるバイコーンの背中に揺られながら、俺は冷静な思考で考え込んでいた。

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