第284話 守り続けてきたプライド
「あんた、いわゆる
「……よく気がついたね、“紅蓮の公爵令嬢”」
「そりゃ、あれだけしつこく襲ってきたら気がつくわよ」
瞬間移動じゃなかった。実体を伴っているから幻覚でもなかった。私の限界を超えた時間操作能力でも対抗できなかったから時間停止でもなかった。他にもいくつもの可能性を潰してきたわ。
「たぶん能力としては少しの時間を遡って再生するタイプ。だから他の人間――例えば私の目には突然消えたように見える」
ヒントはいくつかあった。最初はそう、アリシアの魔法を受けた〈クロノス〉が消えなかったことよ。あの時初めて疑問に思ったわ。私の魔法はどれも一撃必殺の威力を持つから逆に気づけなかった。
シュルツが言っていた「死んだ人間と魂の量に僅かな違和感がある」と言うのも、きっとこいつが死んでも死に戻っていたから。
「まあ死に戻りってのは消去法で判断してたんですけれど、決め手になったのは前回ね。死に戻る地点――つまりセーブポイントみたいなものを動かさないために、戦闘参加に消極的だった。違うかしら?」
ライザは答えない。つまり当たりってことね。
女帝が出張ってきた前回の戦いで、ライザはかなり消極的な動きだったわ。だって彼女らの真の目的は時間稼ぎ、そして死に戻りを活かした戦力の温存にあったからよ。
死に戻りがどの程度前まで戻れるのか知らないけれど、セーブポイント的なものを動かしたくないから私との戦闘を避けた。そして目的を果たした最後に――自分の喉を貫いた。〈クロノス〉を行動不能にしたはずなのに復活したことがあったのは、中のライザがああやって自ら命を絶っていたから。それで今までの事に説明がつくわ。
「死に戻り……いざこうして敵に回ると厄介極まりない敵ですわね」
「それは、お褒めいただきありがとう」
「褒めちゃいないわよ。そのわけのわからない能力の出所……信号機、エレベーター、プロ野球」
「あら? そっちも気がついた?」
「気がつくわよ。あの気色悪いハインリッヒのしかも霊体と組もうと考える女なんて、異世界出身者以外いないでしょ」
この女は霊体となったハインリッヒと共謀し、バルシアの女帝レオーノヴァを傀儡としてこのふざけた一連の計画を実行した。普通の野心溢れるウーマンじゃないと思っていた。死に戻りなんて能力この世界で自然発生したものじゃないとも思った。
「そりゃそうだ。さすがは同じ転生者――いや、転生悪役令嬢かな?」
「あら、あんたはその概念わかるのね?」
「まあそこそこにね。ハインリッヒから聞いたところによると、マギキン……だったっけ? それはプレイしたことないけれど。だからアリシア・アップトンを潰そうとしたのよ。主人公は危険だから」
ハインリッヒが前回の反省を活かしたというより、こいつ自身が危険を感じたからアリシアを抹殺しようとした。どちらにせよ許しませんけれど。
「シュルツが言うには転生させたのは私だけみたいですし、あんたはハイリッヒと同じで何かの拍子でこっちに転生したタイプかしら」
「ああそうさ。この世界に転生して、前世の記憶が蘇って十年。私は想像を絶する苦痛を……! お前にも教えてやる! そう、あれは今から――」
「回想が長い! 《獄炎火球》!」
「――うわっ!? 聞けよ! それに
「いやですわ。私は別にあんたの事興味ありませんもの。こんな悪役にも悲しい過去……って私に関係ありませんわよね? 巷ではウケても私はノーサンキューですわ!」
ライザは男性であると偽って生きてきたみたいだし、バルシアは貧富の差が激しい極寒の国ですし、なんか聞いても気が滅入る回想しかしないでしょこの女。尺が押してんのよ!
