第6話 モンスター素材の査定
眼鏡をくいっと上げながら、査定係のサテラは眉間にしわを寄せた。
サテラは金髪で、ウエーブヘアーを後頭部でまとめた美人さんだ。
「またって、そんな言い方ないだろ?」
「以前、グランドフィッシュを9999体まとめて持ってきたときのこと、忘れたとは言わせませんよ」
「あ~、そんなこともあったなぁ」
「貴方は街中を魚臭くする気ですか!」
のほほん、と答える俺に、サテラは眉を吊り上げて抗議した。
「まぁ、あの時は不思議と異臭事件にはならなかったからいいですけど」
そりゃ、ゲーム時代に魚の匂いは設定されていないからな。
「安心してよ。それに今日は俺じゃなくて、ノエルの獲物だし。俺はただの付き添い」
「あ、そうでしたか。じゃあノエルさん、モンスターの素材を見せてください」
サテラはにっこり笑顔を作って、ノエルに向かって手を出した。
けど、サテラは俺らが裏庭に移動した理由を忘れているらしい。
ノエルも、申し訳なさそうに頬をかいた。
「えと、じゃあクランド、お願い」
「うん」
俺は、アイテムボックスから、トレントとキラーホーンの死体を一気に吐き出した。
「なぁあああああああああああ!?」
絶叫するサテラの目の前に、モンスターの山がずどどどどどっ!という勢いで現れた。
やや間を置いて、二つの小山はぐらりと傾いて、ぐしゃりと崩れた。
周りの解体職員は、雪崩に巻き込まれないよう、声を上げて逃げ出した。
「じゃあ査定お願いねサテラ」
「結局前と同じじゃないですか!」
サテラは、人差し指で俺の額をびしびし突きながら檄を飛ばしてくる。
冒険者ランクに関係なく平等に厳しいサバサバとした女性。設定資料集通りの性格だ。
「同じじゃない。トレントとキラーホーンに匂いはないからな」
「そういう問題じゃありません! ああもう今日は徹夜確定ですよ。換金はもっとこまめにお願いします」
「クランドのアイテムボックススキルって無茶苦茶だよね」
ノエルが辟易とした息をついた。
「でもサテラ、これはノエルが今日一日で仕留めたモンスターだよ」
「え? ノエルさんが? ノエルさんて確かGランクじゃ」
「も、もちろんボク一人の力じゃないよ。クランドが敵を全部麻痺させてくれたし、いい武器とかアイテム貸してくれたから!」
変な汗をいっぱいかきながら、ノエルは両手を振って言い訳を始める。
「でもレベル、かなり上がったんじゃないですか? ステータス、見てもいいですか?」
興味深そうに、くいっと眼鏡の位置を上げながら、サテラはノエルに顔を近づけた。
「う、うん、いいよ」
「では早速」
言うや否や、サテラは鑑定魔法を発動させた。
鑑定魔法は対象の情報を知ることができる高位魔法だ。
プレイヤーが覚えることができるのは割と後で、初心者は鑑定グラス、というアイテムでモンスターの情報を知るのが一般的だ。
俺も、AOLを始めたばかりの頃はアイテムに頼りきりだった。
でも、回復魔法を覚えてからは薬草を使わなくなって、自動MP回復の腕輪を手に入れてからはエーテルを使わなくなって、鑑定魔法を覚えてからは鑑定グラスを使わなくなった。なんだか昔が懐かしい。
「25レベル……強さだけならEランク級ですね。クエストに成功したわけではありませんし、このモンスターもクランドさんの助力あってのものなので、今回は昇格できません。ですが、このレベルなら近いうちに昇格できると思いますよ」
「ほんと、やった。ありがとうクランド♪」
ノエルは子供っぽくはしゃいで、ぴょんとちっちゃく跳びついてきた。
現実の女性とは違って、あざとさのない、リアルに可愛い仕草だった。
やや小柄な体で俺の腕に抱き着いてくる姿には、不覚にもキュンときてしまう。
あと、大きな胸の感触が気持ちよい。
「二人は付き合っているんですか?」
「ッッッッ~~~~~~!?」
ぼふん、と頭から煙を噴き上げる感情エフェクトを起こしながら、ノエルは声にならない悲鳴を上げて体を固くした。
腕もぎゅぎゅぎゅっと締まって、もう俺の左腕は、彼女の豊満な胸の間に、完全に挟み込まれ埋まっていた。
俺としては願ってもない状況なのだけど、それとは別に、感情エフェクトはそのままなんだなぁ、と思った。
AOLのグラはリアル志向の反面、感情エフェクトは、ややアニメチックなところがある。
「付き合っているわけじゃないよ。一時的にパーティーは組んでいるつもりだけどね」
俺がそう答えると、ノエルも肯定するように、ぶんぶんと首を縦に振ってから、俺の肩口に顔をうずめて可愛い表情を隠してしまう。
ちょっと残念だけどこれはこれで可愛い。
「ですか。では、素材の数と品質を確認するので、料金のお支払いは明日になります」
「オーケー。じゃあ、今日はもう遅いし、俺は家に帰るよ」
俺はこのアマルカンドに、自分の家を持っている。
家を買うと、ベッドでいつでもHPとMPを回復できるし、部屋を自由にコーディネートして楽しむこともできる。
「ノエル、また明日、ここに集合でいいかな?」
「え? 明日も付き合ってくれるの?」
「当たり前だろ。昇格もしてないのに強くなったなんて言えないよ。ノエル、宿は?」
「ボクは街の冒険者向けの部屋を借りているよ」
「じゃあ途中まで送るよ」
「うん、ありがとうね、クランド」
早速査定作業に没入しているサテラを残して、俺とノエルは、裏口から、冒険者ギルド会館に戻った。
そうしてクエスト掲示板の前を通り過ぎようとして、俺はある張り紙に目を止めた。
●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●● 引き続き読んでいただきありがとうございます。
本作を気に入っていただけましたら、別作の
『闇営業とは呼ばせない 冒険者ギルドに厳しい双黒傭兵』
もオススメです。
最強の冒険者が、ギルドを通さず、クエストを受ける一話完結型ストーリーです。
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