第2話 二次元キャラに会えました
「そんなに見つめられると恥ずかしいんだけど」
目の下をほんのりと赤く染めながら、申し訳程度に文句を言う女の子の顔があった。
亜麻色の髪を右側にまとめて肩に垂らしたサイドテールを指先でいじり、気持ちを落ち着けようとする仕草の可愛い、優しい顔立ちの子だ。
彼女の姿に、俺は長く唖然とした。
決して、彼女の愛らしさに見惚れたわけじゃない。
いや、確かに彼女は可愛かった。それも、とびきり可愛い女の子だった。
視線を下ろせば、プロポーションもかなりイイ。
身長は一五五センチとやや小柄だけど、手足はスラリと長い。
バストは88センチのFカップで、ウエストは56センチ、ヒップは87センチの恵体で、年齢制限付きの同人誌は何十冊も出ている。
どうして俺が彼女の個人情報に詳しいのか。
どうして彼女の同人誌なんてものが出ているのか。
それは彼女、もとい、ノエルがオンラインRPG【アクティヴェイドオンライン】のチュートリアルキャラで、設定資料集に彼女のデータが載っているからだ。
そして、俺が最後に話しかけ、最後までパソコン画面に残した少女であった。
え?
慌てて、周囲に視線を巡らせた。
石畳の地面。
花壇の花を愛でる少女、ベンチに座る老人。
中央で水を噴き上げる噴水にたゆたう水鳥。
そして娘のことが可愛くて仕方ないトーマスや商人のジョン。
さらに視線を横にずらせば、脚本家のポーリーや駆けだし冒険者のスパンクに、冒険者を志す少女リリの姿を望めた。
リリの父親であるサンソンが迎えに来て、彼女は肩車をされながら帰っていく。
持ち上がったまぶたが下がらない。
ゲーム世界転生。
そんな単語が、頭をよぎった。
いつの間にか止まっていた呼吸を肺から抜いて、俺はノエルに話しかけていた。
「あの、ここどこ?」
俺の問いかけに、ノエルは不機嫌そうに頬をふくらませた。
「もう、いまさら何を言っているのさクランド。ここはアマルカンドの中央広場でしょ。Sランク冒険者なのに自分の拠点も忘れちゃうなんて冗談面白くないよ」
クランド?
アバターの名前を呼ばれて、自分の姿を確認する。
ファンタジー世界には似つかわしくない、コート姿に眼鏡、けれど背中の重みに振り返れば、肩からハルバードの柄が伸びていた。
「急に近づいてきたと思ったら何も言わずにじっと見つめてきて、なんなのもう」
まだ少し赤い顔で、ノエルはいじけるように視線を逸らした。
「えと、なんで俺の名前知ってるの?」
「うわぁ、今のはけっこう傷つくなぁ……キミが駆け出し時代、いろいろ教えてあげたのに。でもそうだよねぇ。クランドは今やSランク冒険者だし、ボクみたいな最底辺のGランク冒険者のことなんて忘れちゃうよねぇ」
な、なんなんだ? この初々しくも生々しい反応は。
ノエルは、結構な頻度でこの広場に現れるNPCだ。
話しかけると、街の外やモンスターの情報を教えてくれて、その後で、冒険者として頑張る旨のセリフをランダムに喋る。
また、冒険者ランクが上がってから話しかけると、最初の一回に限り驚きと祝福の言葉をくれることから、プレイヤーの間では結構、人気がある。
可愛くてスタイルも抜群過ぎるせいか、同人誌のネタにもされているし、俺も少なくない数を持っている。
ていうか、同人誌のネタになっている当人が目の前にいるとなると、急に罪悪感が湧いてくるな。
まぁ、そんな下世話な話は置いといてだ。
NPCは、AIのおかげで、ある程度なら話しかけたプレイヤーに合わせた反応をすることができる。
けど、この子は、明らかに俺個人を認識して喋っている。
「ていうか、これでもクランドがGランクの頃から昇格のたびに一応お祝いしてあげているんだから、いい加減覚えてよね。まぁ、昇格おめでとうなんて色んな人に言われているんだろうけど」
うらめしそうに見上げてくる彼女の視線に、俺は慌てて取り繕う。
「あはは、ごめんごめん、冗談が過ぎたかな。君を忘れるわけないだろ。マロース村出身で武器はマチェットの二刀流。レベル10で好きな食べ物はハチミツパンのノエルちゃん」
「あれ? ボク、クランドに出身なんて教えたっけ?」
ぎくり、と狼狽えた。
ノエルの出身地は、設定資料集にしか載っていない。
ゲーム中に、彼女の出身地に関する会話イベントはない。
「え、いや言った言った。じゃないと俺が知るわけないだろ?」
「む~、まぁそれはそうだよね……うん、ボクのことを忘れていないようなので許してあげます」
腰に手を当てて、何故かちょっと偉そうに、おっきな胸を張る。
画面越しとは違って、生々しい立体感と肉感に、不覚にも下半身がうずきかけた。
男性由来の欲望は抑えつつ、あらためて、ノエルをためつすがめつ観察した。
アクティヴェイドオンラインのグラフィックは、アニメ調ではなく、リアル調のソレだ。
おかげで、こうしてノエルが動いていても、等身大フィギュアが動いているというよりも、2・5次元コスプレイヤーを前にしているようだった。
つまり、ここがAOLのコスプレ会場か、壮大なドッキリである可能性は捨てきれない。
AOLは、俺の愛した世界だ。
俺にとってのセカンドライフワールドだ。
そのAOLのサービスが終了した今、その世界に転生したとなれば、こんな嬉しいことはない。
