第283話 立ちふさがるは最強

「旦那様、発射準備が整いました」

「味方機の退避完了、射線よろし!」

「よし、《艦首拡散魔導砲》――てえッ!」

「了解! 《艦首拡散魔導砲》発射!」


 航空艦〈ゴッデスシュルツ号〉の艦首に備えられた魔導砲、その咆哮が轟き戦場を照らす。さすがは王国きっての才媛エイミー・キャニングが開発したものだ。


「敵部隊の撃滅を確認!」

「よし、引き続きロザルス周辺で戦う味方の援護を行う。艦首上げ、魔導砲冷却開始」


 この火力に空を征する機動力。まさに天空の要塞に等しい。卒業と同時にキャニング子爵家とは別の領地を与えるという話は間違いなく実現するだろう。


「あなた、やりましたわね」

「ああ、エリーゼ。君も魔力の供給ありがとう」


 私がこの航空艦の指揮を執ると聞いて、妻のエリーゼは私を始めとする周囲の反対を押し切って同乗することを選んだ。執事のギャリソンにメイド長まで乗り込んでいるのだから、もしこの艦に何かあったらおしまいだね。


「いえいえこれくらい。レイナさんはあそこで戦っていますから」


 愛する妻は首を振り、ロザルスの中央にそびえたつ奇妙な六色の塔――捩じれた巨塔を指し示す。そうだ。そこでは私たちの最愛の娘が懸命に戦っている。


 ――この世界ではないどこかの記憶を受け継いだ我が娘。けれどそれは……きっと神のご加護だ。祝福だ。たとえあの「ウヒヒ」と奇妙に笑う癖が前世からのものだとしても、レイナが私たちの愛すべき娘であることに何ら変わりはない。


『レンドーン、西門周辺の敵がしぶとい。頼めるか?』

「はっ、国王陛下! ただちに援護に向かいます」


 この戦いをもって今度こそハインリッヒの野望を打倒し、世界に平和をもたらす。そうすれば次は商業の時代だ。我が国の航空艦が世界の空を駆け、人を、物を、金を動かすのだ。そして我らがグッドウィン王国は、若き王の下黄金時代を迎える。


 そうしたら後は娘の結婚の心配だけ――いやいやいや、もう少しだけでいいから私達だけの可愛いレイナでいてほしい。


「《艦首拡散魔導砲》発射準備! 目標、敵魔導機部隊!」


 勝った後の事を考えるのは楽しい。楽しみが多ければ多いほど頑張れるというものだ。

 娘よ、父も母も死力を尽くす。だからレイナ、君は安心して君の決めたことをきっとやり遂げるんだ。



 ☆☆☆☆☆



「《烈風双砲》!」

「合わせます! 《豪風竜巻》!」


 俺――シリウス・シモンズと愛する婚約者クラリスさんの風魔法の合わせ技で、周囲に群がる〈ドラグツェン〉の大部隊を薙ぎ払う。


「クラリスさん、まだいけますか?」

「大丈夫ですシリウス様。そちらは?」

「もちろん大丈夫です。こんなところでへばっていたら、生徒たちに笑われますよ」


 もう何機撃破したか数えていない。一体一体が並み以上の相手であるこいつらを蹴散らすのは骨だが、今まさに最前線で戦っている可愛い生徒たちのことを想えば一切苦にはならない。ここは通さない。


「シュタインドルフ殿、そちらは大丈夫ですか?」

「《大炎熱斬》! もっとこちらに回していただいて構いませんよ」

「それは頼もしい言葉だ」


 戦線には前大戦では敵だったドルドゲルスの精鋭十六人衆が四人参加してくれている。彼ら彼女らの技量、機体性能、そして何より王都ロザルス奪還への戦意は高い。


「ところでシモンズ殿は普段は教鞭をとられ、パトリック・アデル殿にも教えているとお聞きしましたが?」

「ええ、まあその通りですが」

「素晴らしい! この戦いが終わったら是非僕にも教えてほしい!」

「え? まあ、その……自分にお教えできることがあれば」


 ヴィム・シュタインドルフと言えば、ドルドゲルスきっての名門家系の出身で、若き身ながら現在の十六人衆で中心的な役割を果たす男だ。何か俺に教えを乞うことがあるのか?


