第289話 選び続けてきた選択肢

 神級魔法《紅蓮領域》は、私の中に溢れる魔力をあえて外に放出することで、攻防をシームレスに行うことができる。


 炎の鎧――いえ、炎のドレスと言いたいわね。炎のドレスを身にまとい、炎で出来た剣や槍を自在に振るい凶悪な火力の魔法をバンバン放つ〈ブレイズホークV〉の最強形態。


「《竜尾円斬》ッ!」

「無駄よ! 《獄炎火球》!」


 放った上級魔法《獄炎火球》の火炎の渦に包まれ、〈クロノス〉が破壊――されずに消える。


 再出現場所はすぐにわかる。だってこの空間自体がもはや私の魔力そのものですもの。


 冷静に右後方に半歩分機体を下がらせて、魔力を剣として形成。そのまま振るう。


「――ッ!? なんで!?」


 もう百回や二百回とは言わないくらい――たぶん千回近く、もしかしたらそれ以上ライザを退け続けている。


 ライザは確かに強い。死に戻りによる奇襲性は元より、剣の腕も魔法の腕もかなりのレベルだ。そして〈クロノス〉の性能も並の魔導機じゃないスペシャルなものと言っていいわ。


 だけどしょせん強いだけ――。


「ライザ、あんたと〈クロノス〉にビビり散らしていた私が愚かでしたわ!」

「何をっ!?」

「だってあんたじゃ何回やっても私に勝てるわけありませんもの」


 今のライザは私から言わせれば、無限に湧いてくる終盤ダンジョンの強ザコよ。すごく厄介なのは事実なんだけれど、という最大の隠し玉がバレている以上、怖いということはないわ。


 だから私は《紅蓮領域》を展開して、に勝ち続ければいいだけ。ライザが何回やっても敵わないほどのただ圧倒的な力の差を示して、彼女の心が折れるまで。


「何を馬鹿な。そんな大技、お前の魔力がもつわけない!」

「持つわよ。だって私の世界に対する愛は無限大ですから! オーホッホッホッ!」

「出まかせを! それに戦い続ければお前は疲れるし時期に弱点を晒す! そうしたら私の勝ちだ!」

「断言するわライザ。私が力尽きるより先に、あんたの心が折れる。もうそれを考え始めているんじゃないかしら?」

「くっ……!」


 二回死んだ私が断言するわ。死ぬのに慣れる人間なんていない。絶対に恐怖心が残る。そういった恐怖心の積み重ねが、千回万回と増えることによって心に重くのしかかる。


「お前も転生者なら知っているだろう? 死に戻り系の主人公ってのは、困難の果てに最後は絶対勝利を迎えるんだ!」

「ええ、それについては私もまったくもって同意よライザ。でもあんたはそれには成れない!」


 サブアームを操り、〈クロノス〉を切り刻む。


「どうしてそう言える!」

「簡単よ。あの手の主人公はどんな困難にぶち当たっても、地獄を見ても、何か心の底の信念で自分を奮い立たせて先の見えないゴールへと立ち向かうわ。あんたには私を乗り越えるだけの信念があるかしら?」

「ある! だからここまで進んできた!」

「フン、自分で努力をしてきたって喋るのはアホの言うことよ!」

「お前が聞いたんだろうがあっ!」


 激高して向かってきた〈クロノス〉を一刀のもとに斬り捨てる。


「じゃあ質問よ、ライザ。あんたのその信念は、この私を凌駕するかしら?」

「凌駕する!」

「凌駕しないわよ。だってあんた、自分を世界で一番不幸な人間と思っているでしょ」


 一瞬、〈クロノス〉の動きが止まった。何か思う所があったのかしら? まあ私には関係ありませんから〈獄炎火球〉で簡単調理してあげる。


「あんたに何があったのか知らないけれど、あんたは自分の事を世界で一番不幸な人間だと思っているタイプなのはわかる! だからあんたはハインリッヒと馬鹿みたいにつるんでるんでしょ? どうせ『こんな世界壊してやる』とか『理想の世界に変えてやる』みたいな泣き言を言って!」


 喋りながらも私は次々にライザを撃破していく。倒しては現れるライザを相手するのはモグラ叩きに近い感覚ね。結構飽きが来ないわ。仕事サボってするマインスイーパーくらい飽きがこない。まあ私の前世はそんな余裕ありませんでしたけれどね!


「身内の方が亡くなったり、想像もできないような辛い経験をしたのかもしれない! けれどあんたの目的は! していることは! 世界の人々を同じ不幸のどん底に叩き込んでんのよ! !」


 自分が不幸だから、恵まれない境遇にいるから、正当に評価されないから。それで世界を自分勝手にどうこうしようなんて人生舐め腐っている。ましてやトップに頂いているのはあのハインリッヒ。とても主人公の信念とは言えませんわよね。


「お前みたいにぬくぬくと生きてきた奴に!」

「ぬくぬく? ハンッ、私は私でそれなりに色々苦労してんのよ!」

「好き勝手言ってくれて! 私の事を知らないくせに!」

「ええ、知らないわよ。知ってたまるもんですか! あんたは自分だけが悩みを抱えて生きていると思っているかもしれないでしょうけれど、人はみんな大なり小なり悩みを抱えてんのよ!」


