第286話 魂の存在証明

「《大地の巨腕・黒》!」

「咲き誇れ《吸生花》!」


 敵魔導機〈フローラ〉目掛けて放った巨腕に、カラフルで毒々しい花が咲く。その花にどんどん魔力を吸われ巨腕は失速。やがて単なる土くれに戻る。


「クソッ……!」

「この空間には元より地面なんてものは存在しない。そんな中でまずその魔法を発動できるだけ褒めてあげるわ! けれど無駄よ無駄。あなたの美しくない魔法ではジュネヴィーヌちゃんの美しい芸術には勝てない!」


 魔法は無から有を造り出すことはできない。オレはこの空間に存在する魔力を地属性の力へと変化して魔法を放っている。その分ロスも大きい。あいつの所まで届く拳を造る事は難しいのか……?


「ああもうっ! 美しくないあんたに負けたのが許せないわッ! 嫉妬嫉妬! 《茨の鞭》!」

「《土壁》!」

「フンッ! そんな美しくない逃げの一手でいつまでもつかしらね? それにほら、あなたの生命力を吸って〈フローラ〉の華が……!」


 ジュネヴィーヌの操る〈フローラ〉は赤く大きな華を背負っている。オレの魔力や生命力を吸って成長する大きな華が。今はもう七分咲きと言ったところか。


 この華が咲ききったらどうなる? 惨めに枯れ果てて死ぬか? この漆黒の空間で何も果たせぬまま。そうでなくても奴の攻撃で正直ボロボロだ。オレは――ボクは――!


「さあ、私のルサンチマンをその身に受けて枯れ果てなさい。《茨の鞭》!」

「激情に駆られた理性の無い一撃! それを待っていた! 《大地の巨腕・青》!」

「私の鞭を絡めとった!?」


 オレは右腕にレイナの言うところのドリルを展開し、ジュネヴィーヌの振るう鞭を絡めとる。


「バ、馬鹿ねえ~! これだけ接近すれば後は吸い取るだけ! 《吸生花》!」

「させるか! 抉れ〈グラウンドファング〉ッ!」


 敵に魔法を使わせない。それより先に回転する剣〈グラウンドファング〉を〈フローラ〉の肩に突き立てる。


「ハ、ハハ……! 操縦席、外しているわよ?」


 奴の言う通り、至近距離とは言え鞭に引っ張られている状況で操縦席に剣を突き立てることはできなかった。しかし、狙いはそこじゃない――。


「いいや狙い通りだ――《大地の巨骨・青》!」


 組み敷いて動けなくした相手――そのさらに奥の赤く大きな華に、巨骨を造り出し突き立てる。


「な、何を!?」

「青色の大地の巨骨は魔力を拡散させる。ため込んだオレの魔力、吐き出してもらうぞ!」

「い、いやああッ! 私の魔力があ……!」


 赤い華が枯れていく。突き刺した巨骨を通して、ため込んだ魔力を放出して。


「いつまでくっついている? 離れろ!」

「きゃあっ!? この魅惑の堕天使ジュネヴィーヌちゃんを足蹴あしげに!? 美しくない。美しくないわよライナス・ラステラ……!」

「どっちがだ。お前はここでオレ様に敗北する。惨めに、美しくなくな」

「こ、このおおおっ! 嫉妬嫉妬嫉妬! 《茨の鞭》!」


 迫りくるのはもはや半狂乱といったジュネヴィーヌ。もはや美しさの欠片もないな……いや、最初からか。


「お前がここで敗北する――いや、オレに芸術家として一生勝てない理由を教えてやる!」

「うるさいッ! この憎悪をその身に受けなさい!」

「そのルサンチマンだ。お前は嫉妬や激情、劣等感に囚われすぎている。それはお前が自分に自信を持てないからだ。あのランブルに出展した絵もそうだった。あの場にあれは相応しくない!」


 かつてのオレ――ボクもそうだった。自分に自信がなく、ディランやルークが羨ましかった。けれどもう大丈夫だ。ボク――オレにはオレの強さがある。そうレイナが気づかせてくれたんだ。彼ら彼女らに並び立つには、マイナスな感情ではダメだと。


「ごちゃごちゃとうるせえっ!」

「魅せろ! 〈ロックピーコックV〉! 《大地の巨腕・七彩しちさい》ッ!」

「な……七色の巨腕!? いったい魔力をどこから!?」

「〈フローラ〉の華から取り戻した魔力でだ! 受けろ、これがオレ様の魂の輝きだ!」


 造り出したのは七つ七色の巨腕。この虹の様な鮮やかさはオレの魂の輝き。

 真なる美しさとは、真なる芸術とは人の心の美しさだ。魂の輝きだ。憎しみや嫉妬のようなルサンチマンで人は安らぎを得ることはできない!


