第280話 捩じれた巨塔

「行きなさい〈バーズユニット〉ちゃんたち!」


 雲霞の如く。立ちふさがるのはそう表現するしかない敵の大軍勢。バルシア製の〈スカラー〉は元より、ドルドゲルスやアスレス、中にはグッドウィン王国製魔導機のレプリカも見えるわ。ハインリッヒが再生産させたのか巨大魔導機〈リーゼ〉の姿もあるし、とんでもない規模の敵の数!


 合体魔法で一気に切り抜けたいところだけれど、それをしちゃうと私はともかく合体相手の消耗が激しいわ。つまりここは、私が焼き払って切り抜ける!


「サブアーム展開、再接続! 皆様どいてくださいな!」


 両肩のサブアームが展開し、〈ブレイズホークV〉の右腕に再接続される。赤く巨大な異形の手。私が前世で得たイメージで言うなら、鬼の手のような巨腕。


「道をこじ開けますわッ! 《紅蓮のソルブレイ太陽砲ズキャノン》!」


 光が走った。光は私の直線上にあったあらゆる種類の敵魔導機を薙ぎ払い、ロザルスの都市門までも吹き飛ばした。やっぱり都市の入り口には謎バリアがないのね。ここから入ってきて挑めってことかしら? まったく馬鹿にしてくれたものだわ。


「都市外延部の敵は我らが受け持つ! 魔導機精鋭選抜部隊はロザルス内部へと突入せよ!」

「はい、陛下! 全機矢形陣形! 突入するぞ!」


 シリウス先生の号令一下、ディランたちや私やアリシアの女子組、ルビーとルイ、クラリス、それにドルドゲルスの方々で構成された精鋭部隊がロザルス市街中心部へと突入する。


 都市の外延部に蠢く大量のゾンビ兵は、陛下やアデル将軍率いる主力部隊が数には数をで対抗して抑え込む。中心部へは私たち一騎当千の部隊が殴り込んで、一人でも多くあの奇妙な六色の捩じれた巨塔スパイラルタワーへとたどり着く。つまりは――。


「つまりゴリ押しですわ! 《火球》百連発ッ!」

「それしかありませんね! 《雷霆剣》!」

「道を切り開くぞ! 《大地の巨腕・黒》!」


 ゴリ押しゴリ押しゴリ押し。敵の軍団を消し飛ばしグングン前へ。まるでバーゲンセールの争いね。目的はセール品ではなくて世界の存亡ですけど。下手をしたら平行世界全部の。


「敵増援、来るよ!」


 超高速で前を進むパトリックの警告が響く。色とりどりの機体、あれはバルシア親衛隊機の〈ドラグツェン〉だ。ということは……!


「「「よく来たねえ、諸君」」」


 ハインリッヒ――いいえ、お亡くなりになった女帝の側近だったイケメン軍団に憑りついた、ハインリッヒの怨念と言う方が正しいかしら。いずれにしても倒さないと!


「お嬢様、この者達の相手は私たちにお任せを」

「クラリス!?」

「おそらくあの塔にいる本体を倒せばこの者達は静まるはずです。ここで相手をしても意味がありません。ですからお嬢様たちは早く塔へ! で、いいですよねシリウス様?」

「問題ありませんクラリスさん。ここは俺達とドルドゲルスの精鋭で受け止め、レイナらの分隊――いえ主力を塔へと突入させましょう」


 この先の戦いの事を考えると、アリシアに神級魔法を使ってもらって消耗させるのは得策じゃない。それにハインリッヒの事だからどうせあの塔のてっぺんに偉そうに構えているはず。それにエルザも姿を見せていないわ。倒すべき敵はこいつらじゃない。捩じれた巨塔スパイラルタワーにいる。


「ディラン、指揮を任せたぞ! 副官にはルークがつけ」

「わかりましたシリウス教諭!」

「了解だ隊長」


 別に国王陛下の弟だからディランが指名されたわけじゃない。シリウス先生はディランの戦術眼、戦略眼、そして人を惹きつける能力をちゃんと評価しているわ。そしてルークはあれで冷静に全体を俯瞰してサポートに専念できるタイプよ。


「ヒルダ、お前は先に行け」

「ユリ!? 私もここで戦うわ!」

「レイナ殿を助けてやれ。それに酷かもしれないが、自分の手で父親との決着を済ませて来い」

「……わかったわ」

「そんなに心配な顔をするな。我ら王国鎮護の十六人衆、四人もいればその力は一軍団をもしのぐ。ヒルダを頼んだぞ、“紅蓮の公爵令嬢”!」

「任せてちょうだい!」


 最近気がついた。誰かが私を“紅蓮の公爵令嬢”と呼ぶときは、期待をしているってことだと。それは重荷かもしれないし、過分な期待かもしれない。けれど期待してくれるって嬉しい。やりがいを感じる。やりがい搾取な感じでもないですしね。


「ルビーとルイ、それにエイミーとリオの両名もついて行け」

「私たちもですか?」

「ああ、友達が一緒ならば心強いだろう。行って助けてやれ」

「わかりましたわ!」

「わかった!」


 そう答えてエイミーとリオが私の後方につく。心強い……たしかにそうだわ。二人がいてくれるだけで私は万の味方を得たように感じる。


「レイナ!」

「はい、なんでしょうかシリウス先生?」

「今度は遅れずにちゃんと帰って来い。そしてちゃんとエンゼリアで楽しく学び、ちゃんと卒業しろ。まだまだ教えていない事は沢山ある」

「ウヒヒ、わかりましたわ。それではシリウスお義兄様もどうかご無事で。クラリスを頼みましたわよ」

「任せろ。クラリスさんは俺がこの身に代えて……いや、きっちり二人そろって無事に生き抜いて見せる!」


 そうよ。ちゃんと学院生活を堪能して卒業して、クラリスとシリウスお義兄様の結婚式を見届けないとね。その為ならハインリッヒだって何度でも倒して見せるわ。


「レイナ行きますよ。全機陣形を維持。目標、捩じれた巨塔スパイラルタワー!」



 ☆☆☆☆☆



 こりずに大挙して襲ってくる魔導機を蹴散らしながら、ついにロザルスの中心部へと迫ってきた。ここは……たしか前大戦の時にヴィオラ率いる親衛隊のレオパート部隊と戦ったあたりだわ。もちろんあの後周囲もろとも吹き飛んだわけですから、地形はだいぶかわっていますけれど。つまりはあと一息!


