第282話 邪炎悪火ブラックホーク
「ドルドン
「後ろか――いや、直上! 《氷弾!》」
殺気と魔力に反応し、咄嗟の判断で直上に魔法を放つ。敵の魔法と俺の魔法がかちあい消滅する。
敵は――いた。細身だが派手な魔導機だ。この系統の機体、俺には覚えがある。
「拙者の奇襲を捌くとは、さすがでござるなルーク・トラウト」
「その魔法、その機体、そしてその口調。お前、十六人衆の“忍ばざる”デニス・プレトリウスか? 生きていやがったのか……!」
「否。拙者は確かにあの時死んだ。しかし忠義ゆえに化けて出て参ったのでござる」
忠義。忠義ねえ。まあ親玉が何かの力で生き返ったんだから子分のこいつが生きていても不思議じゃねえか。
「隙あり! 《激流葬送》!」
「食らうかよ! 《氷結》!」
押し寄せる激流を、凍り付かせることで回避する。
力強く直線的な魔法だ。かつてのこいつは小細工を弄したり部下で取り囲んだりと、術を尽くして戦うタイプだった。このバトルスタイルの変化は何を意味するのか。いや、それよりも――。
「お前、闇属性の使い手じゃなかったか?」
こいつの得意属性は闇……だったはずだ。実際前大戦で戦闘した際は、闇属性を利用して“熱い”と錯覚させることで火属性を疑似的に再現するなど、トリッキーな戦術の闇属性魔法使いだった。
しかし今しがた放たれた魔法の属性は水。闇属性で再現したものじゃない、正真正銘の水属性超級魔法だった。威力を鑑みるに、今のこいつの得意属性は水で間違いない。
「かつて闇属性使いだったことは相違ござらん。だがしかし、今の拙者の得意属性は貴殿の察しの通り水! ハインリッヒ様から水の神を仰せつかり、忠義をもって得意属性を変えたのでござる!」
「なん……だと……!」
得意属性は人と神とつながりだ。変えようと思って「はい今日からは水属性です」や「やっぱり地属性がいいです」などと気軽に変えられるものではない。もちろん中にはクラリスのように多くの属性を得意として使いこなす者もいるが、それは例外中の例外だ。
けれどこいつはやってみせた。その忠義をもって……!
「我が主君は闇の神の座をヴェロニカに与えられた。だから拙者は選んだのだ。拙者を冥府へ葬り去った水属性の力を使いこなし、必ずや貴殿に打ち勝って、汚名を返上してみせると」
「ほう、それで水属性を選ぶとはなかなか見どころあるじゃねえか」
「余裕ぶっていられるのも今の内でござる! ドルドン忍法《
デニスが魔法を唱えると、四方八方に敵機体が現れこちらを取り囲んだ。
なるほど。魔法名から察すると、水を利用した欺瞞魔法らしい。同時に魔力探知を阻害する霧を魔法で発生させて、こちらの判断を鈍らせようって戦法か。
「ハハ。得意気だが、お前の魔法もう半分は読めたぜ。あんまりこの俺を舐めてくれるなよ!」
☆☆☆☆☆
「ほらよ! 《爆炎弾MG》!」
「リオ、左前方から来ますわ! その次は右下!」
「了解っエイミー、よっと!」
虚空から破壊的な火球が雨霰の様に降り注ぐ。前衛は機動力に優れたリオの〈ブレイブホーク〉が受け持ってくれている。私――エイミー・キャニングは〈ブリーズホーク〉で後方支援と分析を担当している。
敵の声は聞こえる。魔法も飛んでくる。けれども姿が見えない。声と魔法からいって、相手は傭兵王”慎重なる“ブルーノ・トゥオマイネンでまず間違いないでしょう。既に死人のはずですが、状況を考えればそれがむしろ自然。
この状況、敵の狙いは分断しての各個撃破。しかし私たちは幸いにして二人一緒。相手は強敵ですが手早く切り抜けて突破口を切り開きたいですわね。
「リオ、敵のだいたいの位置はわかりましたわ!」
「本当かいエイミー?」
「ええ、今からあぶり出しますわ。《疾風弾》!」
一発、二発、三発。目星をつけて魔法を撃ちこむ。
正直この厳しい最終決戦の局面で、魔導機の知識以外で私が自信あるものと言えばこれだ。魔導機のクセを、日ごとの調子を見抜き、正確な位置に魔法を撃ち込む。
「うわっと!? おいおい、中々やるじゃねえか」
「反応――ありましたね」
虚空から敵機がぬうっと現れる。予想していたのはブルーノがアラメ攻防戦で乗っていた機体〈アシュラ〉、もしくはその系列機だ。けれど違った。あれは、あの機体は――!