「因果地平の彼方まで吹き飛べッ!」

「そんな! この美しき芸術の神ジュネヴィーヌちゃんがああッ!?」


 虚無の宇宙をキャンパスに変えて、七つの拳が飛んでいく。この軌道こそが芸術だ。七つの色それぞれがオレの不屈の心、不滅の魂を表している。


「虹のレインボーがまろやかでジューシーなセクシーィ!?!?」


 自称芸術の神――本名ガエルという名のおっさんは、そんな支離滅裂な事を言いながら七つの拳による連撃を受け、虚無の宇宙空間を果てまで吹き飛び消滅した。


「勝負は一瞬、描くは永遠。オレは証明し続ける、ボクの理想とする芸術を!」



 ☆☆☆☆☆



「ぐはっ!?」


 オクサーナの魔導機〈カナヤゴ〉の攻撃を受け、僕――パトリック・アデルは地に伏せる。

 もう十度目か。今回も確実に先手をとったはずなのに、いつの間にか斬られてこのザマだ。


「もう諦めてはいかがですか、パネリスト・アデル様」

「はあはあ……パトリック・アデルだよ。生憎、諦めるわけにはいかないんだよねえ」


 とはいえ僕も〈ブライトスワローV〉も限界が近いことは事実だね。

 オクサーナがなぜ常にこちらの先手を取れるかわからない。けれどわかったこともある。


 剣を持っていると思っていた彼女の魔導機〈カナヤゴ〉だけど、実際は武器の類を持っていない。正確に言うと、こちらの攻撃に合わせて液体のような金属を剣や槍の形に変えて対応している。ちょうどディランの雷のようにね。


 それを踏まえてもおかしな状況だ。彼女が液体金属を武器の形にするまで最低でも二秒、こちらの動きに対応するのに二秒、そしてそれをこちらに叩き込むのにもう三秒の、計七秒はかかるはずだ。


 七秒もあれば僕は絶対に先手がとれる。なのにどうしてこうも一方的にやられているのやら。


「攻め方を変えてみようかな。《光の矢》よ――くっ!?」


 接近戦がダメなら遠距離からいこうと思った。

 けれど僕が魔法を放つよりも早く、オクサーナは弓状の武器を造り出してこちらの右肩を射抜いた。


「無駄ですよパイオニア・アデル様」


 褒められているのかな? いや、単なる名前間違いか。はあ、僕はそんなにわかりづらい名前だろうか? 大声でちゃんとした名前を呼んでくださる父上がありがたく感じるね。


「魔法も通用しないとは参るね。君のその魔法――ん? 待てよ……」


 今しがた肩に受けた液体金属の矢。それはまだ機体の肩に残っている。しかし僅かばかりも魔力を感じない。普通魔法攻撃を受けたら大なり小なり魔力反応が残るものだ。つまりこれは――。


「オクサーナ、君のその攻撃は魔法ではなく技術によるものだね?」


 ――技術によるものだということだ。


「…………」

「答えないか。まあいいさ。僕としたことがそれは水魔法か雷を使って操作していると思い込んでいたよ。つまり君の魔法は攻撃以外に使っているというわけだ」

「だとしたら?」

「うーん、それだけじゃ答えにたどり着かないからね。それじゃあ試しに僕に攻撃をしてくれたまえ」

「……は?」

「僕に攻撃をしてくれと言ったんだ。君から攻めていいよ、レディーファーストだ。僕は動かない」


 果たしてオクサーナは――動かない。彼女の機体〈カナヤゴ〉はその鉄の塊のような巨体を沈黙させたままだ。僕はこれほど無防備なのに。


「あれれ? 来ないんだ――いや、?」

「…………」

「考えてみればこの戦いが始まって以来、君はいつでも僕に先手を取らせようとしていた。僕が先手必勝を心がけているのもあるけれど、言葉で挑発し、隙を見せてみて、必ず僕から仕掛けさせようとした。その鈍重そうな見た目もブラフかもね。だけどそれは罠だ。それが君の狙いだオクサーナ」

