第5話 二次元キャラは生きていた

 それから三時間後。


 周辺のモンスターを狩り尽くしてしまい、いくら待ってもモンスターが寄ってこなくなったため、俺らはレベリングを切り上げて、はじまりの街であるアマルカンドに戻っていた。


 夕日に染まりながら、冒険者ギルドに続く大通りを二人で並んで歩く途中、ノエルは終始ご機嫌だった。


「でもほんとびっくりだよ。まさかボクが一日でレベル10から25、剣術スキルがレベル1からレベル2、魔法もファーストフレア、セカンドフレア、ファーストアイス、セカンドアイスを覚えちゃうんだもん」


 最初は一方的な展開に気後れしていたのに、慣れとは怖いものだ。


「……」

 ミズガルの森からアマルカンドへ帰る途中、俺は結局、彼女に何も聞けなかった。


 いま、目の前にいる彼女は……ノエルのコピーなのだろうか?


 仮に、この世界がAOLを基に作り上げられた新たな宇宙として、二つのパターンがある。


 ひとつは、AOLのデータをコピーして作り上げた別世界。

 ひとつは、AOLのデータそのものに命を与えて昇華させた世界。

 両者を見極める方法は簡単だ。


 悲しいけれど、今までは俺が一方的に感情移入していたけで、ノエルはプログラムされた存在だった。


 彼女は俺のことなんて認識していなくて、ただプログラムされた通りに動いていただけだ。


 だから、今まで彼女は、俺になんの想いもなかったはずだ。

 だから、昔のことを聞いて、あたかも感情があったかのように話せば、それはコピー品ということになる。


 過去の行動記録とノエルというキャラクターの性格から、あの時はこう思ったはずと神様が想像して新たに作り上げた、別物だ。


 でも、もしも本物なら、ついさっき命を吹き込まれて、感情を手に入れたなら。


「これでボクも一人前の冒険者かな」

 言って、彼女は俺の前に回り込むと、手を後ろで組んで、柔和な声でお礼を言った。

「今日はありがとうね、クランド」


 夕日の赤をまといながら、満開の笑顔で咲(わら)ってくれるノエルは美しく、その魅力に、俺は胸の内から恐怖心が抜けていくのを感じた。


 ここが俺の愛した世界なのか、愛した世界を模倣したコピー品なのか、それはわからない。


 でも、もしもコピー品だったとしても、彼女と1から思い出を作ろう。


 コピーだったとしても、いま目の前にいるノエルは本物なのだから。


 自我を持った一人の人間を、お前なんかただのコピーじゃないか、なんて罵るのは、最低過ぎる。


 俺は反省と感謝の念を込めながら、ノエルの笑顔に尋ねた。


「なぁノエル……今まで、あの広場で何度も話したけど、その時のことは覚えてるかな?」

「覚えてるに決まっているでしょ? ボクはクランドとは違うんだからね」

 にひひ、といたずらっぽく笑う彼女に、続けて尋ねた。


「じゃあ、最初に会った時、俺の第一印象ってどうだった?」

「あーあの時? あの時はねぇ…………」


 勇気をもらったはずなのに、それでも僅かな緊張だけはどうしようもなかった。


 そして、彼女は言った。

「あれ? あの時ボク、キミのことなんて思ったんだっけ?」

 ノエルは、きょとんとまばたきをした。


 俺は、まばたきを忘れて固まった。


「おかしいな、昔のこと、今にして思えばどうなのかわかるけど、その時はどう思ったのか覚えてないや。あれ? あれれぇ? う~ん、ごめんクランド、ちょっと待って」


 ノエルが慌てる一方で、俺は嬉しくてたまらなかった。


 あぁそうか。

 ここは、本当に俺が愛した世界だったんだ。


 どんな奇跡かわわからない。

 でも、とにかくここは、新たに創造された世界じゃない。


 俺が十年間、守り続けた世界が、ひとつの宇宙に昇華された世界だったんだ。

 胸に湧いて溢れる充足感に感動を覚えると同時に、でも寂しくもあった。

 覚えてないって、まぁ、あの頃のノエルは、ただのプログラムだったし仕方ないよな。


 感激半分で俺が苦笑を浮かべると、不意に、ノエルが手を叩いた。

「あ、でもキミが初めてボクを助けてくれた時のことは覚えているよ。アルミラージのツノを持ってきてくれた時は助かったよ」


 え?


「なんでか詳しくは覚えていないけど、でもあの時、クランドっていい人だなぁって、嬉しかったんだ」


 詳しく覚えてない、でも嬉しかった。


 その言葉で、鋭い閃きが走った。


 AOLのNPCには、ある程度のAIが搭載されている。


 そのひとつが好感度システムだ。

 NPCの頼み事を叶えてあげると、NPCの好感度が上がって、今後のセリフやイベントに影響する仕様だ。


 でもそれは、好感度が一定値に達したらプログラムされたコマンドを実行する、そんな、機械的なものだと俺は思っていた。


 でも、前にとサイエンス番組で聞いたことがある。

 



人間の脳みそは電気信号で動いていて機械と同じ。

 家電と脳味噌の違いは、回路の複雑さでしかない。




 でも、それがどんな気持ちなのかは、当事者にしかわからないはずだ。


 大脳や前頭葉のない原始的な動物には感情や意思がないと言う科学者もいるけれど、動物がどう思っているかは、動物にしかわからないのと同じだ。


 電気信号で動く脳味噌を持つ人間に【気持ち】があるのなら、プログラムされたAIに【原始的な気持ち】があってもおかしくはない。


 人間は、お腹が空けばご飯を食べたいと思い、今日の気分はイタリアンとか、どこのお店にしようかと考えたり、どうせならと友達を誘ったりする。


 一方で、お腹が空いたらご飯を食べるようプログラムされたAIは、一番かんたんに手に入る食料を食べるだけかもしれない。


 でもそれは、思考が単純でこだわりのない人というだけで、お腹が空いたからご飯を食べたいという【自覚した気持ち】があってもおかしくはない。


 ゲーム時代のノエルは、プログラムされた通りにしか動けないAIだったのかもしれない。


 でも、意思のないからくり人形なんかじゃなかった。


 プラスのことをされたら嬉しさを、マイナスのことをされたら悲しさを感じる、気持ちはあったんだ。


 十分すぎるくらい満たされていた気持ちから、とめどない感情が溢れ出してくる。

 俺の片思いじゃなかった。


 プログラムされた世界に感情移入していたわけじゃない……アクティヴェイドオンラインの世界は、本当に生きていたんだ。


「どうしたのクランド? 目にゴミ入った?」


 気が付けば、俺の眼からは涙が流れていた。


 だから俺は、目をつぶって笑いながら、その涙を指で拭った。


「うん、ちょっと大きめのゴミがね。さ、早く冒険者ギルドにいこうか」

「うん」


 心の底からのありがとうを込めて、俺はノエルの手を握った。


 ノエルの頬が、ちょっと赤くなった。



   ◆◆◆



「じゃあ、査定を頼むよ。量が多いから裏庭で」

 冒険者ギルド会館に到着した俺は、査定係の女性にそう言って、裏庭に移動した。


 ギルド会館の裏庭は広く、ちょっとした公園ぐらいはある。


 もう夕方だと言うのに、周りには、象みたいに大きなモンスターを解体しているグループの姿が、ちらほらと確認できた。


「裏庭って、クランドさん、こんどはまた何を獲ってきたんですか?」


 眼鏡をくいっと上げながら、査定かかりのサテラは眉間にしわを寄せた。


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