第279話 転生お嬢様の真実

「私は本来、この世界の人間ではありません。異世界転生者です」

「ど、どうしたんだいレイナ……? 冗談……ではなさそうだね」

「ええもちろん。私は大まじめですわ」


 両親とクラリスの状態を表すのなら、フリーズと言うべきから?

 とにかくお父様は少し震えながら手を上げ下げし、いつもは「あらあらうふふ」と笑みを浮かべているお母様も何とも言えない表情で凍り付き、いつも冷静なクラリスでさえピクリとも動かない。


「レ、レイナさん……? まさか先日消えて戻ってきた……その時に別人と入れ替わったの?」

「いいえ、違いますわお母様。そうではありません」


 ああそうか。私は「異世界転生してウハウハ」みたいなお話を見飽きるほど前世で見たけれど、みんなはそのテンプレすら知らないのか。何だろう、何から説明しようかしらね?


「転生……ということは、つまりレイナには前世がありその記憶を受け継いでいる。そういう話かい? 異世界……異なる世界で生きた記憶が君にはあると……?」


 お父様が慎重に言葉を選びながら問いかけてくる。

 さすが跳梁跋扈の貴族社会を生き抜いてきたお父様だ。理解が早くて助かるわ。


「その通りですわお父様。といっても、私が産まれた時からその前世の記憶を保持していたわけではありませんでした。その記憶が蘇ったのは――」

「――十歳のお誕生日の夜ですね」


 遮って答えたのはクラリスだ。


「……お話を遮ってしまい申し訳ありません」

「いいわクラリス。気がついていたの?」

「気がついていた……というより、あの日だと言われれば納得がいきます。あの夜以来、お嬢様は明らかに人が変わられました。別人だと言っても過言ではないほどに」

「正解よ。あの夜、魔力診断の水晶に手を置いたその瞬間、私は全てを思い出した。この世界ではない場所。日本と言う国で生まれ育った、前世の記憶を――」


 私はこれまでの経緯をかいつまんでざっと説明した。

 前世での私の事、この世界とは異なる文明の事、女神と出会い転生した事、溢れる魔力の理由、ハインリッヒが同郷である事、デッドエンドの事、そしてマギキンの事。


 三人は私の話をあるいは驚きながら、あるいは興味深そうにリアクションをとりながら、じっと聞いてくれた。


「――というわけですわ」

「高度に発達した文明社会、物語に酷似した世界、にわかには信じられない……」

「そうですよね……」

「しかし謎も解けた。レイナからのハインリッヒに関する報告には所々不可思議な穴があった。だが今の話を聞けば全ての辻褄つじつまが合う。つまり間接的にレイナの話が本当だと証明している。まあもっとも、愛しい娘の話だから最初から信用するつもりだけれどね」

「お父様……!」


 前大戦の時にお父様にハインリッヒの云々を報告する際、私は意図的に異世界関係の事を省いて報告していた。聡明なお父様はその違和感に気づかれていた。けれど私が言い出す今日この日まで黙っていてくれた。その愛に私は泣きそうになる。


「レイナさん、一つだけ教えてちょうだい。レイナさんは私たちのことをどう思っているの? 前世の……本当のご両親の下へと帰りたいと思わないの?」

「今の私はレイナ・レンドーンです。私の大切な両親は、もちろんここにいるお父様とお母様ですわ。大切に育てられた記憶だってちゃんとあります。すごく小さい時の記憶はおぼろげですけれど、それは多くの人と同程度ということですわ。ウヒヒ」

「レイナさん!」


 お母様にギュッと抱きしめられる。その上からお父様も抱きしめてくださる。

 お父様はいつものお優しい笑顔で、お母様は少し泣きながらも嬉しそうな顔で、私が異世界転生者とかいうわけのわからない存在だと知ってもなお、その愛情に変わりないことを示してくださる。


 ウヒヒ、嬉しい。受け入れてくれることがすごく嬉しい。

 正直話すのはすごく悩んだ。怖かった。この優しい家族に拒絶されるのがすごく怖かった。けれど言わないといけないと思った。黙っていることは家族に対する裏切りだと思ったからだ。


「しかし、この話はあまりにも衝撃的すぎるのは事実だ。とりあえずここにいる人間だけの秘密にしておこう」


 お父様の言葉に私もお母様もうなずく。

 こんな突飛な話が広まったら大混乱間違いなしですからね。当然の判断だと思うわ。


「クラリスもいいかい?」

「承知しております旦那様」

「クラリス。クラリスは私の転生に驚きとかないの?」


 私の話を聞いた後もクラリスに限れば微動だにせず、部屋の隅に控えていた。


「神の遣いのようだと思っていたお嬢様が、本当に神の遣いだったことに驚いた程度です。あとはしいて言えば……」

「しいて言えば?」

「その『マギキン』という物語に私はいないのでしょう?」

「ええ、そうよ」


 マギキンにいないのに、ディランと渡り合える最強キャラだわ人気キャラのシリウス先生と引っ付くわで染みていると思ったくらいだ。というか転生者だと思っていたわ。クラリスじゃなかったらどつくくらいの原作ブレイカーよ。