「面白い見解です。ではその罠とは?」

「宇宙空間のような見た目に騙されていたよ。この空間そのものが罠さ。おそらくは君の魔法だね。光属性魔法で。そうじゃないかい?」


 光属性は存在の力を高める。すなわち、肉体に使えば強化や治癒され、物体に使えば強固となる。それを空間に使えばどうなるか。空間全体に領域として魔法を展開した場合、中の物体が加速する。そしてそれを反転加速させた場合は早きは遅く、遅きが早くなる。


「この虚無の空間じゃなければ細かな違和感からもっと早く気づけたんだろうね。そこまで含めて君の策さ」

「お見事ですパオーン・アデル様。ですがわかったところでどうされるので? このまま動かぬならば千日手。いずれにせよこちらの目的は達成します」

「こうするのさ! 輝け〈ジャッジメントソード〉! 《光子剣》最大出力ッ!」


 僕はその手にもつ剣にあらん限りの魔力を注ぎこむ。もっともっともっと!


「なんというエネルギー……!」

「まだだッ! 《光子剣》限界出力ッ!!!」


 最大なんて誰が決めたんだ。僕はその先の限界を超えて進んでみせる。まだ見果てぬその先へと向かって――!


「時間も空間も斬り裂け! 一刀おおお両断んんん!!! 《光子大剣こうしたいけん一切割断いっさいかつだん》んんんッ!!!」


 世界に一本の線が通った。その線を境に、時間と空間が割れる。おかしな空間が支配しているというのなら、それごと斬ればいい。時間が乱れているというのなら、それを斬って治せばいい。この空間を支配していた魔法が両断され、時間が正しく流れ始める。


「そ……そんな……空間ごと斬るなんて……!」

「それをできるのが僕の剣だよ、オクサーナ。レイナの強さを信じるように、僕は僕の強さを信じている。だからできると思った。女性を斬る趣味はないけれど、すまないね」

「それだったらご安心ください」

「ん……?」


 空間と共に〈カナヤゴ〉も両断した。真っ二つに割れた機体から彼女の姿が見える。


「オクサーナ……、ゾンビ兵ほどじゃないが、君の剣からは魂と言うものを感じなかった。まさかだったとは……」


 機体から見えるその身体、オクサーナ本人と言えるものは、円筒上のぴかぴかと所々点滅する機械だった。僕は機械と剣を合わせていたのか。


「ハインリッヒ様より創り出された機械、管理ナンバーオー―937。それが私ですパウダー・アデル様」

「パトリック・アデルだよ。オクサーナ」

「失礼しました。言語能力に……若干のバグが……」

「そうか。ならば記憶媒体ではなく、その魂に刻みたまえ。我が名はパトリック・アデル、勇壮なる将軍アレクサンダー・アデルが息子にして、“神速の貴公子”と称される者!」

「私の……魂……?」


 オクサーナは心底不思議そうな声を出す。いままでの冷静な語り口が嘘みたいに。


「ああそうさ、素敵なレディ。先ほどの僕の言、少しは君の剣から魂を感じたということだ。

「そうですか。ありがとうございます。オクサーナは今、魂というものを得た喜びを認識しています。ですが私の命はこの塔の番人という使命だけの命です」

「創造主だからってハインリッヒに仕える必要は無い。もっと広く世界を見ようじゃないか」

「世界……私も見てみたいものです。ですが私の命もここまで……それではパトリック・アデル様……良き……旅……を……」

「……良き夢を、オクサーナ」


 オクサーナの点滅が次第に弱くなり、そして消えた。

 それに合わせて漆黒の宇宙空間に扉が現れた。


「エイミーなら修理――いや、治療できるかもしれないな。全てを決した後、いずれ――」


 誰に聞かせるわけでもなく、僕はそうつぶやくと扉へと進んだ。

 愛をもって戦う自らの魂の存在を、偽りの神に証明するために。

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