第291話

 ハインリッヒ・フォーダーフェルトの名を知らない者はいないだろう。


 魔導機の父、大罪人、簒奪者、そして時には流浪の錬金術師からの立身出世の物語が語られるが、この時代における彼の存在は平和を脅かす者の他ならなかった。ドルドゲルスでは現代においても、彼と同じ名をつけることは法で固く禁じられている。


 あえて言わせてもらうが、彼は世界を食らう魔物だ。いや、ただの魔物ではない。混沌と破壊を振りまくおとぎ話に出てくる様なだ。


 いくつもの策謀を張り巡らせ、周辺国家――いや世界を思うままに操り貪った彼は、神になるという大望を一時は果たしたともいう。その力は暴力的かつ圧倒的で、


 エリオット・エプラー著「あの争乱の裏にいた魔物、その正体」より抜粋――。



 ☆☆☆☆☆



 まったく、ふざけたネーミングセンスよ。けれど悪い冗談みたいに強い。立ちはだかる巨神の名は〈ハイリヒハインリッヒ〉。自称超絶全能神の名を冠した、純白の合体ロボット。


「エイミー、ディラン達の救護を」

「わかりましたわ」

「アリシア、リオ、仕掛けるわよ」

「はい!」

「了解だお嬢」


 もう後戻りはできない。目の前の相手を叩き潰さないと、私たちに――この世界に明日はこないわ。


「《火球》百連発!」


 叩き込むのはあらん限りの魔力を込めた連撃。だけど〈ハイリヒハインリッヒ〉は悠然と左手を構えて――。


「消えた!?」


 私が叩き込んだはずの魔法は全て、発生した次元の歪みのようなものに阻まれて消えた。


「お嬢の魔法が!? こうなったら接近戦で! 《乱流乱打》ッ!」

「リオ、援護します! 《闇の怨念》よ!」


 相手に休む暇は与えない。すかさずリオが刺客から接近する。アリシアは得意の闇属性魔法で敵の装甲を弱体化させる算段ね!


「愚かな」

「え? ――ぐわあああっ!?」

「リオ!」


 リオの〈ブレイブホーク〉が接近し拳を叩き込もうとしたその時、何も持っていなかった〈ハイリヒハインリッヒ〉の右手に突如として長剣が形成され、その一振りでリオが薙ぎ払われた。


「君たちに教えてあげよう。〈ゼウス〉は私の魔力サーバーで集めた魔力を、私の使えなかった属性魔法へと変換する。〈ブラフマー〉はあらゆる武器を成形し運用できる。そして――」

「精霊体にこれは効くはずです! 《魔力奪取》!」

「ヴェロニカで学んだかな? けれど私には無駄だよ」

「そんな……! きゃあっ!?」

「アリシア!」


 得意気に語っていたハインリッヒの隙をついてアリシアが仕掛けたけれど、何か暗雲の様な魔法を発生させられて、逆に吹き飛ばされた。


「今の私は神を超えた神なのだよ? 我が配下のような不完全な精霊体とは違う。お得意の除霊も魔力吸収も意味をなさないさ。ええと、どこまで話したかな? そうだ。そして、〈オーディン〉はあらゆる特殊な魔法を再現する」


 つまり前大戦では魔力の塊をぶつける単純だけど強い攻撃しかできなかったけれど、今は属性魔法も使えるし、剣を始めとした武器を生成できるし、補助魔法も攻撃魔法も半端な威力じゃ無効化するってこと? どんだけ盛ってんのよ。


「神様の名を騙ってるあんたは偉いって事かしら?」

「わかっていないねえ。既存の神々は全て私に従うべきということだよ」

「傲慢! アリシア、合体よ!」

「分かりましたレイナ様、合体開始!」


 合体には合体よ。こじらせロボオタのハインリッヒは合体を待つはず――待ってる!


「「超ヒロイン合体、〈グレートブレイズホークV〉!!!」」

「ほう、でどうするのかね?」

「こうするのよ! 炎を纏え〈フレイムピアース〉! 超級魔法《火竜豪炎》!」

「私の力も! 超級魔法《幻影巨刀》!」


 抜き放たれた〈フレイムピアース〉に竜の炎が纏われ、アリシアの魔法で実体を超えて巨大化する。


「でやあああっ! ブーストおおおっ!!!」


 滾る私の心の炎はもはやノンストップよ。構える巨大な剣から炎を吹き出し、最大出力でブーストをかける。そこにアリシアのヒロイン補正で無敵なんだから!


「「超必殺《絶対勝利ヴィクトリー紅蓮大剣ブレイズソード》ッ!!!」」


 ハインリッヒの力が増しているのは真実みたいだけれど、私たちの力も魔導機もパワーアップしているわ。これで――!


「頑張るものだな。しかし

「と、止められた!? レイナ様!」


 私たちが振り下ろした必殺の炎の剣による一撃を、ハインリッヒはその手に持つ剣で無造作に受け止めている。まるでそれが当然の結果だとでも言うように。


「そんな……、アリシアの主人公補正もあるのにどうして……?」

「主人公補正なんて通用しないさ。その理論で言えば神である私は創作者だからね。《ヴァールハイトリヒト》!」

「「きゃあああっ!?」」


 世界を白く染める輝きが走り、私たちは吹き飛ばされた。攻撃のダメージで合体も解除され無様に転げる。体勢を立て直しつつあったリオも、ディラン達を救助していたエイミーも、ついでとばかりに余波で吹き飛ばされる。