「門が見えた! いえ、あの門動いてやがりませんこと!?」

「ルビー姉さんそんな馬鹿なこと……いや、確かに動いてる!?」


 巨塔の門……だと思った。けれど動いているわ。だとするとあれは……魔導機! 巨大魔導機〈リーゼ〉が二機。その二機が持ち盾を構えて扉の前で偽装していたのね!


「門番のつもりか。今更その程度の機体が相手になるとでも? 《光子剣》――かわされた!?」


 かわされた!? パトリックの神速の剣技が? あの巨体、パトリックが完全に捉えたと思った。けれどその寸前、凄まじい速度で動いた〈リーゼ〉にかわされた。


「何やってんだ、俺に任せろ! 《氷弾》――何!?」


 ルークが多連魔法発生装置の力でいくつもの《氷弾》を造り出し、撃ち出した。けれどその氷の弾丸は空中で奇妙にも失速し、やがて完全に停止し、簡単に消し飛ばされた。


「エイミー、これは!?」

「ええ、技術的な力ではありませんわ。光と闇、二つの属性をそれぞれを操る〈リーゼ〉かと。それも極大に強化されていますわ」


 やっぱり……。それにしても厄介だわ。立ちはだかる〈リーゼ〉はきちんと連携をとっている。光属性の方が物理を、闇属性の方が魔法をそれぞれ封じるように立ちふさがる。倒せない事はないと思うけれど、間違いなく強敵。ここで変に消耗するのはまずい。


「光と闇のコンビネーション? それなら僕たちの出番だね姉さん」

「あら、珍しく意見が一致するじゃないルイ。というわけでここは私たちが受け持ちますわ」

「受け持つって……、この敵は多分強いわよ?」


 巨大魔導機〈リーゼ〉はそもそも普通の魔導機とは出力が違うわ。しかもそれをこの高レベルの魔法で連携させてくる。並の敵じゃない。


「そんなもの、僕達が――」

「そんなもの、私達が――」

「「――全てを出し切れば!」」


 二体の巨人の動きが止まった。二人の魔法だ。ルイの〈アポロンカナリー〉が金色に輝き、ルビーの〈アルテミスカナリー〉が銀色に輝く。


「こんな雑な魔法嫌いだけれど、ここは理性で! 《光の加護》よ!」

「こんな根暗な魔法嫌いですけど、ここは根性ですわ! 《闇の加護》よ!」


 光と闇、二つの属性魔法の力でフィールドが形成され、それぞれ反発する力をもって動きを止めた!? この子たちここまでの芸当ができるなんて! 凄まじい魔力の波動を感じる。これがレンドーン家の血筋が示す本当の力。けれどこれほどの魔力を使えば二人は……!


「ルビー、ルイ!」

「わかっていますことよお姉様、だからハインリッヒを……!」

「レイナお姉様、僕と姉さんの身体がもつ間に……!」

「「レンドーンの誇りに誓ってここは抑えます。だから、早く捩じれた巨塔の中に! それほど長くは……!」」

「わかったわ。みんな、行きましょう。二人とも絶対に無理しちゃだめよ、あなた達二人を武人帰すってレオナルド叔父様と約束したんですから! 《獄炎火球》!」


 私は二人に叫んで応えると、魔法を放って本物の門を吹き飛ばし、ついに現れた捩じれた巨塔の内部を目指す。隣にはディランが、ルークが、ライナスが、そしてパトリックがいる。すぐ後ろにはピタリとアリシア。エイミーとリオも遅れずについてきて、殿しんがりはヒルダだ。


 振り返らない。お父様は、クラリスは、ルビーとルイは、みんなは無事かと気になる。心配しかない。けれど振り返らない。私は私の為すべきことを為す。あと少し、あとほんの百メートル、もう目の前、入った――!


「真っ暗……ここは……? え? みんな!?」


 いない。今の今まで隣にいたはずの皆がいない。それにここはどこ? 私は塔の中に入ったんじゃ? 真っ暗で何も見えないし、この前後左右のわからない浮遊感を私は知っている。そう、まるでここは――。


「――宇宙」

「その通り、ここは宇宙空間を模しているよ」

「その声――ライザ! みんなをどこへやったの!?」


 漆黒の闇の中からぬうっと現れた。私に何度も煮え湯を飲ませた紺色の魔導機〈クロノス〉だ。右手に持つ大剣を気だるそうに肩の上で遊ばせている。


「大丈夫、あんたの友達は無事さ――今の所はね。敵地に乗り込んだんだ、当然刺客は襲ってくるものだろう?」


 くっ……敵の目的は私たちの分断だわ。私たちはまんまと罠にはまったと。


「疑問に思っているようだから教えてあげようか。ここはあんたたちが捩じれた巨塔と呼んでいる場所で間違いない。ただし、とっくに異空間と化しているけれどね。さあ転生者、決着をつけようか」

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