「私が聞きたいのはただひとつ! あんたは前世でどこの出身かよ!」
「……? 北海道だけど……」
「へえ……、
「そうだけど……」
ああ、メジャーでも見て気を紛らわせるがいいわ。私ったら思わず憐みの目線になっちゃう。
「なんだよこのっ! 道民で悪いのかよっ!? ……でもまあいいわ。この死に戻りの能力がある以上、お前に負けることはない。それにお前の仲間たちの所にだって、神の力を得た刺客が送り込まれている。待っているのは敗北による死だけさ」
「あら、それはどうかしら?」
「何……?」
「私の大切な人たちは、そんな安っぽい人間じゃありませんことよ。気高い
☆☆☆☆☆
「「《雷雲》、《旋風》!」」
来た。雷を伴って吹き荒れる嵐。広大な範囲を飲み込む攻撃だが、幸いしにしてここは塔の中なれども異空間。逃げる場所だけならいくらでもある。
「フハハ、臆病風に吹かれたか! 無様よのう!」
「一国の王の弟がこの程度か!」
「
「「何っ!?」」
少なくとも、レイナならそうはしない。彼女は神からの祝福とも言える膨大な魔力を持ち合わせているが、一度たりとてそれを偉ぶったことなどない。全ては己の運命を切り開くことに使っている。断じていたずらに力を誇示するためなどではない。
「あなた方に人間の誇り、人間の矜持を見せてさしあげましょう。轟け! 〈ロアオブサンダー〉!」
腰から引き抜いたるは刀身の無い剣〈ロアオブサンダー〉。決まった刀身など必要ない。僕と言う人間の在り方がどうか僕自身が決めるように、この剣の刀身もまた僕自身が決めるのだ。
「弓に成れ、《雷の弓》!」
敵の魔導機〈ライフウジン〉が魔法を放つ際、風魔法なら右手に持つ袋が、雷魔法なら左手に持つ太鼓が魔力を帯びている。この意匠はレイナが交戦した元の二機にもあったものだと報告書で把握している。狙うはそれだ。
「「何っ!? まさかこの機体の特性を……!?」」
「やはり神を僭称しようが万能ではないか! 槍に成れ、《雷の槍》!」
すかさず追撃。高速で接近し、連撃を叩き込んで敵を圧倒する。
「次は斧に成れ、《雷の斧》!」
今度は斧にして一振り。敵魔導機の腕を一本もらう。
「「こ、こいつ……!」」
「遅い! 鞭に成れ、《雷の鞭》! 《雷球独楽》! 《雷の旋盤》!」
体勢を立て直そうとしてももう遅い。僕は〈ロアオブサンダー〉を鞭に変えると、右の鞭ではいくつも生み出した回転する雷球を操ってかく乱し、左の鞭ではそのまま回転する雷撃となって敵魔導機を切り裂く。
「「ひ、ひいいっ……!」」
「どうしました、神を僭称してその程度ですか? ならば我が技の数々を見るがいい! 立場に負けじと、愛する人に恥ずべきと、鍛え磨いた我が技を!」
ルークには負けられない。ライナスにも。パトリックにだって。
僕は一番が良い。他の誰でもなく僕が彼女の笑顔を一番近くで見ていたい。
「「くそおっ! 《雷雲》! 《旋風》! 《雷雲》! 《旋――」」
「そのしつこさ、さすがはハインリッヒの眷属と言うべきか? ならば……吼えろ! 〈ストームロビンV〉ッ!」
もはや破れかぶれとなったヘルゲとイェルドはでたらめに魔法を放ちだす。
ならばその暴虐の嵐を、我が真なる雷の刃で切り裂くまで!
「これこそが僕の王道だ! 剣に成れ、《
磨き上げてきた技が――得意の《雷霆剣》を極限まで高め、超電磁をまとった雷とかした一撃が合体魔導機〈ライフウジン〉を一刀両断する。
古来より、天から落ちる雷は神の剣に例えられる。しかし僕は神を僭称するわけではない。この雷は誇りだ。人類が連綿と受け継いできた人としての矜持だ。
不死ではない人は誰しも、誰かを愛し子を残すことで想いを受け継いできた。この雷の轟きは、そうやって受け継いできた人としての
「「神たる我々が……バ、馬鹿な……!?」」
「神の僭称者は、この不完全なる人の子のディラン・グッドウィンが冥府へと送り還させてもらった」
敵の魔導機は爆散し、光の粒子となって消え去った。
これがハインリッヒに従い、神を僭称した者たちの末路かと考えると僅かな哀れみも抱くがすぐに振り払う。こちらとて負けるわけにはいかない。守り続けてきた人類の誇りを消さない為にも。
「……ん? あれは?」
空間の一角に、白く光り輝く扉が現れた。
罠か? いや、ここはシンプルに門番を倒した故と判断するべきか。ここで罠を仕掛けるのなら、捩じれた巨塔に入った時点で僕たちは殲滅されたはずだ。
「きっとみんなも無事なはず。進みましょうか」
進むべきは王道、護るべきは民たちの笑顔。そして想いを伝えるべきはレイナだ。
”紅蓮の公爵令嬢”ではないただのレイナでも僕は愛する。奇妙な笑いを浮かべる彼女を愛する。
さあ偽りの神よ、我が万年の想いを伝えるためにも、この世界を返してもらおうか。
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