「
「へへっ、そうだぜ。〈ブラックホーク〉ってんだ」
現れたのは紛れもなく〈ブレイズホーク〉。
色が黒く、両手に魔導砲撃用の長い杖を持っていることを除けば、寸分たがわずこの私がレイナ様の為に造り上げた我が子〈ブレイズホーク〉そのものだ。
「てめえがなんでそれに! それはお嬢の機体だ!」
「おいおいそう怒るなよ。俺だって火属性を操る者の端くれ。“紅蓮の公爵令嬢”の機体には興味津々でさあ、雇い主におねだりして用意してもらったってわけよ」
雇い主……ハインリッヒか。レイナ様が仰る通り、悪趣味な御仁ですのね。〈ブレイズホーク〉はレイナ様と共にある。それでこそ美しいですのに。
「あのお利口王子坊ちゃんに当たったら、魔法で声を変えてこいつを使って遊んでやろうとも思ったんだけどな。『きゃー、やめてディラン!』……。どうだい、似てるだろ?」
たぶん風属性の魔法でしょうね。ブルーノがレイナ様の声を再現してみせる。
「ま、やめだやめだ。命っつー給料を先に払って貰ったしな。もらった給料分は仕事しねえと。というわけで嬢ちゃんたち二人、さっさと死んでもらうぜ」
ブルーノは余裕を隠そうともしない。数的不利をもってなお、私たちなんて赤子の手をひねるくらい簡単に処理できると思っている。
「ひとつ、訂正して差し上げますわ」
「なんだい嬢ちゃん?」
「確かにディラン殿下なら――いえ、他の殿方でもその黒い〈ブレイズホーク〉に動揺していたと思いますわ。見え透いた偽の声も、動揺していては判断を鈍するかもしれません。けれど私たちには無意味。むしろ逆効果。そのあなたの欲望のように染まった黒い〈ブレイズホーク〉を見て、怒りに燃えていますの。だってそうでしょ、親友をバカにされて怒らない人間なんていない。ね、リオ?」
「ああそうだ。今すぐお前をそこから引きずり降ろしてやるわ。例えコピー品でも、お嬢と〈ブレイズホーク〉の戦いを、栄光を、汚す奴は許さない」
「おいおい、劣化品みたいなのに乗ったやつらが何か言ってらあ。ま、せいぜい泣いて叫んで楽しませてくれや」
教えて差し上げますわブルーノ・トゥオマイネン。私がなぜ〈ブレイズホーク〉からデザインを変えて〈ブリーズホーク〉と〈ブレイブホーク〉を造り出したかを。そして私とリオが親友の栄光を侮辱されてどれだけ怒っているかを。
☆☆☆☆☆
「えーっと、君の名前はなんだっけ?」
「私の名前はオクサーナ。偉大なる超絶全能神ハインリッヒ様から新たなる光の神を仰せつかった者です。生来の故郷はバルシア。好きな食べ物はボルシチです。パエリア・アデル殿」
「ご丁寧にありがとうオクサーナ女史。一つだけ訂正を加えるならば、僕の名前はパトリック・アデルだよ」
これが宇宙というものなのか、不思議な空間の中で僕の前に立ちふさがるのは大柄の魔導機だ。
搭乗者はオクサーナという物腰丁寧な女性のようだ。超絶全能神というツッコミどころ満載のネーミングを除けば、ついに神を名乗った偽帝ハインリッヒの部下らしい。
「もうひとつ尋ねてもいいかな?」
「なんでしょうか?」
「僕と君とは知り合いだっけ?」
「いいえ、初対面ですが」
「そうだよね。まずそれがおかしいと思うんだよね。最終決戦ってさ、こう……因縁めいた相手が来るものじゃないかな?」
「そういうものなんでしょうか。私には分かりかねますパテント・アデル様」
パトリック・アデルね。リオといい僕の名前そんなに難しいかな?
「あなた方がこの塔――あなた方が言うところの捩じれた巨塔に入った瞬間、ハインリッヒ様のお力によりあなた方は塔の各所へ分散して転送されました。この対戦カードは神の思し召しという事です。ちなみにここは中層にあたります」
「そんなに教えて大丈夫かい?」
「問題ないかと」
言葉の前に「ここであなたを倒すから」って入っているやつだねこれは。あーあ、戦いは避けられそうにないか。
「どいてくれないかな? 女性を手にかけたくはない」
「それは不可能ですパワハラ・アデル様」
「そうかい……その名前はなんかマズい気がするよ。即刻パトリック・アデルに訂正してほしい」
「かしこまりした。お詫びして訂正しますパスタソース・アデル様」
もうこれわざとじゃないかな? 涼やかな声すら煽りに聞こえてきたぞ。どうしよう? 僕はこの女性をどうしたらいいんだ?
「今頃あなたのお仲間の所にも、我が同僚の神たちが刺客としておくられているでしょう」
「へぇー、戦況はどうなんっているんだい?」
「皆さん生き残っていますよ。今の所は」
「なるほど。その言い方だと自称神を突破した人間もいないというわけか。ならちょうどいい。僕が一番乗りだ」
「……は?」
「――《光の加護》よ」
こうなったら一撃で決めさせてもらう。状況が状況だ、手加減はできない。だから少なくとも苦しませず一撃で。加速加速加速。光の速さでオクサーナに迫る。
「もらった! 一刀両断《光子大剣》ッ!」
一撃だ。この一撃で決まる。僕は剣を振るってオクサーナの機体を斬り飛ばし――。
「――ぐはっ!?」
衝撃が走り、吹き飛ばされる。
見ればオクサーナは全くの無傷。こちらが何らかの――いや、オクサーナの機体がもっている剣の一撃を受けた形だ。
おかしい。確実に捉えたはずだ。
それくらい今の一撃の速度に自信があった。
「なんだいそれは……? どういう手品だい?」
「お答えできかねます。パートナー・アデル様、申し訳ありませんがここでこの光の神オクサーナの前に散っていただきます」
「だからパトリック・アデルですって……」
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