第292話

 私――アリシア・アップトンにしかできないと思った。


 一応機能として存在する事はエイミーから聞いていた。それがとりあえず趣味としてつけた程度のであるということも含めて。実際に成功するかは万分の一の可能性。もちろん練習なんてしていない。けれど今がその時だ。だってレイナ様が泣いているのだから。


「合体開始!」


 私の〈ミラージュレイヴン〉を中心に合体フィールドを形成。〈リューヌリュミエール〉ユニットを利用した空間の魔力安定……よし!


「行きますよアリシア!」

「はい!」


 ディラン殿下の〈ストームロビン〉を先頭に、四機の魔導機が合体フィールドへと突入してくる。それぞれが変形あるいは展開し、次々に〈ミラージュレイヴン〉へと接続される。


 花壇で私に話しかけてくださった、お優しいライナス様操る大柄な〈ロックピーコック〉は変形して下半身に。周囲の貴族令嬢の方との間を取り持ってくださった、明るく気さくなパトリック様の〈ブライトスワロー〉は鎧のように。


 私の料理を褒めてくだされ、ぶっきらぼうに見えて研究会でも親身に接してくれるルーク様の〈ブリザードファルコン〉は左腕に。そして私が憧れた夢のエンゼリアの象徴であり、少しもその輝きが色あせることないディラン殿下の〈ストームロビン〉が右腕に。


「「「「「五体合体〈グレートエンゼリアファイブ〉ッ!!!」」」」」


 まるで統一感のない五色の見た目だ。けれどその心の中は、レイナ様を護りたいという一つの信念で構築されている。皆さんがレイナ様を愛しているのは存じ上げています、けれどどうか今だけは私に力を……!


「ほう、五体合体か。まったくエイミー・キャニング君はこの世界の未開人とは思えない逸材だな」

「エイミーの研究をあなたの野望と一緒にしないでください!」

「アリシア・アップトンか。やはり厄介な物だな主人公補正というやつは。だが神の力の前には無力! 《サウザンドソード》!」


 迫りくるのは無数の剣。一瞬にして創造されたそれは、びっちりと空間の隙間すらない。


「ここは僕に任せてもらおう! ライナス!」

「わかっている。《造形》せよ、剣!」


 ライナス様の魔法で造り出された剣が、〈グレートエンゼリアV〉の右手に握られる。


「良い剣だ。《光子剣》! てやあああっ!」


 気合一閃。同じ魔導機に乗っている私もわからないくらいの神速の剣技で、迫りくる剣を次々に斬り捌く。


「何っ!? ではこれならどうだ。《カオスマジック》!」


 〈ハイリヒハインリッヒ〉は、今度は左手をかかげ、その先から暗雲の様な魔力の波動が迸る。


「ルーク様!」

「わかっている。合わせろアップトン!」

「はい!」


 私は〈リューヌリュミエール〉を展開。敵の魔力を補足。さらにその情報を即座にルーク様へと伝達し、瞬時に体勢を整える。


「よくやった! 《絶対氷壁》!」

「《魔力奪取》!」


 出現するのは増強された氷の壁。さらにその後ろから《魔力奪取》を撃ち込み、迫る魔力の波動から力を奪う。敵の魔法は無属性魔法をあたかも属性魔法のように高度に模倣したものだ。であるなら、魔力そのものを減衰させてしまえば何も問題はない。暗雲の力は弱くなり、やがて消滅した。


「〈ブラフマー〉だけでなく〈オーディン〉の力にすら対応するだと!?」

「驚くのはまだ早いですよハインリッヒ! 《真雷霆剣》!」

「――ぬおっ!?」


 パトリック様から動作を受け継いだディラン殿下が、風魔法で機体を急加速させ、ハインリッヒが動揺した隙をついて剣技を叩き込む。受けた敵機は大きくよろめいて後退した。


「いかがですか!? この十年間貫いてきた想いの一撃は!」

「レイナに勝つためには先にお前をぶっ倒さねえとな!」

「ハインリッヒ、お前の所業、いささかの芸術性もないな」

「最愛の人を泣かせるのは騎士として失格。討たせていただくよ、魔王」


 ディラン殿下の、ルーク様の、ライナス様の、そしてパトリック様の思いのたけがこの〈グレートエンゼリアV〉の力になっている。五色に輝く光は私たちのレイナ様を想う心だ。


「おのれッ! 神との戦いに青臭い青春を持ちこみおって!」

「ハインリッヒ、あなたに勝つのがその青臭い青春だと思い知らせてあげます! フフ、よっぽど暗い青春をお過ごしになったんですかあ?」

「おのれ、おのれえええッ!!!」


 いかに強大な力を持っていても精神的に未成熟だと無力。レイナ様お得意の煽りで隙ができた。好機だ。


「エイミー、例のフル稼働は実装しているんですよね?」

『ええ。でもあれは合体以上に机上の空論で――いえ、あなたなら、あなた達ならできるわ。がんばってアリシア』


 可能性が砂一粒分さえあるのならやるしかない。ゼロじゃないというだけで、やる価値はある。足りない可能性は愛と信念で補う。


「いきますよ皆さん! 魔導コア、五連同調!」


 本来、別々に製造され運用されている魔力コアを同調させるなんてひどい難題だ。それも五機。けれど私たちはやる。やってみせる。私と皆さんの魔力が混ざり合い、一つになっていく感覚がする。