「そ、そんな……」


 どうやっても勝てない。その言葉が私の喉元まで出かかる。ライザを倒す為に私は彼女の心を折った。けれど今は逆に心を折られかけている。


「君が従順な女であれば遊んでやったのだがな」

「ぐ、ううっ……!」


 ハインリッヒがその手に持つ長剣を突き立てようとする。私は動くことすらできない。いえ、私以外のみんなもだ。何か手段は――いくつもの言葉が思い浮かんでは消えていく。この相手に小細工は通用しない。


「さあ、サヨナラだ――何っ!?」


 どこかから飛んできたビームが、〈ハイリヒハインリッヒ〉の横っ面を叩いた。ダメージはなくてもハインリッヒの動きが止まる。


『レイナああああああっ!』

「その声……お父様!」


 響き渡るのはお父様の声――つまり援護攻撃をくれたのは〈ゴッデスシュルツ号〉だ。


「お父様、来てはダメです!」

『娘を見殺しにする父親がどこにいる!?』

『母親もよ!』


 お父様、お母様……。〈ゴッデスシュルツ号〉は超高速の軌道で塔の回りを旋回し、二度三度とハインリッヒに牽制をいれる。その隙をついて私たちはなんとか体勢を立て直す。


「航空艦……私が造れなかった存在か……。目障りな羽虫め! 《ヴァールハイトリヒト》!」


 三度純白の輝きが放たれる。標的は――。


「お父様!」

『レイナ、きっと勝つんだ。そして生き残って――』

『レイナさん、いつまでも大切に思っていますからね――』

「お父様!? お母様!? 返事をしてください!」


 まるでスローモーションを見ているようだった。けれどそれは一瞬の出来事だ。ハインリッヒの一撃をたぶんまともに受けた〈ゴッデスシュルツ号〉は炎上。ものすごい音をたてながら地上に墜落して爆散した。


「あ……ああ……、お父様、お母様……」

『…………』

「ク、クラリス! さっきの爆発は見えた!? すぐに救助を!」

『お嬢……様……申し……どうか……お嬢様だけで……あっ!?』


 途切れ途切れに聞こえる通信音の後ろからは、激戦を告げる戦闘音が聞こえた。そしてその通信もクラリスの短い叫び声と共に途切れる。


「そんな……クラリスまで……」


 家族は私が頑張って来た原動力の一つだ。優しい父に、優しい母。お姉ちゃんみたいなクラリス。それに親身に接してくれる使用人のみんな。みんなを不幸に巻き込みたくないからデッドエンドを回避しようと頑張って来た。それが――。



 ☆☆☆☆☆



 レイナ様が悲しんでいる。私が大好きなレイナ様が。私は無力だ。あれだけレイナ様をお助けしようと意気込んでいたのにこのザマだ。


「レイナ様、しっかりしてください!」

「アリシア……、お父様が……死んだの……。お母様も……」


 公爵夫妻の安否はわからない。けれどあの光景を見て、無事です安心ですと言う方が不自然だ。気休めなんてとても言えない。


「安心してくださいレイナ様、私がどうにかします」

「アリシア……?」


 切り札を使う時だ。成功するかはわからない。けれどレイナ様以前私にこう仰った。「例え可能性が億分の一でも必要な時は成功する。だってそれが主人公ってものなのよ」と。私が本当に物語の主人公であれば、レイナ様の為なら奇跡だってなんだって起こしてみせる。それが私のたった一つの望み。


「ディラン殿下、皆さん、聞こえますか?」


 通信の先から「ええ」とか「ああ」みたいな息も絶え絶えな返事が返ってくる。皆さんもう限界だ。それでも……!


「レイナ様は悲しんでいます。皆さんがレイナ様を愛しているというのなら、立ち上がる時です」

『アリシア、まさかあれを使う気で?』

「その通りですディラン殿下。もはやあれしかありません」

『ですがあれは成功率が……』

「そんなもの足りない分はレイナ様への愛で補えばいいだけです」


 世界がどうこうじゃない。レイナ様が泣いている方が重要だ。


『やるしかねえじゃねえか、ディラン』

『ルーク……』

『幸いリオやエイミーが時間を稼いでくれている』

『腹くくれよ王子』

『みんな……。ええ、わかりました。レイナの為、心を一つにしましょう。今度は僕らが彼女を助ける番です』

「殿下、みなさん、力をお貸しください。合体開始です!」



 ☆☆☆☆☆



 視界の端では比較的ダメージの少ないリオとエイミー、それに戦線復帰したヒルダがなんとか頑張っている。私はというと、身体に力が入らない。正直いま自分が生きているのか死んでいるのかわからない。


『合体開始!』


 ふと、そんな声が聞こえた気がした。……合体? 誰が? 私はこうして全てを失っているのに。


『レイナ様の為に!』


 今度ははっきりとアリシアの声が聞こえて、私は上空を見上げる。アリシアの〈ミラージュレイヴンV〉を中心に合体用のフィールドが形成されている。


「アリシア……!」


 いったい誰と? そう疑問に思う私に示すように〈ストームロビンV〉がフィールドへと突入。続いて〈ブリザードファルコンV〉と〈ブライトスワローV〉が、そして〈ロックピーコックV〉までもが突入する。やがて合体フィールドがはじけて消え、これまでに見たことのない五色の巨人が姿を現した。


 それはどんな騎士よりもたくましく、どんな魔術師よりも神秘的。どんな芸術家よりも美しくあれば、あるいはどんな王族よりも高貴かもしれない。そしてどんなヒロインよりも輝いていた。


「「「「「五体合体〈グレートエンゼリアファイブ〉ッ!!!」」」」」



 紅蓮の公爵令嬢 第291話


  『禁断の五体合体』


 少なくとも一つだけ断言できることがある。限りなく絶望的で、世界が破滅という名の終局へと向かう中、その五色の光は、私にとって天上からの救済の光に思えた――。

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