 他人から見たらすごくくだらないことかもしれない。あるいは誰が見ても深刻な悩みかもしれない。けれど悩みは悩みだ。その人にとっては大きな壁よ。


「みんなあれこれ必死こいて悩んで、たった一つの後戻りできない選択肢を選んで生きているのよ! そこにセーブアンドロードなんて存在しない! 一発勝負の人生をね!」


 私もそうやって生きてきた――。


 もしルークにお料理勝負を挑まなかったら。もし裏庭を訪れずエイミーに出会わなかったら。もしライナスに掴みかからなかったら。もしお祭りで抜け出さずにリオと出会わなかったら。もしパトリックとの決闘に負けていたら。もし魔導機に乗りこまずにディランが死んでいたら。もしアリシアを助けることができなかったら。そして、もしあの時シュルツにマギキン世界への転生を望んでいなかったら――。


 ――今の私は私じゃなかったかもしれない。そうやって無限の選択肢の中からこれだと思う選択肢を選んできた。選び続けてきた。その結果が今の私。


「だいたいあんたの言い草って、主人公よりも囚われのお姫様気取りじゃありませんこと? 『こんな不幸な私を助けてー』って嘆いてる。そんな奴にこの私が負けはしないわ!」


 みなぎる。熱く滾る血潮が、魂が、この私の心の底から沸き立つ。

 私の得意属性は風だ。けれどこの世界に対する愛の具現化として火属性も得意だとおとぼけ女神こと今は亡きシュルツが言っていたわ。


 だからこの燃え盛る炎の様に見える魔力は私の愛だ。私の愛は無限大だ。


「そんな……私は……負けなくて……負けちゃいけなくて……」


 ライザの〈クロノス〉が戦意なくフラフラと私の前に出る。そろそろ止めを刺さないと可愛そうね。これでケリよ。


「《紅蓮領域》、攻勢陣! 《紅蓮のブレイズ極限愛ラヴマックス》ッ!!!」


 これこそ気炎万丈の心意気。私の燃え盛る魂に呼応して、空間に満ち満ちた炎の様な魔力が一斉に〈クロノス〉を襲う。なすすべなく飲み込まれる〈クロノス〉は死に戻るたびにその身を焼かれ続ける。これが私の愛の炎よ。


 やがて炎が治まり、〈クロノス〉は力なく地に墜ちて、銀髪のライザが転がり落ちるように操縦席から出てきた。


「無理だ……勝てっこない……何度やっても無理だ……」


 ああ……、参ったかしら? とか聞くのも気の毒な感じですわね。

 でもまあハインリッヒと組んで散々やらかしてきた以上、情けをかけようとも思いませんわよ?


 近づいた私に気がついたのか、ライザがゆっくりと顔をあげる。

 その顔にロマンの時の様な余裕も感じなければ、先日罵倒してきたような気力も感じない。


「……私はどうなる? 封印でもするのか……? それとも何か見せしめに……?」

「どうもしませんわ」

「どうも……しない……?」

「どこへでも行きなさいな。ただし私の邪魔をしないこと。自分でまっとうな選択肢を選んで、何かを勝ち取りなさい」

「選択肢……」

「それを決めるのはあんたよ。別に情けをかけるわけじゃないから勘違いしないようにお願いしますわね? 正直死に戻りとかまともにつきあっても面倒ですから。もう死なずに世界の片隅で生きなさいな」


 心を折った以上ライザに用はないわ。情けじゃない。でもまあ、ルシアだってそういう選択肢をとれば死ぬこともなかったかもしれないわね。


「私は……私は……」


 私の言った事を聞いたのか聞いていないのか、ライザはブツブツとつぶやきだす。その内容は聞き取れないし、私には関係ないわ。


「扉……。進みましょうか」


 門番を倒したということかしらね? 空間に光り輝く門が現れた。

 まあ魔王気取りのあいつが妙な小細工もしないでしょうし、行きましょうか。



 ☆☆☆☆☆



「――抜けた! ここは……?」


 光の扉を抜けた先、そこは広大な空間だった。宇宙ではなく、普通に塔の中っぽい。


「やあレイナ、遅かったね」

「その声、ハインリッヒ!」


 ハインリッヒだ。中央の何か水晶体のさらに上。真っ白な鳥みたいなマシンの上に、ハインリッヒが立っている。その両脇には同様に純白の虎みたいなマシンと、サメみたいなマシン。そしてあれは――!


「ヒルダ!」


 ヒルダだ。ヒルダの〈レーヴェルガー〉が、ボロボロの状態で虎みたいなマシンに組み伏せられている。


「ううっ……、レイナ……」

「ヒルダ! 大丈夫!? 今助けますわ!」


 良かった。生きている。

 他に味方もいないこの状況、ヒルダはここに飛ばされるか一番乗りするかしてハインリッヒと戦ったんだ。


「少しばかり父娘のふれあいというものをしていたんだよ。いやあ、多感な時期の反抗期というやつには参るね」

「ハインリッヒ! あんたって男は……!」

「憎いかいレイナ? けれど私はただの男ではなくて、この世界の神だよ? さあ、超絶全能神ハインリッヒの力を魅せてあげようか」

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