「何をしようとしている!? させんぞ、《エレメンタルバースト》!」


 四色の光弾がこちら目掛けて飛んでくる。今攻撃を受けるとまずい――。


「アリシアはやらせないわよお父様! 《インヴィジブルウォール》!」

「ヒルデガルト!? この死にぞこないめ!」


 ヒルダの〈レーヴェルガー〉が壁を展開して防御に入ってくれた。出力差は明白な上、機体はボロボロ。防げるのは一瞬だけだ。けれどその一瞬があればそれでいい。


「ハインリッヒ! あなたは許しておけません! 必要ないんです、この世界に! 受けなさい、これが私たちの――」

「「「「「魂の輝き! 超必殺《五色信念ごしきしんねん波動豪砲はどうごうほう》ッ!!!」」」」」


 五人それぞれ違う人生を歩んできた。けれどたった一つ守り続けてきた信念だけは一緒だ。今その魂の輝きが、五色の光となって魔王を討つ!



 ☆☆☆☆☆



「超必殺《五色信念波動豪砲》ッ!!!」


 すごい。そうとしか言いようがない。はっきり言って今の私には戦う気力もなく、アリシア達が奮闘するのをただ眺めているだけだ。


 でもすごい。さすがはマギキンのヒロイン、そしてヒーロー達だ。私なんて所詮悪役令嬢改めモブ以下の傍観者と化したインチキ転生女とは違う。


「おのれッ! おのれえええッ!!! ぬわああああああ!?!?」


 五色の波動が〈ハイリヒハインリッヒ〉を貫き、凄まじい爆発が起きる。――やったか!? とは言わないわよ。ここでフラグをたてたらおじゃんですからね。でもその心配もなさそうだ。やがて煙が晴れていくと、スクラップ同然の状態になった〈ハイリヒハインリッヒ〉が姿を現した。


「お嬢、大丈夫か?」

「ええ、リオ。私はその……何とか大丈夫よ」


 はっきり言ってだいじょばない。でも今はやるべきことがあるわ。今度こそハインリッヒの消滅を確認して、世界の歪みを正さないといけない。


「魔導機と施設の見分、私がしますわ。皆様は少しお待ちを」


 エイミーがそう言って〈ハイリヒハインリッヒ〉の残骸へと近づく。その時、私の背筋をゾクゾクッと嫌な物が駆け抜けた――。


「エイミー、待ちなさい!」

「へっ? レイナ様――」


 エイミーがこちらを向いたその瞬間だった。〈ハイリヒハインリッヒ〉だったものはドロドロに溶けて、黒いヘドロのようになり、奇妙に泡立ちながらグルグルと練り上がる。


「そんな、まだ生きて!?」


 そんなアリシアの声が響く中、黒いヘドロは出来の悪いマスコットの様な、スライムから無数の手だけが生えた形状になる。そして顔にあたる部分には目と口が刻まれた。


 この悪寒、憶えがある。あれは――ルシアが暴走して〈カオスシメーレ〉とかいう手足だらけの化け物魔導機に乗って襲ってきた時だ。。それを今、目の前の物体から感じる。


「ハインリッヒ、生きて……!」

「グフ、グハハ、はあはあ……。そうさ。神は不滅。貴様らがごとき未開人の、青臭い青春ごっこで勝てるわけがないだろう?」


 もう人間じゃない。神でもない。私の目に映るのは、ただの野望に狂った魔物だ。


「だというのなら、何度でも倒します!」

「黙れよ主人公という役割の虚像が。万象一切消え去れ、《破滅をリューゲ呼ぶ虚なる影ドゥンケルハイト》」


 漆黒の閃光。闇の輝き。そういった矛盾する何かが目の前で起きた。私はとっさに防御魔法を構築した。次の瞬間凄まじい風が吹き、〈グレートエンゼリアV〉はバラバラに砕け散り、周囲にいたはずのエイミーやリオ、ヒルダがどこかへ消え去った。


「みんな大丈夫!? ――嘘」


 みんなの魔力反応がない。生きていれば微弱なりとも感じるそれがだ。私の目に、見えちゃいけないものが映る。それは元は〈ミラージュレイヴン〉の操縦席であり、〈ストームロビン〉の操縦席だったものだ。ぐしゃぐしゃにひしげたそれらからは何かピンク色のものが散乱し、赤い液体がドロドロと床を染めている。


「嘘……嘘よね……?」


 嘘だ。ありえない。だってアリシアは主人公で、みんなはヒーローで、不滅の存在で、エイミーやリオやヒルダだっていい子で、絶対ハッピーエンドを迎えるんだ。


「嘘」

「現実だよ。それにしてもあの一撃から身を護る魔法とは。さすがだねえレイナ。だがすぐに後を追わせてあげよう」

「嘘よ。あんたの狂った野望がみんなに勝つなんてそんなの嘘よ」

「いやいや、私にとっては夢なんだがね。だが、私の夢を君が野望と言うのなら、この姿は〈野望エアガイツ〉とでも名乗ろうか」



 紅蓮の公爵令嬢 第292話


  『全滅エンド』



 散らばるディランだったものが、アリシアだったものが、ルークだったものが、だったものが、ものが――、否応なく私に現実を突きつける。化け物そのものとなったハインリッヒの口が、さも愉快そうに弧を描いた。

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