でも、年齢が年齢だけに、簡単には受け入れられない。
子供の頃は怖かったお化けには、結局一度も会っていない。
都市伝説や学校の七不思議は全部試してみたけど、何も起こらなかった。
これだけ天文学と観測技術が進んでいるのに宇宙人は見つからないし、ネッシーやイエティも発見できない。
超能力は全部手品師が、霊能力は全部メンタリストが、それぞれ同じことを再現できてしまう。
だから知っているしわかってる。
この世にファンタジーなんて、存在しない。
そこで、自分のステータス画面を【開いて】みた。
鈴のような音が鳴って、空中にウィンドウが開いた。
そこには、紛れもなく、俺のアバターであるクランドのデータが表示されている。
タブから装備やアイテムを指先でタップすると、画面が切り替わる。
空間に投影される画面。
こんなものは、今の技術じゃ作れない。
だからここは、とりあえず現実ではない。
続けて、夢かどうかの判断だ。
頬をつねるのが鉄板だけど、痛みを伴う夢もあるから確実性に欠ける。
そこで、左手の指に右手の指を押し当ててみる。
夢なら、互いの指がすり抜けるらしい。
でも、俺の指先は、指の腹に食い込んで、ぎゅっと皮膚を圧迫した。
爪が真っ白に染まるくらい力を入れても、すり抜ける様子はない。
現実じゃない、夢でもない……なら、もしかして本当に。
「ちょっとクランド!」
「え?」
顔を上げると、またもノエルが不機嫌になっていた。
むむっと両眉を吊り上げて、可愛い怒り顔で見上げてくる。
「急にキョロキョロしたりステータス確認したり指に指を押し当てたり何しているの? ボク、おいてけぼりなんだけど?」
「わ、悪い悪い。ノエルをバカにするつもりはまったくないんだ」
「ほんとかな?」
「ほんとほんと。Sランク冒険者の俺を信じて。今までこの世界の危機を何度も救ってきたんだから。そんな俺が人の嫌がることをするわけないだろ?」
ちょっと冗談めかして、わざとらしく笑顔を作ってみた。
なのに、ノエルの眉はかくんと八の字に落ちた。
「はぁ……会ったばかりの頃はボクと同じGランク冒険者だったのに、どこで差がついたのかなぁ……」
そんなことを言われると、なんだか申し訳なくなってしまう。
ノエルは、プレイヤーよりもちょっと早く冒険者家業を始めた女の子、という設定だ。
後輩だと思ってチュートリアルしてあげていた人が、自分の遥か先に……立場が逆なら、俺だってやるせない気持ちになるだろう。
彼女の同人誌を買っていた罪悪感も相まって、何か、彼女に罪滅ぼしをしたいと思った。あと、推しメンキャラと一緒に居たい、という下心も手伝い、俺は提案した。
「じゃあさ、一緒にレベリング、してみよっか? 今の俺なら、ノエルの役に立てると思うんだけど……」
顔色を窺うような物言いに、ノエルはきょとんとまばたきをした。
「……いいの?」
きゅっと唇を結んで、両手を股のあたりで重ねてから、遠慮がちに確認してきた。
控えめな上目遣いが可愛い。
「もちろんだよ。前は随分と世話になったし、今度は俺が助ける番だよ」
俺がそう言うと、ノエルは借りてきた猫みたいにしおらしい仕草で、何度も俺の顔を見上げてくる。
それから、ほにゃっと頬をゆるめて笑ってくれた。
ふたつのつぶらな瞳が、やさしく弧を描く。
「うん。じゃあお世話になっちゃうね」
カワイイ!
これが夢なら覚めないで欲しい。
ファンタジーでもなんでもいいから、ゲーム世界転生であってほしい。
心の底から、そう願った。
「じゃあまず確認だけど、ノエルってマチェットの二刀流だけど、他に攻撃方法ある?」
「ううん、ないよ」
マチェットは、剣と斧を合体させたような武器だ。
外見は片刃で肉厚なショートソードに見えるし、ダメージ計算には剣術スキルが使われる。
その反面、攻撃の種類は斬撃ではなく、斧と同じ割撃に分類される。
割撃は、【硬い特性】を持つ敵と、【植物型モンスター】に大きなダメージを与えられる攻撃だ。
でも、始まりの街であるここアマルカンドの周辺には、【硬い特性】を持つ敵や、【植物型モンスター】はあまり出ない。
そうなると、マチェットの特性は活かせない。
「よし、じゃあまずノエルは攻撃魔法を覚えよう」
途端に、ノエルの表情が曇る。
「いや、魔導書高いし、そんなお金持っていないよ……」
魔法を覚えるには、魔導書という使い捨てアイテムを使う必要がある。
炎の魔導書を使うと、炎の第一階梯魔法を覚えられる。
でも、魔導書は極めて高価で、ダンジョンでもレアアイテム扱いだ。
もっとも、ガチプレイヤーで夏のボーナスと貯金を全部課金に突っ込んだ俺は、全ての魔導書を100冊以上持っている。
アイテムボックスから魔導書を【呼び出し】て、ノエルに差し出した。
「俺があげるよ。ほら、まずは炎の魔導書」
「え? そんな悪いよ」
「いいから遠慮しない」
顔の前で手を振って断るノエルの両手に、ぎゅっと魔導書を押し付けた。
「お、お金はいつか絶対払うからねっ」
ちょっと語気を強めながら、ノエルは魔導書を開いた。
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