「私の知らぬ物語の中と言えども、お嬢様の下を離れたのが口惜しいです。いえ、そう言いながらもアリシアに立場を譲るので、くだらない憤りだと理解しているのですが」

「ウヒヒ、そうね」


 もしマギキン原作にもクラリスがいたら、少しはレイナもマシな生き方をしていたのかもね。


「レイナ、今度の戦いは今までで一番厳しいだろう。それでも君は行くと言うんだろうから、必ず勝つんだ」

「レイナさん、必ず帰って来てね。まだ教えていない女の戦い方は沢山あるし、レイナさんからお料理を教えてもらわないといけないから」


 いつも背中を押してくるお父様、いつも温かく迎えてくれるお母様。二人とも素敵な家族で自慢の両親だ。私はこの両親を護るためにも戦う。


「お父様、お母様、そしてクラリス。どうぞ安心してください。私は必ず目的を果たし、きちんと帰ってきます。だって私は宇宙人のレイナ……宇宙人がわからないか。えーっと、とにかく私は他の誰でもなく“紅蓮の公爵令嬢”レイナ・レンドーンなのだから、必ず私の愛する家族の下に帰ってきますわ! いってきます!」



 ☆☆☆☆☆



「それじゃあシュルツ、行ってくるわよ。どこで何してんのか知らないけれど、まあ見守っていてちょうだい」


 いよいよ決戦の日がやって来た。ここはマクデルンの街、その聖堂。

 おとぼけ女神のアホシュルツを呼び出そうとしたけれど、結局彼女は現れない。


「あーあ、まーた偽の神託文を考えないと……」

『……ん。……さん!』


 声が聞こえる。まさかシュルツ――いえ、この声は!


「エリア様!?」

『良か……た。聞こ……たのですねレ……ナ・レンドーンさん』


 以前会った、水の女神エリア様の声だ。でも……。


「どこにいるんですか? それに声も壊れたラジオかってくらい聞きとり辛いんですけど!」

『今の私……はこれ……限界な……です』

「シュルツは!? 風の女神はどうしたんです!?」

『シュ……ツは……、死にま……た』


 死んだ。あのおとぼけ女神が。もしかしたらと思っていた。正直ウザイ部分の方が多いと思っていた。けれど突きつけられた事実にがくがくと膝が震える。


 死んだ……いいえ違う。。あのハインリッヒに……!


『よく聞い……くだ……い。ハインリ……の暴走で数多の平……世界が……』

「なんですか、よく聞こえません!」

『妨害……あって。こ……ままでは崩……するの……す。全……の次元……。だ……ら急い……』

「エリア様!? エリア様!」


 電話がブツリときれるように、エリア様の声は突然ブツリと聞こえなくなった。

 妨害……ハインリッヒが? 崩壊……、全ての次元が? 所々聞き取れなかったけれど、だいぶ切羽詰まっているのだけはわかったわ。


「おお! “紅蓮の公爵令嬢”様が出てきたぞ!」

「ご神託はどうですか、“神の使徒”様!」


 私は急いで聖堂の扉をバンと開けると、待っていたのは黒山の人だかりだ。男も女も老いも若きも、みんな私の言葉を待っている。


 そんな大観衆を前に、私はスーッと息を吸い込んで、思い切り大きな声で宣言する。


「神のご神託が下りました!」


 「おおっ!」「早く聞かせてください!」騒めく群衆たち。

 この剣と魔法の世界の住人を焚きつけるのなら、思いっきり派手な言葉だ。


「女神シュルツは言いました。ハインリッヒはもはや人の道を外れ外道げどうに堕ちた、かの大魔王を早急に討伐すべし。汝らの剣が、魔法が、かの者を滅ぼす勇者の剣であり、賢者の魔法である! 全身全霊をもって戦うべし! さすればこの戦い、神の加護のもと必ず勝てると! それこそが、神の――この世界の大いなる意志ッ!」

「「「うおおおおおおおおおおおっ!!!」」」


 日本シリーズか有馬記念かそれとも千秋楽か。地鳴りのような大歓声。叫ばれるは神の名前、王の名前、そして私の名前。詐欺師でもなんでもなってやるわ。仇はとるわよシュルツ。


 全てを決める一戦は、この地鳴りのような歓声と共に始まった――。

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