第281話 騙りし者共
「ここは……?」
確かに私――アリシア・アップトンは、レイナ様達と一緒に
だけどこれはどういうことだろう。足元に地面はなく、また上を見上げても天井はない。というよりも天地の概念がないように感じる。間違いなく室内ではありません。
これはなんらかの魔法だ。催眠系による幻覚……?
いいえ、それはない。私の意識は確かにはっきりと現実を捉えている。ということは、これは現実。つまり塔の内部そのものが異空間のようになっていると考えるのが妥当。
そしてこの天地の無い状況……これはかつてレイナ様が仰っていた“宇宙”の様に感じます。
状況を鑑みるに、敵の目的はこちらを分断しての各個撃破。そしてこの空間は慣れない場所で戦わせるためのバトルフィールドも兼ねている。つまり次に起こることは――!
「お久しぶりね、アリシア・アップトン」
声が聞こえた。女の声だ。闇の奥から紫色の魔導機が現れる。いくらかカスタマイズされているみたいだけれど、元はドルドゲルス製の〈レオパート〉。構えた二本の反りかえった剣が特徴的だ。
「あなたは……まさか!?」
「そう、私の名前はヴェロニカ。偉大なるご主人様に仕える、忠実なる
ヴェロニカという名前には心当たりがある。前大戦の終局、ドルドゲルス王宮の入り口を護っていたハインリッヒの側近。出現した魔導機の特徴も合致する。けれどこの人は――。
「私は死んだはず。そう言いたいのかしら?」
そうだ。この女性は前大戦の折、私の目の前でレイナ様によって滅ぼされたはず。同一人物であるのならどうして?
いえ、些末な疑問だった。現に主人のハインリッヒは亡霊として蘇っている。目の前にその下僕が蘇っても不思議ではないですね。
「蘇ったのよ! 偉大なるご主人様のお力で!」
「そうですか、良かったですね。では通していただけますか? 早くレイナ様と合流してその偉大なるご主人様とやらを血祭りにあげないといけませんので」
「貴様ッ! ご主人様を侮辱するな! 《影の矢》!」
「そんなもので――え?」
飛来する《影の矢》を回避した――そう思った。単調な攻撃だ、回避するのは難しくない。
けれど現実に起こった結果を言うならば、被弾した。迫ってきたと思った《影の矢》が直前で消え、私の避けた位置から直撃したのだ。
「どうかしら? 次元を歪め、魔法をあなたの移動先に出現させたのよ。これがハインリッヒ様より与えられた神の力!」
「神の力……?」
「そうよ! 超絶全能神となられたハインリッヒ様は、既存の神に代わり新たに六柱の神をたてられた。その一人がこの私。新たなる闇の女神ヴェロニカ!」
「……闇の女神?」
その単語にピクリと反応する。私は最近真なる闇の女神であるルノワ様と出会った。独特な方だったけれど、こんな俗物ではなかった。ヴェロニカはそんな私を気にも留めず朗々と喋る。
「そうよ! ハインリッヒ様はいずれ――いえ、すぐにでもこの世界だけではなく全ての次元を征するお方。さあ頭を垂れなさい。世界を征する神の御前ですよ」
「フフ、世界を征する……ですか」
自分でも不思議な事に笑みがこぼれる。この感情はもしかして――
「……何が可笑しい?」
「いえ、見通したような展開で少しおかしくって。そして――おもしろい。あなたをすり潰さなければいけない理由は三つあります。一つ目はレイナ様のところへ行くのを邪魔しているから。二つ目はあなたのご主人様とやらの目的を破滅させたいから。そして三つ目はあなたが笑っていしまうほど程度の低い存在だから。教えてさしあげますヴェロニカさん、世界征服にも格というものがあるそうですよ?」
ああ楽しい。本当に見通したようにこんな俗物が立ちふさがってくれるなんて。さすがは女神様と言うべきでしょうか?
私だってロマンさん――今はライザさんですっけ? ――にやられて以来、フラストレーションが溜まっています。であれば私は実行するだけ。
叩き潰し蹂躙し、泣いて謝っても許さない。本当の悪というものを教えて差し上げましょう。
フフ、ああ本当に楽しい。
☆☆☆☆☆
「咲き誇れ《
漆黒の宇宙空間に不似合いなカラフルな花々が咲き誇り、オレ――ライナス・ラステラの周囲を囲む。途端、身体の底から力が抜けるのを感じ、慌てて範囲内から脱出する。
「どうかしらん? 私の美しき魔法《吸生花》は?」
「貴様、オレの生命力を吸ったか?」
「ご名答。あなたの命を吸って私の花は美しく咲き誇る。この魅惑の堕天使ジュネヴィーヌちゃんの操る〈フローラ〉が大輪の華を咲かせる時、あなたは枯れて死ぬ!」
相対する〈フローラ〉という魔導機は、半分植物半分機械のような奇妙な機体で、背中には赤く大きな花を背負っている。
まだ蕾だ。なるほど、あれが花咲く時がタイムリミットというわけか。
「あなた、この新たなる大地の神。美しき魅惑の堕天使ジュネヴィーヌちゃんの事をご存じかしら?」
「いや、知らん」
こんな変な知り合いはいない。名前からしてアスレス人か?
