第285話 たどり着くは神の領域
「そこよ! 《熱線》!」
〈ブレイズホークV〉から、そして飛び回る〈バーズユニット〉ちゃんたちから放たれた魔法は、鋭くそして素早くライザの〈クロノス〉の操縦席部分をえぐるラインで飛んでいく。けれど――。
「消えた――後ろ!」
「へえ、よく耐えるね。それにしても無駄だってわからないかな? 私は不死身なんだよ」
たぶんもう五十回は殺している。ライザはどういった理屈かは知らないけれど“死に戻っている”。
私の攻撃を無駄だと言う彼女の言は確かに真実ね――いえ、真実のある側面という言い方が正しいかしら?
「あんたが不死身……というか殺せないのは理解したわ。けれど無敵じゃない。少なくとも死に戻っても周囲の記憶に干渉していないのがその証左よ」
つまり無理したっぽい前回のゾンビ軍団一斉移動はともかく、効果対象はあくまでライザ個人とその魔導機のみ。だからルシア強奪の時に消えてバイバイしなかったし、過去を捻じ曲げて干渉するわけでもないから私も無事。周囲の記憶も変化しない。
「だとすればどうする? 封印でもするか? 私を〈クロノス〉から引きずりだして、手足を縛って舌も噛み切れないようにして、地下牢にでも繋ぐ? とんだSMプレイね」
「それも無理でしょう。だってあんたは〈クロノス〉から引きずりだす直前に自害するはず。その仮定が通用しないからこそあんたはそう言う」
「ハハッ、ご明察」
ライザは心底馬鹿にしたような口調で笑う。自分が不滅の存在だからと信じているからこその余裕ね。言っておくけれど私も同性とアブノーマルなプレイを楽しむ趣味はありませんからね!
魔導機の動きを封じても無理だ。そうすればライザは〈クロノス〉の中で自ら命を絶つ。それにライザクラスの相手を魔法で操るとかもできない。
「こうしている間にもハインリッヒは計画を最終段階へ進めているよ?」
「あの変態と本当に仲がよろしい事。お似合いですわよ」
「――っ! 誰がッ!」
あら、途端に攻撃が雑に。あのこじらせロボオタったら味方にも嫌われているのね。
「いいさ、お前もお前の仲間もここで死――何!?」
「あら、どうやら想定外の事が起きたようね?」
明らかな動揺。つまりはそういうことでしょうね。塔に入ってから通信ができないけれど、わかりやすい相手で助かったわ。ディランかしら? ルークかしら? それともみんなかもね、ウヒヒ。
「さあ、あんたもかかってらっしゃい。死に飽きるまで何度でもお相手して差し上げますわよ」
「クソッ!」
「あら三下セリフ。そんなあなたにプレゼントを差し上げますわ。神級魔法《
瞬間、世界は炎に包まれた――。
☆☆☆☆☆
「《水手裏剣》!」
「効かねえよ! 《氷壁》!」
速い――が、このルーク・トラウトに対応できない速さじゃない。俺にとって呼吸をするのと魔法を使うのは同じだ。
「拙者達は超絶全能神ハインリッヒ様のお力を分けていただき、神となった! 貴殿の魔法がいかに達者であろうとも、神の力の前にはあまりにも無力!」
「神。神の力か……」
魔導の神髄を極めるとは、それすなわち神の力に近づくということだ。
こいつが神だと言うのなら、目の前にいるのはトラウト家代々が長年夢見続けてきた魔導の神髄そのものか? いや――、
「いいや、お前たちは神なんかじゃねえ!」
「ほう、それはいかなる意味でござろうか? 例えば水の神であれば旧来のエリア神しか認めぬということでござるかな?」
「いいや違う。魔法にとっての神ってのはこの世界そのものだ。お前らがごとき俗人が安く名乗っていいものじゃねえし、背負っていいものでもねえ!」
魔法ってのは神――世界と人との関りだ。森羅万象この世の全てを愛することで外なる神を理解し、最後のひとピースとして自分という内なる神を確立することで、世界は完成する。