「助かります。このヴィム・シュタインドルフ、パトリック殿から言われた女性の扱いについていまだ慣れず、苦慮してたところです」

「はあ……」


 俺としてはこの激戦の最中こんなにアホらしい発言をされたことと、そのアホらしい発言をしながらもバッタバッタと敵を薙ぎ払っていることに二重の意味で飽きれる。


「ん? 塔から何か来ます。お気をつけを!」


 その警告が発せられたのとほぼ同時だった。捩じれた巨塔の中層あたりから一筋の光が駆け抜けた――いや、これは魔導機だ。そしてこいつは――。


「〈ドラッヘ〉!? まさかベルンシュタイン殿!?」


 驚きの声はユリアーナ・ウルブリヒ殿だったか。いや、ドルドゲルスの面々は皆声を出さずとも同様している。ロザルス失陥時に行方不明――ほとんど死亡したと目されていた存在が突如として立ちふさがったのだ。無理もない。


「鹵獲された……? ――いや、この剣さばきは!」


 魔導機〈ドラッヘ〉は躊躇なくヴィムの魔導機〈ヴォルフ改〉へと斬りかかる。鋭い太刀筋だ。とても一朝一夕の剣術とは思えない。つまり――。


ね。ヒルダの時の様に」

「そんな……!」


 ヨハンナ・ピッケンハーゲンがそう吐き捨て、コリンナ・ファスベンダーが悲鳴に似た声を上げる。


 それはそうだろう。立ちふさがるのは当代最強と言われるドルドゲルス最強の剣士だ。そして彼らの仲間でもある。


「ベルンシュタイン殿、どうか目を覚まして――うわっ!?」


 ヒルデガルトの時と同じ――いや、魔力サーバーが近くにある事を考えたらそれ以上の強度の洗脳だ。そして精神的にも頑強な“絶対最強”クリストハルト・ベルンシュタインさえも操る洗脳だ。そう簡単に解けるとは思えない。かくなる上は――。


「皆さんは〈ドラグツェン〉共の相手を。ここは俺に任せてください」


 しがらみのない俺が相手をするのが一番だ。“第一の剣エアトスシュベルト”か。男として最強と剣を交えることができるのは誉れだな。


「ベルンシュタイン殿は強い! 無理です!」

「仲間と剣を合わせるのは辛いでしょう。ここは任せてください」


 内戦の時、愛する生徒たちと剣を交えるのは辛かった。その想いをさせたくはない。そして何より全ての裏で糸を引くハインリッヒの野郎が許せない。


「シリウス様、助太刀させていただきます」

「クラリスさん……!」

「危険だから下がれは無しですよ。共に生きると決めたのですから」

「ええ、よろしくお願いします!」


 最強の味方だ。俺達夫婦――まだ正式には夫婦ではないが――なら、どんな敵だって戦える。それがたとえドルドゲルスの“第一の剣”でも。


 生徒たち、まだまだ教えることはいっぱいあるんだ。死ぬんじゃねえぞ。十九なんてまだまだクソガキだ。世界なんて背負うんじゃねえ。苦しくなったら逃げて良いんだ。その為に俺達大人がいる。


 だけどお前らが辛くたって苦しくたって前に進もうと言うのなら、全力で背中を押してやる。全力で助けてやる。全力で進む方法を教えてやる。それも大人の役目だ。


「さてと、生徒と愛する人の前だ。たとえ“絶対最強”だろうとカッコつけさせてもらうぜ」



 ☆☆☆☆☆



「《炎の矢》よ!」


 空間を覆い尽くすほどの炎の矢を出現させ、敵魔導機〈クロノス〉目掛けて一斉に発射する。〈クロノス〉はやはりと言うべきか、魔法が直撃する寸前で消えた。いつものあれだ。


「まあそうなるわよね……〈フレイムピアース〉!」

「へえ、こちらの攻撃を読んでいたのかッ!」


 振り向きざまに〈フレイムピアース〉を抜き放ち、後ろから斬りかかってきた〈クロノス〉の一撃を受ける。そのまま切り払い、今度はこちらから斬りつける。


「あら、余裕の口調戻りましたのねライザ。先日の粗野でボキャ貧な感じな方が、あなたの三下っぷりに似合っていましたのに」

「うるさいっ!」

「ほうら、そっちの方がお似合い。ウヒヒ――もらった!」


 連撃の果てに隙ができた。その一瞬を逃さずに操縦席目掛けて剣を突き刺す。――が、やはり突き刺せず〈クロノス〉の姿が消える。


「無駄だよ。私は死なない」

「いいえ、死なないんじゃないんでしょ? ねえ教えなさいな。あんたいったい何回私に殺されたの?」

「へえ……気がついたんだ」


 ライザがニヤリと笑った気がした。正解。正解か……。

 魔導機〈クロノス〉が消える謎。それはライザの能力よ。瞬間移動じゃない、幻覚でもない、はたまた時間停止でもない。〈クロノス〉が無敵である能力。


「あんた、いわゆるしているんでしょ?」


―――――――――――――――――――――――――――――

後書き

読んでいただきありがとうございます!

たぶん全読者の中で三人くらいしか気にしてない設定なんでしょうけれど、ドルドゲルスの面々はみんな番号が四つずつくらい昇格してます(ユリアーナ8→4)

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