「私は知っているわよおライナス・ラステラ……! グッドウィン王国――いえ、今や大陸に名を轟かせる若手芸術家……! もう嫉妬嫉妬嫉妬! 嫉妬MAX! 《茨の鞭》! 《茨の鞭》!」
「くっ……!」
ふざけたやつだが間違いなく強い。振るわれる《茨の鞭》の前に防戦をしいられる。さっきの魔法といい、こいつの得意魔法は地属性の植物魔法か。
「この私を差し置いて、ランブル美術館の晴れ舞台を飾るなんて! それもみすぼらしい野花の絵! 私の鮮やかな花の方が万倍も相応しいというのにッ!」
「八つ当たりを……! いや、待て。花の絵? アスレス人? まさかお前あの時のアスレス人画家か?」
あの日、レイナがランブル美術館にやってくる前にひと悶着あった。
アスレス人の画家が「そんな絵より私の芸術の方が素晴らしい」と暴れたのだ。すぐに取り押さえられ放逐されたと聞いたが、まさか……!
「やっと気がついたのかしら? そう、どいつもこいつも私の芸術を正当に評価しない。命を自ら絶つほどに悔しかった! けれどハインリッヒ様は評価してくださった! だから私は神となった、大地と芸術の神に!」
「逆恨みは迷惑だ馬鹿馬鹿しい。お前の絵はおどろおどろしくてあの場に相応しくない、絵画として技術もたかが知れているからつまみ出されたんだ!」
「黙らっしゃい! 私の芸術は最高よ!」
「それにお前の本名は
「麗しのジュネヴィーヌちゃんは性別を超越した存在よ! キーッ、もう許さないわ!」
なんだ。オレの相手って変な奴ばっかりじゃないか? 類は友を呼ぶとでも言う気か? 馬鹿な。それを言うとドルドゲルスのヨハンナに怒られるか?
ともかく、立ちはだかると言うのなら倒さねばならない。レイナはオレを待っている。それに――。
「芸術の神か、大きく出たな。来いよ三流、このオレ様がお前に本当の芸術を教えてやるよ」
強い貴族は自分の意志を貫く。そうだろ、レイナ?
☆☆☆☆☆
「「《雷雲》! 《旋風》!」」
飛んでくるのは大風に雷。まるで嵐そのものを相手にしているようだ。
四本腕の異形の魔導機は、その力を存分に発揮して僕――ディラン・グッドウィンを追い詰めてくる。
「なかなかやりますね。えーっと、お名前は何ですっけ?」
「「我らは二人にして一つの新たなる風の神――、」」
「イェルド」「ヘルゲ」
二つの名前が多重に聞こえて上手く聞き取れない。でも多分……イェルドとヘルゲと言ったはずだ。一人はレンドーン一族襲撃事件、もう一人は月下の舞踏会襲撃事件の犯人で、どちらもレイナに討ち取られたと聞いている。
「偉大なるハインリッヒ様は我らを一つの身体へと転生させた」
「最強のコンビが今や最強の風神よ!」
なるほど。一つの身体に二つの魂。だから二種の魔法を畳みかけるように使えると。これは……多少厄介かもしれませんね。
「なるほど、理解はしました。しかし神の名を騙るとは不届き千万」
「「何!?」」
風の女神シュルツはレイナともっともつながりの深い神。彼女はその使徒だ。それを侮辱されたとあっては、愛するレイナを侮辱されたに等しい。
「一つの身体に二つの魂を持てば力を増す。なるほど、目から鱗ですね」
「「うらやましいか、“万能の天才”と謳われし王子よ?」」
「いいえ、この身体に二つの魂はいりません。同居人がいては誰かを愛することなんてできませんから」
僕はレイナに自分の足りないものを見た。だから惹かれたんだと思う。
完璧なんて、失敗を知らないなんて、その実ひどく弱い人間だ。孤独なる完全無欠など唾棄すべき物だ。だから“万能の天才”なんて称号は喜んで返上しよう。人は他人に頼るべきだ。
「さあ挑むがいい神の名を
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