世界そのものを背負おうなんざ人の傲慢だ。トラウト家は魔導の神髄に至ることを目標としているが、それは真なる意味で世界を解き明かすためであり、己が欲望の為に世界を征することなどでは断じてない。
「お前、レイナとは何度か戦っているはずだよな?」
「いかにも。それがどうしたでござる?」
「ならどうしてわからない!? あいつの魔法を間近に見てもなお、なんでそんな馬鹿なことが言えるんだ!」
俺はレイナに魔導の神髄を見た。あいつは誰よりもこの世界を愛している。だから世界はあいつに手を貸す。だからあれだけの魔法が使える。
ああ、幼い俺はなんと愚かだったのだろうか……。自分の部屋に閉じこもり、難しい魔導書を読むことこそが魔導の神髄に至ると思っていた。自らの思索の中に答えがあると思っていた。
――それは大きな間違いだ。
レイナとの料理対決を通して、今まで話さなかった多くの屋敷の人間と交流した。いろいろ出歩くようになった。そして色々な事を自ら体験した。世界を知った。
今ならできる。俺だってできる。レイナを愛しているように、世界を愛することができる。
「むっ、不穏な気配! させないでござる! 《
分身した無数の敵魔導機〈フレーダーマウス改マリシテン〉が、水の刀を手に俺へと迫る。攻撃としては見事だ。だが俺には通用しない!
「《氷刃》! 世界を飲み込め、〈アヴァランチブレイド〉!」
パッと見はただの紐でしかない剣〈アヴァランチブレイド〉に無数の氷の刃をまとわせ、そのまま円を描くように振るう。その名の通り雪崩のように分身たちを飲み込む。
デタラメに振っているわけじゃねえ。俺だってディランやパトリックには劣るが剣も扱えるんだよ!
「ぐぬおっ……! 近づけない!?」
「お前に見せてやるぜ。俺がやっとたどり着いた、魔導の神髄の一端を。吹き荒れろ! 〈ブリザードファルコンV〉ッ!」
吹き荒れる嵐が、雄叫びのように鳴り響く。そして――、
「神級魔法《
――絶対的な静寂が訪れた。
広がるのは果て無き雪原。静かに舞い散るは雪。漆黒の宇宙は白銀に塗り込められた。
「なんでござるこれは……!?」
「これは……俺の世界だ」
「貴殿の世界……?」
「そうだ。自分の世界を構築する領域魔法。以前お前に食らわせた《絶対凍域》の完成系だ」
全てが凍り付く世界せある《絶対凍域》とは違う。俺の真なる世界との関係は、この領域は――。
「――! か、身体が……! 馬鹿な、拙者の身体は不滅の精霊体のはず!?」
「精霊体……、まあそんなとこだろうと思っていたぜ。精霊体ってのは魔力の塊だ。それ以上の魔力をぶつければ消滅する」
「人の身でそれほどの魔力を!?」
「
全てを凍り付かせて拒絶するんじゃない。大切なものは全て最初から俺の身の回りにあったのだ。俺にとって世界は魔法そのもの。だからこそこの世界では魔力が雪のように大地を造り上げる。それを受け入れて俺は無限とも言える力を発揮できる。
「さあ、“氷の貴公子”の実力、存分に味わってもらおうか!」
結末はすぐに訪れ、世界は元の静寂へと戻った。
今度は凍り付かない。白く光り輝く魔力となって、雪原と共にデニスが消えていく。そして役目を終えた白銀の世界が端から崩壊していく。
「くっ……無念……」
「お前の忠義、確かに見事だったぜ。だが俺の魔法が――愛が上回っただけだ。さてと、進むか」
愛……か。まだあいつと出会った頃、幼かったあの日には知らなかった言葉だ。
だが幾多の試練を乗り越え、魔導の神髄を垣間見た今ならはっきりと言える。俺はレイナを愛している。
彼女を愛すると同時にライバルとして対抗心を抱き、師匠として尊敬している。
俺が一歩を進む間にあいつは何歩も先を行く。だがな、いつの日か証明してみせる。この”氷の貴公子”ルーク・トラウトがあいつにとって最高のパートナーだってな!
だから俺は進む。偽りの神――世界を愛さざる神に愛を見せつけるために。
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